派遣先の上司と不倫。「どうしてこんなに苦しいの」33歳女性が抱えていたものは(後編)
OTONA SALONE / 2024年3月24日 19時1分
ジェクス ジャパン・セックスサーベイ2020によれば、浮気・不倫経験があると答えた男性は67.9%、女性は46.3%。40代女性の32.9%が「特定の人物1人と(現在も)している」と答えています。婚外恋愛は、決して遠い対岸の火事ではありません。
では、過去に不倫を経験した人たちは、その後どんな人生を歩んでいるのでしょうか。
相手との関係や自身の生活の変化について、女性たちのリアルをお伝えします。
【不倫のその後#6】
彼女が「別れた不倫相手に望むこと」とは
「あの頃の自分が許せないんだね」
と静かに言うと、
「あ、そうです、そんな感じ。何であんなに下手に出ていたのか、惨めだし悔しくて。どうしようもないとわかってはいるのですが……」
と、語尾を濁して由紀恵は答える。当時は嫌われたくない気持ちが強くて、何とかして愛情を取り戻したくて、男性の機嫌を取るのが最優先で自分の気持ちを押し殺していたのだから、そんな自分を今になって強く否定したいことは理解できた。
「でも、何を思ってももう会うことはないし、無駄ですよね。それもわかっていて、何ていうか空に向かって文句を言っている気分です」
由紀恵の声はさらに沈んでいく。未練はないけれど怒りが残った状態は、相手ではなく「あの頃の私」を責めていた。
こんなとき、苦しみの焦点は自分に向いているが、そうさせた相手の姿もリピートされる。人には言えない関係だったから感情の抑圧は普通の恋愛よりも大きくて、その反動が別れた後で出てくるのはよくあることだった。そのなかに、「こんな選択をさせた相手」への怒りはどうしても湧いてくる。
「あの人に何かを望むほうがつらいからね。自分の問題なのだとはっきりわかっているなら、大丈夫だよ」
時間が助けてくれる、と続けようとして、
「いえ、あの人に求めるものはあります」
と、由紀恵が初めてきっぱりとした口調で遮った。
「別れた相手に求めるもの」とは… 次ページ
相手にしか埋められない痛みがある
「え?」
急な変化に驚いて聞き返す。
「謝ってほしいですよ、やっぱり。嘘ついて都合よく扱って、私がどれだけつらかったかよくわかっていたくせに知らん顔して。謝罪してほしいですね」
由紀恵の強い語気には恨みが滲んでいた。そう思うのも無理はない、自分だけが男性の愛情を信じていて相手はそんな気持ちを知っていてなお弄ぶような対応を繰り返していたのだ。
「……」
受けた痛みは与えた相手によってしか修復はできない。だから謝罪がほしい、当時の自分について「悪かった」と認めてほしいと思う気持ちは理解できるが、それが到底かなわないであろうことも、現実だった。
「謝ってもらっても、新しい記憶ができるからなあ」
そう言うと、由紀恵ははっとしたように小さく息をのんだ。「新しい記憶」、それは関係が終わっているいま現在の互いの姿を自分のなかに残すことであり、たとえ直接会わないLINEのメッセージ一つであっても、存在に新鮮さを覚えるとそれがまた新しい感情を生む可能性は避けられなかった。
「……そうですね」
はあとため息をついて、由紀恵は
「どうやったら忘れられるんだろう」
とふたたび揺れる声でつぶやいた。
不毛な関係を忘れる方法は 次ページ
不毛な関係を忘れる方法
「これは力技なんだけどね」
「え?」
少しの沈黙の後でそう切り出すと、由紀恵は驚いたように声を上げた。
「『全部過去のこと』って言い聞かせるんだよ。自分のこともあの人のことも、何が浮かんでも『仕方なかった』って返す。責めたところでやり直しはできないからね、それならもう、『自分はがんばったのだ』って言い聞かせるのが一番だよ。間違っていたと思うから苦しくなる、だからあの頃はそんな選択しかできなかったんだって、受け入れる力のほうが忘れられるよ」
実際、由紀恵の考え方も行動も間違っていた。だが、その自分は消えないし、相手についてはもっと手出しができない。それが現実なのだ。否定するから自分にも相手にも「許せない」という怒りが湧く、だから「あの頃の自分は、間違っていたけれど精一杯やった」と受け入れることができれば、それで解決になるのだ。
「……」
由紀恵にとって、それがどれほど苦しいかは想像できる。当時の見苦しい自分も、自分の気持ちを弄んだ相手のことも、「仕方なかった」で置くにはあまりにもつらい記憶だった。普通の恋愛より不倫のほうが、当時の様子が異常であることを伝えてくるのだ。
「謝ってもらったとしても、あなたの場合は気まずさが残るよ。
この先新しい関係を持ちたいわけでもないのに、しかも不倫だったのに、謝罪されたほうがたぶん苦しくなると思うよ」
そう言うと、由紀恵は「ああ」と息を吐いた。想像ができるだろう、人の前に立つときは常に自分の姿を意識して相手の気持ちにも配慮してきた立派な大人である彼女が、そんな幼稚な場面に身を置いて心がすっきりするはずはないのだ。
執着は捨てられる
「気まずく……なりますね、うん」
由紀恵の声色が変わっていた。「今の自分」で相手と顔を合わせたとしても、それが謝罪の場であったとしても、当時の痛みはきっと消えないと気がついたようだった。
「あれっていつだったっけ?最後に話したときに、よく眠れていますって言ってたよね。それでいいんだよ、もう終わったことなんだよ」
ゆっくりと口にすると、由紀恵が無言でうなずく気配が伝わった。スマートフォン越しに届いていた由紀恵の息遣いが、ようやく穏やかなものになりつつあった。
それは執着なのだ、と言えばまたその言葉が彼女のなかに残る。当時の苦しみを報わせたいとするのは自分の状態を相手に委ねる依存であって、そんな執着で過去の相手との間に新しい悶着を引き起こしてはストレスを抱える男女は実際に見てきた。相手に何かを望めば自分も等しく何かを要求される。それが人間関係であって、自分の満足が100%でかなうやり方など本当に少ないのだ。
「自炊はどう?まだがんばってる?」
既婚男性と別れてから、「久しぶりに食べたいものを作って楽しんでます」と弾んだ声で報告してくれたときを思い出しながら言った。
「はい。痩せましたよ」
落ち着いた声で由紀恵は答える。「スタイルがいいのにまだダイエットなんかするの?」と笑って尋ねると、「内臓脂肪が落ちたんです」と登録している派遣会社で受けた健康診断について話してくれた。
執着は捨てられる。それは、今の自分に集中することだ。取り返しのつかない過去の状態に怒りや苦しみを抱えるより、その経験を経ていま自分はどうしているか、にフォーカスすれば新しい気持ちで取り組めていることが必ずあるはずなのだ。
「あなたは大丈夫だよ」
そう言うと、
「はい」
と柔らかい声で由紀恵は返した。
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