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40代、50代。親の介護と、自分の老後が不安です【上野千鶴子さんに聞く③】

OTONA SALONE / 2022年4月19日 17時0分

日本における女性学、ジェンダー研究のパイオニア的存在である上野千鶴子さん。話題の番組「最後の講義」(NHK)で語った未放送分を含む内容が書籍『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』(主婦の友社)となって発売されました。

40代、50代の働く女性たちはこれからどう働き、どう生き、どんな社会にしていったらいいのでしょうか? 本書のメッセージに深く感銘したオトナサローネ編集長の浅見が、ロングインタビューさせていただきました。

 

PROFILE
上野千鶴子(うえの・ちづこ)

社会学者。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。1948年、富山県生まれ。1977年京都大学大学院社会学博士課程修了。日本における女性学、ジェンダー研究のパイオニアであり、指導的な理論家の一人。高齢者の介護・ケアも研究対象としている。著書に『家父長制と資本制』『ナショナリズムとジェンダー 新版』『生き延びるための思想 新版』(以上、岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『在宅ひとり死のススメ』(文春新書)、『女の子はどうい生きるか 教えて、上野先生!』(岩波ジュニア新書)など。共著に『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房)などがある。

 

 

■近い将来におとずれる「親の介護」への不安

━━40代、50代は、近い将来におとずれる親の介護について不安に思っている人も少なくありません。

 

上野:50代は「介護適齢期」といわれます。この世代の人は自分の老後を考える前に、親を見送るという大きな責任を果たさなければなりません。結婚していると、自分の親と夫の親の2組4人の親がいるわけですが、日本の法律は扶養義務も相続も、血縁者だけで姻族は関係ありません。ここ最近大きな変化が出たと感じるのは、介護は直系親族で、となったこと。夫に「あんたの親でしょ」という理屈が通るようになったのです。

 

したがって息子介護が増えました。同居介護だけでなく、別居介護も増えました。もっぱら介護に通うのは息子であって妻は同行しない例もあります。私は私の親をみるから、あんたはあんたの親をみなさいという常識が、急速に定着しています。

 

 

━パートナーの親のことは任せるという風潮がでてきたのですね。

 

上野:同居していないから、嫁意識が薄れてきたのでしょう。上の世代の女性たちも核家族になっていた人が多いので、いま要介護になっている世代の女性たちも、あまり嫁意識を持っていません。よほどの昭和妻でもないかぎり、介護される側も「嫁が来て当然」という意識が薄れてきています。長男規範も弱まっていますし。介護現場の「常識」の変化は非常に早いです。

 

介護の変化にはふたつあります。一つ目は家族のあいだでの分担が変わったこと。女性は「嫁としての介護」が減りましたが、その代わり「娘としての介護」の負担が増えました。かつて娘は「結婚したら他家の人」となったので、実家の母親をお世話したくてもできませんでした。核家族化によって嫁としての介護の負担は減っていったけれど、娘は一生娘。「娘としての介護」の負担が増えました。つまり、結婚しようがしていまいが女性の介護負担は減っていないのです。女の間で負担が動いただけです。

 

トータルでいうと女の介護負担は、嫁としては減っているけれど、娘としては増えている。結果的に減ったか増えたかはわかりません。それよりもっと悪いことがあります。嫁としての介護のときに夫は自分の親だから手伝いますし、自分の母を見送ってくれて頭が上がらないという負債感もいだきます。他方、娘として介護するときは、夫は一切の協力をしない傾向がありますし、夫に感謝されるわけでもありません。ですから負担は重くなっているかもしれません。皮肉なものですねえ。

 

 

■介護のアウトソーシングが「当たり前に」

━━だからこそ、家族じゃないところへの協力を要請すればいいのですね。

 

上野:そう。介護における変化の2つ目は、2000年の介護保険制度の施行以来、この22年間に、家族以外に介護をアウトソーシングする選択肢が急速に増えたことです。今や介護は16兆円市場のマーケットに拡大しました。その選択肢は22年前にはありませんでしたから、大きな変化です。介護保険は本当に作ってよかった制度でした。

