近藤サトの女のギアチェンジVol.1 「老いとの戦いは負け戦」

OTONA SALONE / 2019年7月31日 20時0分

女の白髪は悪、ほうれい線は魔?

名著「京都ぎらい」の著者・井上章一さんが、新聞紙上で「みんな等しく美しい、とか心の美しい人が本当に美しい、とかは欺瞞やと思う。」とおっしゃっていました。

 

私は心のうちで「センセイ、そんなこともわからないで女は女をやってられませんよ。」と手の甲で突っ込みました。

 

ただ女を4、50年も生きてくると、慣れとか愛着とか、あきらめとか諸々を経てほぼ自分の容姿と折り合いがついてきて、まあこんなものかなとやっと思えるようになってきます。

 

そしてちょうどそのころに本格的にやってくるのが老化現象。ようやくこの姿で行こうと思った矢先に、今度は老化現象が追いかけてきます。私は何より急激に増え始めた白髪をせっせと染めては、日々鏡で生え際を覗いていました。

 

老化現象は全ての人に等しく訪れます。これは持って生まれたものとは違ってものすごく平等。でもだからといって「じゃあ、みんな一緒だから自然でいていいわよね」とはいきません。こと見た目に関しては、年齢を重ねようが、絶対重要だってことは身に染みてわかっているし、髪も肌も人より早く歳をを取っているように思われたくないもの。

 

そうやって、女性は美しさに加えて「若い見た目」も追及しなくてはならならなくなって大忙し。白髪は悪。ほうれい線は魔。シミは汚。隠したり伸ばしたり、取ったりと若い子より確実に人生に残された時間は少ないのに、時間もお金も費やして・・。

 

女も40歳を過ぎたら、腹をくくるべし

しかしですよ。良く考えてみてください。老化に伴う見た目の変化に打ち勝つなんて、所詮無理です。戦いとはいっても、ディフェンスの技を苦し紛れに繰り出しているだけなんです。

 

だから私はこと「若い見た目を辛くも保持」する戦いをすっぱりやめまた。私は自分のためにどうせ戦うなら「フォワード」とか「クオーターバック」のほうが面白いんじゃないかと思ったのです。

 

しかし「グレイヘア」でテレビに出始め当初は「老いに抗わず自然体で生きる」とか「女性性を捨てた」とまで言われて驚きました。日本人はまだ、女性は老いとの負けの込んだ戦いを一生続けた方がいいと思っているのかしら?と。

 

あと、「美魔女を敵に回した」なんていうのもあって笑いました。美魔女と私は同類だってだれも気付かないんでしょうかね。美魔女は自分の美しさに対して、きっちり腹をくくっています。私もある意味腹をくくったクチ。

 

見た目の違いは多様性の表れなんですよ。

 

世の中は、面白がって女と女を戦わせようとすることがありますが、その手は桑名の焼き蛤。サラッといなして女同士で目配せしましょう。あなたが今、「私は大いに攻めている」と思っていること、それ実は「大いなる守り」かもしれません。自分が自分のために何をやっているか正しく理解できている自信はありますか?

 

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