「無痛分娩なら楽だね」にモヤモヤ→産婦人科医「楽な出産はありません」 イメージと現実の“ギャップ”どう埋めるか
オトナンサー / 2024年7月8日 9時10分
7月7日に投開票が行われた東京都知事選挙で、3回目となる当選を果たした小池百合子知事。小池知事が、少子化対策の公約の一つに掲げていたのが「無痛分娩(ぶんべん)の助成」です。普通分娩(自然分娩)にプラスしてかかる無痛分娩の費用に対する助成で、「体への負担が少ないとされる無痛分娩が広がることで、少子化対策につながる」との考えによるものとしており、今後実現されるのか、ますます注目を集めそうです。
実際に無痛分娩を選択し、出産した女性からは「全くの無痛というわけではないよ」「無痛だとしても命がけであることに変わりはない」といった体験談が多く聞かれるようになりましたが、その名称から「痛みがない」「楽」というイメージもいまだ根強いようで、「無痛分娩なら楽だね、と言われると正直モヤモヤする」など複雑な気持ちを抱く人は決して少なくないことがうかがえます。
名称によるところのイメージと、実際の出産に存在するギャップについて、日々出産に立ち会う産婦人科医はどう考えているのでしょうか。自身も無痛分娩による出産経験がある、神谷町WGレディースクリニック(東京都港区)院長で産婦人科医の尾西芳子さんによる解説と見解です。
■「完全無痛」と「和痛」がある
「無痛分娩」とは、腰から麻酔のチューブを入れ、そこから継続して麻酔薬を入れることで下半身に麻酔をかけ、痛みを和らげながら分娩する方法です。費用は病院にもよりますが、通常の分娩料金にプラスして10万円程度になるケースが多いです。
無痛分娩には麻酔のリスクがあり、通常の分娩よりリスクが上がります。そのため、どこの病院でも行っているわけではなく、実施している病院はまだまだ少数です。
また、妊婦さん自身に血液が固まりにくい病気や心臓の病気などの合併症がある場合は、無痛分娩を行えないこともあります。逆に、分娩時に痛みを取ることで合併症を少なくできると考えられる場合(妊娠高血圧症など)は、積極的に無痛分娩を行うケースもあります。
ところで、先述した「痛みを和らげながら分娩する方法」と聞いて、「全くの無痛じゃないの?」と疑問に思った人もいるかもしれません。
無痛分娩には、その言葉通り「完全無痛分娩」を行う病院と、痛みを和らげる「和痛(わつう)分娩」を行う病院があります。この両者をまとめて「無痛分娩」と呼ぶことが多いため、「痛くないつもりだったのに痛かった」ということもしばしばあるようです。
どちらの場合も、陣痛を起こすために陣痛誘発剤を使うことが多いのですが、完全無痛と和痛とでは、使用のタイミングに違いがあります。
・完全無痛の場合……麻酔薬を入れるのと陣痛誘発剤を使用し始めるのがほぼ同時
・和痛の場合……陣痛誘発剤を使用し始め、子宮の入り口がある程度開いてきてから麻酔薬を入れる
自然に陣痛が来てから麻酔を入れる病院もありますが、その場合は和痛に近い形になります。「なぜ、全て完全無痛にしないのか」と思う人もいるかもしれませんが、麻酔によって陣痛が弱まるため、あまり早くから始めたり、麻酔の量が多過ぎたりすると子宮の入り口がなかなか開かず、分娩が長引いてしまう危険性があるからです。
分娩が長引くと赤ちゃんへのストレスが大きくなり、具合が悪くなってしまうと最終的に帝王切開になることもあります。つまり、陣痛が来て、子宮の入り口が開いてから麻酔を入れる和痛の方が、陣痛開始〜出産までがスムーズなので、こちらの方法を取る病院も多いのです。
■「無痛=全く痛くない」わけではない
無痛分娩に関してはやはり、名称に「無痛」と入っているだけに、「全く痛くない」と思っている人が大半だと思います。しかし、実際は「全く痛くないわけではない」ことも多いです。
そのため、無痛分娩を希望する妊婦さんは、分娩する病院で事前に説明会を受講することになります。どんな麻酔なのか、合併症や痛みの程度はどれくらいかなどを詳しく聞けるので、不安がある場合はそのときにしっかり解消しておきましょう。
私自身は、1人目の出産時が無痛分娩、2人目が自然分娩で、どちらもブログで体験談を書いています。現在はこうした「実際の体験者の声」をSNSやブログで知ることもできるので、参考にしてみるのもよいと思います。
一方、ネット上では、周囲から「無痛分娩なら楽でしょ」「無痛で楽に出産できてよかったね」などと言われ、「モヤモヤした」「かなり複雑だった」と感じたという女性の体験談も少なくありません。「無痛=全く痛くない」と考え、それを「楽」と認識している人もいることがうかがえます。
「楽」という言い方には語弊があると思いますし、出産はいろいろな意味で大変なので、実際には「楽な出産」はないと、私は思っています。
ただ、産婦人科医として自然分娩と無痛分娩を見てきて、出産に余裕があるなと感じるのは無痛分娩かと思います。例えば、陣痛の間も家族と会話ができたり、出産の瞬間に赤ちゃんをしっかり受け止めたりできるのは無痛分娩のメリットです。自然分娩だと、特に長時間の分娩の際は、お母さんが疲れ切って赤ちゃんを抱き締めるどころではないケースもあるからです。
繰り返しになりますが、「楽」なお産は決してありません。そして、お産に正解もありません。それぞれが思い描く出産も異なります。出産は思い出に残る人生の大切なイベントです。だからこそ、どのような出産にしたいのか、少し考える機会をつくってもいいかもしれません。
自然分娩か無痛分娩かの選択だけでなく、医師や助産師などの多い「病院」にするのか、より小規模な「クリニック」にするのか、それともアットホームな「助産院」にするのか、また、分娩についても「フリースタイル」にするか「分娩台」で出産するかなど、近年は選択肢も多いので、しっかり下調べをして決めるとよいと思います。
そして、周囲の人はイメージでアドバイスすることも多いと思いますが、実際に出産するのはお母さん自身です。なるべく本人の希望を気持ちよく聞いて、応援することが望ましいといえるでしょう。
オトナンサー編集部
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