 

この介護保険制度が、いま40代、50代のあなたたちが要介護になるときまで持つかどうか。真剣に考えてください。制度を持続可能にしていくことはものすごく大事です。でないと壊れますからね。

 

介護保険ができる前は、家に他人を入れない、他人に自分の親の世話をさせない、それから家族以外には自分の体を触らせないという年寄りもいましたが、これも急速に変わりました。介護保険を使うことに対するネガティブな感情がほとんどなくなりました。親を施設にいれるスティグマも少なくなりました。介護保険前は親を施設に入れたなんて口にできなかったのに、今はみなさん「親が施設にいる」って普通におっしゃいますからね。

 

━22年前は、施設に預けるのが後ろめたい気持ちがあったのですね。

 

上野:介護保険ができる前はうちにヘルパーが来ていると思われたくないから、家から数ブロック離れたところに車をおいて歩いてきてくれという利用者がいました。家に他人を入れるのは恥だと。でも、いまはデイサービスのお迎えの車が家の前にきます。世間の常識なんてあっけなく変わるものだなと思います。

 

■これから変えていくべき介護の「当たり前」とは?

━━これから私達が変えていかなきゃいけない世間の常識はあると思うのですが、介護については何を変えていかなきゃいけないでしょうか?

 

上野:介護について、私はもう在宅派です。「年寄りを一人で家に置いておいておけない」という常識を変えていきたい。年寄りが一人暮らししていても大丈夫な社会にしていくことが重要です。

 

日本は家族主義が強い社会ですから、同居家族がいさあえすれば安心って思い込んでいるんですよ。ホントはそんなことないのにね。年寄りの夫婦世帯のあいだは子供も介入しないし、じいさんばあさん二人でうまくやっていけると思うのだけれど、どちらか一人が残されると「一人で置いておけない」と本人も、子供も、周囲も思い込む。「なんで年寄りを一人にしておくの」って子供に圧力をかけるのです。

 

引き取るか、同居するか、さもなければ施設に送るか?これまではこの3択でした。22年たって何が変わったかというと「年寄りを一人でおいていてもかまわない」という在宅支援のシステムができてきたこと。これが大きな変化です。2006年に『おひとりさまの老後』(法研/文春文庫)という本を書いて、ベストセラーになりました。おひとりさまに対する偏見を変えたいと思って書きましたけど、実際に変わってきました。

 

私が40、50代の人たちに言いたいのは、年寄りを一人で置いておけるというのは、あなたたちが離れていてもかまわないということです。そしていずれは自分も一人で老後を暮らせる社会になるということです。「年寄りにばかり社会保障費をたくさん使って…」という批判もありますけれど、それは将来のあなたたち自身のためでもあるなんです。

 

 

━━親子であっても何十年も離れて暮らしていると、生活習慣が違ってきますよね。

 

上野:なかには親と同居するために離職する人もいたりします。子供が親を自分のところに呼び寄せて同居するパターンもあります。わかってきたのは、中途同居が年寄りにとってけっして幸福ではないということです。子供と一緒が幸せなんていうのは幻想だってことがわかってきました。

 

 

━━地元にいたほうが友達やコミュニティなど慣れ親しんでいる環境がありますよね。

 

上野:人間には馴染み要因というのがあって、娘が親を呼び寄せたりしたら、なじんだ土地、なじんだ家、なじんだ人間関係、それを全部失います。呼び寄せ同居って子供の都合で呼んでいるのですよ。それよりもそれぞれ別の場所に住んで、親は親、子は子で安心して生きている社会にしていかないと。

 

 

■年寄りが一人で生きていける社会へ

上野:いまは年寄りが一人で生きている社会になってきました。日本に大きな3つの社会保障制度があるからです。

 

まず年金。年寄りに年金があるから、子供が仕送りをしなくてよくなりました。しかし国民年金と、厚生年金には大きな違いがあります。国民年金の人たちは自営業、そのほとんどが農家世帯ですから、年金制度を設定した人たちの大きな見込み違いは、農家のじいさんばあさんたちには定年がないから、死の前日まで畑にでていてある日ぽっくり亡くなるだろうと。だから孫に小遣いやる程度の金額でいいだろうと思ったことです。

