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日本が「どうしようもなく小さく」なってしまう前に、元ファンドマネジャー父が娘に伝えている「大切なこと」

OTONA SALONE / 2024年6月22日 11時15分

大学生のアキさん、高校生のルミさん、2人の娘を持つ投資家・文筆家の澤田信之さん。「予測を業としてきた自分にも、彼女たちがこれからどのような時代を生きていくのかまったく判断がつかない」と語る澤田さんが、「生きる視点」を子の世代に伝えるメッセージ書評を皆さんに贈ります。

【父から娘へ書評#2『森があふれる』彩瀬まる】

娘と恋バナできる日がきた。僕にとって親業最大のギフトの1つ

アキ、日本食食べてる? 恋をすると食が細る、って聞くけど大丈夫かな。初めて好きな人ができた話、素敵だった。海外で生活を始めてもう3年だね。座学もいいけどフィールドワークが人格形成には一番効くから、これからもいろんな人を好きになってみてください。

 

中学受験のテキストに出てきた芥川の『地獄変』、覚えてるかな。絵仏師の父親が作品を完成させるために娘が炎につつまれ、しかもそれを止めもせず描き続ける、ってヤツ。あり得ない話だけど、そんなお話を2人で声に出して読んだ記憶があります。

 

アキからすれば、明治文語文は音読したほうが分かりやすくなるのかな?程度だったかもしれません。でも、僕にとっては、自分が若い日に買った文庫本を、30年以上の時間を経て父娘で声に出して読む、ってのが自分の親業の集大成であるような気がして。人生における大切な1ページになっています。今回LINE通話でアキと恋バナができたのは、それと同じくらい嬉しいことでした。ありがとう。

 

「字書き屋 徹也」が内に抱えるもの、象徴するものとは

そんなアキに今回紹介するのは、彩瀬まるさんの小説『森があふれる』です。彩瀬さんは2010年に『花に眩む』で「第9回女による女のためのR-18文学賞読者賞」を受賞してデビュー。『花に眩む』は人の肌から植物の芽が出る話でした。彩瀬さんにとっては、発芽することがメタファーであり、テーマなのかもしれません。

 

本作『森があふれる』は、夫の不倫を疑った女性が発芽(はつが)することから物語が始まります。夫である年の離れた小説家は、女性を主人公にした小説を描いて成功を収めていますが、内心では「恋愛小説は女性作家のもの、もっと男性らしい小説家に転向したい」と考えています。

 

うーん、妻が植物人間になった作家の苦しみなのかな、重いなー。と思いながら読み始めたのですが、なんと植物の種を大量に食べた妻から芽が出て、ふくらんで、妻の意識やビジュアルが残されたまま……意外なことになってしまうのです。

 

『地獄変』では女性である子どもが、男性である親のために炎に身を投じ、絵仏師である男は、燃えさかる女をそのまま描き続けます。性差、家族、職業という殻が2人をがんじがらめにしたまま、判断は読者に委ねられて話は幕を引きます。

 

『森があふれる』では、女性である妻が、男性である夫のためにプライバシーを犠牲にし、小説家である男は商業的成功を手に入れます。性差、家族、職業という殻が2人を縛る構造は同じです。しかし本作はここで終わらないんですね。

 

編集者から見た小説家、愛人から見た小説家、そして小説家の一人称で物語はつづられていきます。男性性の象徴としての小説家、女性性の殻を破ろうとする妻。最後に森と小説家が対話をします。そこで何が語られるのか、楽しみにしてください。

 

これから縮小していく日本社会では、ラベリングはより「ゆるやか」になっていく

アキも知っての通り、僕は田舎の商店街で生まれました。おじいさんがのれん分けで小売店を開業し、父親が2代目、昭和のバブル期に店舗改装の借金を抱え、その返済に苦労する姿を見てきました。

 

商人の跡取り息子として昭和の価値観で育てられた長男だから、その呪縛から自分を解放するのに苦労したのも事実です。東京の大学に出てきたのも、このままではあんなふうになってしまう、という危機感もあってのことでした。ビジネスとは対極の文学部に進んだのもその反動だったのかもしれません。結局はお金の世界に行ったんだけどね。

 

ポリコレとかコンプラとか行き過ぎた堅苦しさが目立つ令和ですが、これは生みの苦しみで、アキたちが大人として生きていく未来は、性差とか家族とか職業とかいう軛から個人が解放されていくことが決まっています。

 

経済予測の世界で最も精度が高いのが人口動態で、政策の変更が経済に与える結果が出るのに最低20年かかります。日本は既に人口が減り始めていて、性差による役割分担が贅沢になってきました。家賃が高い東京では一馬力では生活が苦しくなって、二馬力が普通です。家の縛りが強い地方でも時間の問題でしょう。

 

ヒトが余っていて、更に増える時代には、性差などの分かりやすい、かつ、ざっくりとした分類で役割を決めてきました。でも、これからはヒトが不足して更に減っていく時代、役割を決めるのは適性です。自分の適性を見つけるのが大学生活、って考えるのがいいと思うよ。

 

ひと昔前には3高、なんて言葉があって、結婚相手に求めるのは「高学歴、高収入、高身長」なんて言ってましたが、今だと大炎上だよね、もし心の中では思っていても口には出さないように。

 

マッチングアプリでもプロフに載せるのは学歴、収入、写真、これは昔の結婚相談所から全く変わりません。でも、そんな単純な属性で自分や他人を定義しないでね。人間はラベリングが好きな生き物ですが、なるべく気にしないで生きてください。アキは一人の人間であって、属性の束でできているのではないのですから。

 

そんなこと言ってる僕たちも、昔はみんな若者だったんだ

今日は大学時代の友達たちと飲み会にいってきます。四谷の野球居酒屋で放談する僕たちは、周りからみればグレーな会社員の集まりに見えることでしょう。

 

でも、そこにいるのは青春を共有した、昔の若者たちです。サッカーをやっていた友達は今はゴルフ部の監督をして、忙しく日本中を飛び回っています。ラグビー部の友達は建設会社の人事管掌で、アクティビスト対策担当です。会えば昔に戻ってあの時好きだった女の子の話になります。最近では健康診断の数値や親の介護の話もしますけど。今日はきっと唐揚げとポテトフライを食べることになると思うから、油の摂取を抑える薬を飲んで出発します。

 

それじゃ、元気で。夏の来日を楽しみにしています。

チチより

 

『森があふれる』彩瀬まる・著 759円(10%税込)/河出書房新社

 

【版元ご担当様】澤田氏評ご希望の方、担当編集井一まで「澤田氏評希望」のタイトルでご連絡ください。miho_inoichi★shufunotomo.co.jp

 

≪文筆家・個人投資家 澤田 信之さんの他の記事をチェック!≫

 

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