家具固定だけでは不十分 「巨大地震」生き抜くのに必要な“10カ条” 専門家が解説
オトナンサー / 2024年10月6日 9時10分
近年、日本列島で大きな地震が続いています。特に南海トラフ地震の震源域の西の端に当たる日向灘で8月8日、マグニチュード7.1の地震が発生したことに驚いた人は多いと思います。この地震により、南海トラフ地震の発生確率が通常よりも高まったとして、政府は同日、初めて「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)を発表し、1週間にわたって特別な防災対応をするよう、呼び掛けました。
事故防止や災害リスク軽減に関する心理的研究を行う、近畿大学生物理工学部・准教授の島崎敢さんは、8月の南海トラフ地震臨時情報の発表を機に、改めて南海トラフ地震など、巨大地震への十分な備えが必要だと主張します。具体的な備え方について、島崎さんが解説します。
■南海トラフ地震は90〜150年の間隔で発生
「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)が8月8日に発表されたときに、「南海トラフ地震がすぐに起きるのではないか」と不安を感じた人も多かったことでしょう。また、発表がお盆の前だったこともあり、観光業などへの経済的影響が大きく、1週間、何も起きなかったことに対して「空振り」といった批判も起きました。
後で理由を説明しますが、南海トラフ地震が近い将来に発生することは間違いないと言えるため、この出来事は南海トラフ地震の脅威を再認識する重要な機会だったと私は考えています。
南海トラフ地震は、その規模と影響範囲の広さから、日本が直面する最も深刻な自然災害です。そして、今生きている人の大部分が生きている間にほぼ確実にやってきます。そのため、この地震の特徴を正しく理解し、適切な備えをすることが極めて重要です。そこで、南海トラフ地震の特徴を知り、私たちにできる具体的な備えについて考えてみましょう。
南海トラフ地震は海溝型地震です。海のプレートは年間数センチの速度で常に動いており、日本列島の下に沈み込みながらひずみを蓄積しています。海溝型地震はプレート境界にたまったこのひずみのエネルギーが一気に解放されることで発生するので、一定期間を置いて「繰り返し」「必ず」発生するという特徴があります。
歴史上分かっている南海トラフ地震は90〜150年程度の間隔で発生しています。前回の南海トラフ地震は1944年(昭和東南海地震)と1946年(昭和南海地震)の2回に分けて発生していて、2024年までに約80年が経過しています。従って、すでにプレート境界には大きなエネルギーが蓄積されていると推測されます。
これらを踏まえれば、私たちは「南海トラフ地震は近い将来、必ず起きる」という前提で備える必要があるのです。残念ながら南海トラフ地震が起きることは避けられませんが、必ず起きることが分かっているなら「しっかり備えをしておけば被害を軽減できるのだ」と考えることもできます。
南海トラフ地震は、東日本大震災と同じメカニズムで起き、地震のエネルギー規模も同程度だと予測されています。しかし、死者数や被害総額などは、次のような理由から東日本大震災の10倍以上になると考えられています。
まず、東日本大震災は比較的人口の少ない地域で発生しましたが、南海トラフ地震は日本の人口が集中する太平洋沿岸の大都市を直撃します。そのため、被災者数は日本の人口の約半数に当たる6800万人に及ぶと想定されています。
また、東日本大震災では震源域が陸から離れていたため、津波が来るまでに約30分の猶予がありました。しかし、南海トラフ地震の震源域は陸に近いため、場所によっては最短3分程度で津波が来ると予測されています。
死者数は約32万人と想定されているほか、土木学会が試算した長期的な経済被害は約1410兆円で、日本の国家予算の約12年半分に及ぶと考えられています。まさに国難と呼べる大災害であり、私たちが経験しうる最大規模の災害であることは間違いなさそうです。
これらの被害想定は、いずれもさまざまなシナリオのうち、最悪のケースのものなので、実際に地震が発生した場合の被害は、これよりもやや小さいかもしれません。しかし、他の災害と比べて被害が非常に大きいのは間違いありません。では、このような巨大災害に対して、私たち個人には何ができるのでしょうか。
■けがをしないための備えが重要
家具の固定は、最も重要で全員が必ず行うべき対策です。大規模地震の直後には、同時に多数のけが人が医療機関に殺到します。つまり、普段なら医療機関で治療してもらい、事なきを得るけがでも、災害時には適切な処置を受けられない可能性があります。だから、最初にけがをしないことが非常に重要です。これは日頃から心掛けておいてください。
