“住み替えない”日本の高齢者…不安・不便を「我慢して暮らす」意識に変化の兆し?
オトナンサー / 2024年5月25日 6時10分
日本、アメリカ、ドイツ、スウェーデンの60歳以上の人を対象とした「高齢者の生活と意識に関する国際比較調査」が、5年に一度、内閣府によって行われています。第9回となった2020年度の調査結果を見ると、ある設問に対する回答の大きな変化が目を引きます。
それは「現在、住んでいる住宅の問題点」という設問です。「何も問題を感じていない」という人が31.9%と、第8回(2015年度)の59.7%からおおよそ半減しました。第5回(2000年度)は45.0%、第6回(2005年度)は55.0%、第7回(2010年度)は55.5%となっていて、「住んでいる住宅に問題を感じていない」人が増加傾向にあったものが一転、大きく減ったことになります。
住んでいる家の問題点として、「地震・火事などに対する防災設備が不十分である」が、前回調査の6%から20%と最も増えました。次に、「住まいが古くなり、いたんでいる」が、17%から30%に増加。続いて、「住宅の構造(段差や階段等)や造りが高齢者には使いにくい」が7%から20%となっています。
■高齢期に住み替えるアメリカ、スウェーデン
高齢者に関する研究活動を行う筆者が、このデータから想像できるのは、まず、防災意識が非常に高くなったということ。地震だけではなく、豪雨なども含めれば災害は毎年のように起こっており、被災者は人口比率以上に高齢者に偏っていることも分かっていますから、住んでいる家に不安を覚える人が多くなったのでしょう。2番目の「住まいが古くなり、いたんでいる」も、災害時に家が耐えられるかどうかという意味で、防災面の不安を表しているのかもしれません。
もう一つは、「長い高齢期にしっかり備えよう」とする人が増えたことでしょう。「家にいろいろと不都合はあるけれど、(この先の人生がそう長いわけではないから)我慢しよう」というのではなく、長い高齢期を見据え、身体的な衰えも視野に入れながら、住環境を見つめ直そうとする人が増えているのではないかと思います。
高齢者の事故の多くは家の中で起こっている――。これはよく知られているところで、高齢期にふさわしい家に住むのは、健康維持の観点からも重要です。
なお、国際比較では、「何も問題を感じていない」人の割合は、日本の3割に対して、アメリカが6割、ドイツとスウェーデンでは7割を超えています。この差は、日本の高齢者のかなり多くが、“築年数の長い一戸建て”に住んでいることが原因であるように思います。
住宅の種類を比較すると(第5回調査)、日本は「一戸建て住宅」が89.6%で、アメリカ(65.5%)、ドイツ(43.6%)、スウェーデン(36.1%)に比べて顕著に多いことが分かります。マンションなどの共同住宅は6.4%で、アメリカ(24.1%)、ドイツ(31.4%)、スウェーデン(54.5%)よりかなり少なくなっています。
また、「現在、住んでいる住宅への入居時期」は、1949年以前(調査当時より60年以上前)が25%と突出しており、総合すれば、身体的な衰えが進んでも、周辺環境が変わっても、昔に建てた、あるいは相続した一戸建てに頑張って住み続けている人が多いということで、これが住まいに対する不満につながっているのだろうと考えられます。
一方、アメリカやスウェーデンでは、高齢期の住み替えが進んでいる様子がうかがえます。「65歳以上で60歳以降に住居移動をした人の割合」は、アメリカが34%、スウェーデンが32%となりました。「75歳以上で70歳以降に住居移動をした人の割合」でも、アメリカ、スウェーデンともに27%で、日本の14%(60歳以降)、9%(70歳以降)を大きく上回っています。
■「我慢して暮らす」から「問題がある」へ
拙著「なが生きしたけりゃ居場所が9割」(みらいパブリッシング)にも詳しく書きましたが、住宅や暮らす環境は、高齢期の心身の健康に大きな影響を与えることが分かっています。
高齢期には通勤や通学がなくなり、電車を使う頻度も減るので、「駅近」や「学区」といった価値は低下します。一方で、スーパーや医療機関、銀行、役所といった施設が近くにあることや、交流拠点が近いことはとても重要なポイントになります。家の中の段差や温度管理にも気を付けなければなりません。
身体的な状況もライフスタイルも、現役時代とは大きく変わるのに、同じ家や環境で暮らしていると、不安や不便が顕在化し、さまざまな危険やストレスが生じるのは当然といえば当然です。
その意味では、「家への不満を我慢して暮らす」状態から、「今の家に問題がある」という意識に変わってきたことは前向きに捉えてもいいでしょう。そして、これが今後、「住み替え」という具体的な行動になっていくのかどうか。「リバース60」という高齢期の住み替えを支援する国の制度の利用者も右肩上がりになっているようですが、日本でも「高齢期の住み替え」が広がっていくのかどうかに注目したいと思います。
NPO法人・老いの工学研究所 理事長 川口雅裕
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