お育ちという言葉が気になる人が「寝た子を起こさずにいるより」認識したほうがいいたった一つのこと
OTONA SALONE / 2024年6月26日 11時46分
大ヒットエッセイ『負け犬の遠吠え』から21年。酒井さんといえば、クールな観察眼と品のいい苦言、「自らを見つめることのできる静かな鏡」のような筆致が脳裏に浮かぶのではないでしょうか。
そんな酒井さんの新刊タイトルは『消費される階級』。またもやドキリとするタイトルです。いみじくも、これらはオトナサローネにとってとても重要なテーマの一つ。酒井さんに「どうして私たちは階級・格差をついつい気にしてしまうのか」を伺いました。
前編記事『「どうして私たちは他人と自分を比べることを止められないのか」酒井順子さんが語る「超納得の理由」』に続く後編です。
時代は変わっていく。この変化は「まだ過渡期」なのか、すでに固定的なのか?
――この状態は変化の途中の過渡期なのでしょうか、それとも固定的な状態なのでしょうか。
『負け犬の遠吠え』の当時は、結婚していない人のことを負け犬呼ばわりしてしまいましたが、いまなら「独身差別」と炎上するかもしれません。では、結婚してない人が自己卑下しなくてよい世界になったかというと、そんなことはない。それなのに表向きは、結婚しない人生もありますよね、ということになっています。そのギャップが原因で世の中がつらいことになっていると思うのです。
でも、表と中身はどんどん解離し続けるわけではないのでしょう。そのうちに、表のほうに引っ張られて揃って行くのではないかと思います。
男女差別を例にとると、明治大正期はもとより、昭和初期までは女性すら「女性は男性より劣っている」と思っていて、それが法律にまでなっていました。でも、いまや法やルールが定める平等のほうに人間の感覚がだいぶ近づいていますよね。同じように、表面の部分だけでも平等に向けての努力をしていると、実際の感覚があとからついていくのではないかと思います。
自分が差別的感覚を持っていることを認識するのは、しんどいことです。でも寝た子を起こさずにいるよりは、自分がなぜこう思ってしまうのかを認識したほうがいいのではないでしょうか。理由がわかれば隠しようもありますから、認識することで意識が変わっていくこともあるかもしれません。
なぜ自分の中にこうしたものに触れたい欲求があるのか?と考えるとこによって、社会そのものが変わっていきます。
次ページ>>>なぜ私たちは「比べること」を止められないのか?
年を経ると、だんだん「どうでもいいよ……」と自分の思考も変わっていく
――今回、いちばんお届けしたかったのは書中のどの章ですか?
『バカ差別が許される理由』でしょうか。大人になったがゆえに、この年になるとどの学校を出たとか、育ちがどうのといったことがどうでもよくなってきます。対して、求められるのは大人としての賢さであり、それが身についていないと、差別されてしまうという、大人がゆえのつらさを書きました。むしろ「お育ち」が楽しめるのは、若いからこそなのかもしれません。
あまりに本当のこと、言われたくないところをつかれると、怒りの先に感謝がわきますよね。例えば歯に青のりがついていたとして、正直な人はその場で「ついているよ」と言ってくれます。その場では恥ずかしくても、「気づいてよかった」と思うでしょう。でも、善人は何もついていないようにその場をスルーしてくれるため、あとから気づいて「ゲッ」と思う。善人は相手に恥をかかせないようにふるまい、メンツを保ってくれるかわり、本当のことを言ってくれません。しかし時間差で気づくことなので、いつ恥をかくのかという違いだけなんですよね。
優しい社会と言いますが、その本質は優しさではなく、単にその場で傷つけない社会、傷つくことが先送りされる社会なのではないかと思います。昭和は早く気づくことができる時代でしたが、親や先生のやり方があまりに激しすぎて傷つく子どもが多かったことが問題になりました。いまは逆に、その場で指摘したり矯正することがなくなった代わりに、真実に気づくこと自体が自己責任となっています。
――オトナサローネでは「●●を持っているとおばさん」というような「おばさんチェック記事」が大変に人気があります。
なぜこうした記事にひきつけられるのかというのも、自分がどこにいるかを知るのが面白いからですよね。小学校のころ、通信簿の評価を見るのは、怖かったけれど面白かった。自分が群れの中でどの位置にいるのかという序列は、動物としてずっと気になることだと思います。ですが、序列によって幸不幸の違いが出るのはよくないと世間が気づき始めた結果、他人と比べないほうが幸せですよと女性誌は言い続けていますが、一方では「老けるな」ということも言い続けるという矛盾も‥‥。
他人と比較したり、他人を評価したりという行為は、娯楽にはなりますよね。ただし、その感覚はやっぱりジャンクフードのようなものであり、心身によいわけではない、食べているところを見ても、美しいとは思えないものだということは、わかっておいたほうがいいと思います。一人でこっそり、少しだけ楽しむものなのではないでしょうか。
下手に何かを言ってしまうと、言った側が非難される面もあります。『負け犬の遠吠え』のとき、「失礼ね!」と怒る方もたくさんいらしたのですが、そういう方のほうがご自身のことを気にしていたのだろうなと、後から思いました。今回の本も、ご自分の心のやわらかい部分がどこで刺激されるのかが、世の中に潜んでいるいろいろなの格差の話の中からわかるかもしれません。自分はポリコレを守り差別もしていないと思っていても、実はそうではないかもしれないんじゃないの?という、問題提起を受け取っていただけると嬉しいです。
『消費される階級』酒井順子・著 1,870円(10%税込)/集英社
酒井順子(さかい・じゅんこ)
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』など多数。
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