また、けがをしたり、家具に挟まれたりして動けなくなれば、津波や火災からの避難も困難になります。これらの理由から、地震の揺れによる直接的な被害を防ぐため、家具の固定は必須なのです。
加えて、家具の数を減らすことや、背の低い家具を選ぶことも効果的です。特に、リビングや寝室など、長時間過ごす場所には高い家具を置かないようにしましょう。これらの対策を組み合わせることで、室内の安全性を大幅に高めることができます。
南海トラフ地震のような大地震でも、耐震基準を満たした新しい建物が倒壊する可能性は比較的低いと考えられています。しかし、古い建物や耐震性の低い建物は依然として危険です。可能な限り耐震性の高い建物に住むこと、必要に応じて耐震補強をすることを心掛けましょう。
自宅だけでなく、普段の行動範囲にある建物についても注意を払いましょう。日常的に利用する場所、例えば職場やよく買い物をする店舗などの耐震性も確認しておくべきです。耐震性が低いと思われる建物内での滞在時間を最小限に抑えるよう心掛ければ、それだけリスクを軽減できます。
また、道を歩いているときの被災も考慮する必要があります。普段歩く経路にどのような建物があるかを確認し、可能であれば耐震性の低い建物が並ぶルートを避けることも大切です。日常生活のあらゆる場面で「今、揺れたらどんなことが起きるか」を想像する癖をつけることが、被害を軽減する重要な一歩となります。
南海トラフ地震による想定死者数約32万人のうち、約23万人が津波による死者数とされています。このことからも、津波の危険がない場所に住むことがいかに重要か分かります。可能であれば、高台や内陸部など、津波の影響を受けにくい場所に住むことをお勧めします。
しかし、仕事や生活の都合で津波リスクの高い地域に住まざるを得ない場合もあるでしょう。そのような状況では、次の点に特に注意を払う必要があります。
まず、自宅や職場からどこまで逃げれば安全なのか、そこまでの経路や所要時間を確認し、実際に歩いてみることが重要です。高台までたどり着けなかったときのために、途中にある頑丈で高い建物や、建物の入り口の施錠状況なども確認しておいてください。ハザードマップを見るときは、津波の浸水域や浸水深だけでなく、津波の到達時間も必ず確認し、避難をシミュレーションしてください。
さらに、家族や同僚との間で「てんでんこ」、つまり「各自が自力で必ず助かる」という約束をし、この認識を共有しておくことも大切です。これにより、お互いを探すために危険な場所に戻ることで発生する二次被害を減らすことができます。
最大規模の南海トラフ地震が発生すると、伊豆半島付近から九州南部までの広大な地域が甚大な被害を受けます。このため、しばらくは周辺地域からの支援は期待できません。最低でも1週間、できれば2週間程度は自立して生活できるよう、必要な物資を確保しておいてください。
■個人の十分な備えが復興を早める
このように書くと「怖い」「考えたくない」と思うかもしれません。確かに大きな災害は怖いものではありますが、「災害について考え、備えること」は、未来の被害を減らす行為なので「怖いこと」ではなく、むしろ「楽しいこと」だと私は思います。
南海トラフ地震は過去にも繰り返し発生していますが、日本はそのたびに乗り越え、立ち直ってきたのもまた事実です。だから、次の南海トラフ地震からも必ず立ち直れるはずです。そのためにも、まずはあなた自身が生き延びることが重要です。
一人一人が生き延びることは、生き延びた本人だけではなく、周囲への負担を減らし、復興を早めることにもつながります。死者や行方不明者が少ないほど、その対応や捜索に当たる人的資源を復興に向けることができます。
そして、生き延びた人自身も復興活動に加わることができます。言い換えれば、あなたが生き延びてくれるだけで、復興を早めるための大きな社会貢献になるのです。
繰り返しになりますが、南海トラフ地震は避けられません。「南海トラフ地震臨時情報」(巨大地震注意)の呼び掛けが1週間で終了したのは、「危機が去ったから」ではなく、「1週間以上は、社会が警戒を続けられないから」です。だから決して「無事に終わった」と安心しないでください。南海トラフのひずみは今日もたまり続けているのです。
でも悲観的にならないでください。必ず来るなら備えれば良いのです。雨が降る日に傘を持って出掛けるのと同じです。今日からでも、できることから始めてみましょう。
そして、この記事を読んだ後には、ぜひ家族や友人とも地震への備えについて話し合ってみてください。一人一人の備えが、そしてあなたが生き延びることが、災害が起きても、そこからしなやかに復興できる力、いわゆる災害レジリエンスを高めることにつながるのです。
近畿大学生物理工学部准教授 島崎敢
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