 

こんなに長生きするとは思わず、こんなにヨタヘロになっても死なないとは思わず、年金収入だけに100%依存する世帯がこれだけの増えると思もってもいなかったわけです。

 

厚生年金の設計者たちは、雇用者には定年制度があるから、ある日突然ぷっつり収入が途絶えてしまう。それじゃかわいそうだから、せめて現役時代の半分程度を保証してあげなきゃと思ったわけです。だから厚生年金はそこそこの額になっています。

 

いまの40代50代の親は70、80代ですよね。この世代は雇用者率が高く、自営業者を上回りました。しかも定年まで勤め上げた人が多いので、厚生年金もそれなりに受けとれます。夫を見送った妻には、夫の厚生年金の3/4が支給されます。持ち家もついてくる。フローとストックがついてくるので、ばあさんを一人で置いておけるんです。だから年金保険ってものすごく大切なのです。

 

年金保険に加えて、医療保険と介護保険があります。この3点セットは日本が世界に誇る制度です。だから安心して長生きできる社会になっているのです。その昔「女は三界に家なし」*って言われましたが、「高齢化社会をよくする女性の会」の独自調査によれば、会員の63%が自分名義の不動産を持っているというデータが出ました。いま女性たちは年をとったら家持ちにもなります。

 

*「三界」は仏語で、欲界・色界・無色界、すなわち全世界のこと。女性は幼少のときは親に、嫁に行ってからは夫に、老いては子供に従うものだから、広い世界のどこにも身を落ち着ける場所がないという意味。

 

いかに社会制度をうまく利用しながら、自分だけで負担を抱えないでいくか。いかに社会制度を利用することが恥ずかしくないか。そういう世の中が当たり前になってきています。

ただし日本の社会保障制度はすべて自己申告制ですから、制度リテラシーを持っているかいないかで、差がつきますね。

 

 

■親の介護で制度のリテラシーを学んで

上野:誰でも老後になったときは初心者です。でも親を介護するときのキーパーソンに子どもたちがなれば、40代、50代に制度のリテラシーを学んで、自分のときにはどうしようと考えたらいいと思います。親の介護に自分がキーパーソンとして関わることでノウハウを学ぶことは大切ですが、問題は、30年後、40年後にあなたたち自身が要介護になったとき制度がちゃんと使えるかどうかってことです。30年って長いですからね。

 

いま介護保険は改悪されてきています。以前は1割負担でしたけれど、年金額にもよりますが、これからは2割負担、3割負担になります。利用制限や利用資格の厳格化など、制度の空洞化が進んでいます。それをやってきたのはいまの保守政権です。それをうかうか見逃してきた、あなたたち有権者の責任でもあります。

 

 

━━そう考えると、私達世代は何を勝ち取って来たのか。いまの10、20代など若い人たちが「あってよかった」と思ってもらえることを勝ち取っていかなくてはですね。

 

上野:介護保険をつくったのはいまの70代の世代です。団塊世代ははためいわくな世代とも言われましたが、最大の功績は介護保険をつくったことです。

それに比べて40代、50代は政治的な運動に不活発な世代。うかうかしているうちにやられますよ。政治に関心を持たなくてはいけないと反省してもらいたいですね。

 

『最後の講義完全版 上野千鶴子 これからの時代を生きるあなたへ 安心して弱者になれる社会を作りたい』

知のスペシャリストが学生たちに「今日が人生最後の日だったら何を語るか」というテーマで特別講義を行うNHKの人気番組「最後の講義」。上野千鶴子さんの回ではこれまでの学問を通じて女性の問題に対してどう社会を変えようとしてこられたか、本当に必要なのは弱者になったときに助けてもらえる社会であることを率直な言葉で語り、後輩たちにエールを送ってくれています。

著者:上野千鶴子
出版社:主婦の友社

 

≪OTONA SALONE編集部長 浅見悦子さんの他の記事をチェック!≫

 

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