原作の再現を試みた『CRめぞん一刻』...ドラマ性を追求したパチンコがヒットを生めない理由とは?

おたぽる / 2014年5月10日 22時0分

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――アニメの製作費がパチンコの売上で成り立つなど、今やパチンコとアニメ・マンガといったコンテンツの関係は、切っても切り離せないものとなっている。しかしこれまで、パチンコ台で流れるアニメについて語られることは、ほとんどなかった。この連載では、そんな〈誰も語らないパチンコの中の"アニメ"〉について考える。

【第4回】

 マンガ・アニメとのタイアップは今やパチンコにおける王道のひとつだが、"パチンコというメディアと物語は原則的に相性が悪い"というのが本連載で繰り返し書いてきたことだ。結果的に、2000年代のアニメタイアップを代表する2つのヒット台、『エヴァ』シリーズ(http://otapol.jp/2013/12/post-232.html)と『北斗の拳』シリーズ(http://otapol.jp/2014/02/post-542.html)は、パチンコの中で本編を再現を試みるPV的であること、ifストーリーを紡いでいくゲーム的であることを志向する台となった。

 では、パチンコは物語を表現することを放棄してきたのだろうか? たぶん答えはNoだ。むしろ、物語の再現、ドラマティックさの追求は、パチンコにとってひとつのテーマだったと思う。

 わかりやすいところでいえば、『CRめぞん一刻』シリーズがある。06年にパチスロ機としてリリースされ、シリーズ化した後、パチンコ機にもなった本作は、パチスロ・パチンコともに「ドラマチック」というフレーズをキャッチコピーにしてきた。大ヒット台になったとはいいがたいし、パチンコ台として優秀だったかといわれたら微妙なところだが、イチ原作ファンとしてはかなり満足できる仕上がりだった。

 物語性への傾倒という点では、11年に登場した『CRヤッターマン 天才ドロンボー只今参上!』も見逃せない。描き下ろしアニメーションを搭載する台は最近では珍しくないが、本機はアニメまるまる1本分をパチンコのために制作。演出内でオリジナルの新作エピソードが見られる仕様になっていた。

 こうした機種が物語性の取り込みのために採った手法は、確率変動のドラマ化だった。当連載第1回(http://otapol.jp/2013/12/post-232.html)で言及した通り、パチンコは"くじ引きの繰り返し"というゲームの原理上、過去の回転(物語)と次の回転(物語)に因果関係が築けない。ほぼ唯一の例外になるのが、この確率変動時だ。

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