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「誰か、病名をつけて!」はっきりした「病名」がつかないまま社会人に。「グレーゾーンの生きづらさ」を抱えながら働く、ということ

OTONA SALONE / 2024年8月9日 16時31分

Hさんは20代前半の社会人。一見、陽キャの現代っ子に見えますが、「いつもと違うこと」ことが耐えきれないほど苦手です。入学式や卒業式も「いつもと違うこと」なので、早々に帰宅。そのため卒業式の記念写真もありません。日頃から不安や緊張に襲われることもあり、精神科も受診したのですが、Hさんには病名がありません。そのことが生きづらさの原因になっています。

【発達障害、生きづらさを考える ♯4 後編】

 

◀この記事の【前編】を読む◀ 『「僕は病気なの?」卒・入業式も文化祭も。不安と緊張でどうかなりそうだった。悩み続けるも病名がつかない【グレーゾーンの苦悩】』__◀◀◀◀◀

「いつもと違うこと」が苦手。緊張と不安で苦しくなる

高校を卒業して大学に入学したHさん。大学1年の時は寮に入りました。先輩にはよく悩みを聞いてもらったり、励ましてもらったりしたので人間関係で悩むことはなかったそうです。しかし、相変わらず「いつもと違うこと」が起こらないように、細心の注意を払っていました。

「新しい場面や新しいところが苦手で、慣れるまでに時間がかかります。決まったルーティーン以外のことは対応しにくいので、遅刻は絶対にしません。出かける時は周到に準備しますし、朝は何時間も前から用意したりします。こうしてここに行くと決まっていると安心します。こうしたところは発達障害だからなのかなと思います。」

 

大学2年の時、Hさんは寮を出てアパート暮らしを始めたのですが、10月くらいに学校に行けなくなりました。

「急に教室に行きたくなくなり、母の勧めもあってアパートを引き払い、実家に戻りました。はっきりした理由は自分でも分からないのですが、授業が全く面白くなくて、全然ついていけなくなりました。ちょうどコロナの影響でオンライン授業も始まったので、大学に相談して半年間オンライン授業を受けました。春になるとオンライン授業が終わってしまったので、そのまま実家から通学していました。」

お母さんは、「あ〜あ、また(病気が)出ちゃったのね。」と思ったそうです。

 

その頃、Hさんは大好きだったスポーツブランドのショップで店員のアルバイトを始めました。

「接客業が好きなわけではなく、そのブランド自体が好きなんです。高校の時にインスタで広告を見て、そのカッコ良さに衝撃を受けました。飲食業のアルバイトをしていたのですが、直営店舗のバイトを募集していると知って応募しました。東京の店舗は受からず、最初は埼玉の店で働きました。人が苦手なのに接客業って矛盾しているように思われるかもしれませんが、知らない人にパッと話しかけることは苦痛ではありません。外国人の接客もできます。でも、一度関係を築いた人と2回、3回と会うのが辛い。職場の人と飲み会に行くとか絶対にできません。気軽に誘ってくれるけど、すごく緊張します。何が出されるんだろう、どういう人が横に座るんだろう、何時までに帰れるんだろう、早く帰りたくなったらどうしようと、細かいことを色々考えてしまいます。みんなは、『一緒に飲みに行こうよ』とか『遊びに行こうよ』と言ってくれますが、軒並み断っています。でも、それが原因で仲が悪くなるのではないかと思うと苦しくなるのです。」

 

 

HSP(Highly Sensitive Person過剰に繊細)かもしれない?

shutterstock.com

なんとかしたいと思ったHさん。一度、職場の同僚に紹介してもらった精神科に行きました。検査をしても知能的にも問題はなく、IQも正常でした。

「発達障害と似ているところもありますが、一応人とコミュニケーションできるので当てはまらない部分もあり、『発達障害』だと確定診断ができないということでした。自分であれこれ調べて、HSPという特質があるのではないかとも思いました。」

HSPは病名ではありません。とても繊細で敏感なため生きづらい人のことを言います。Hさんはしばらく、ツイッター(現X)でHSPの人たちと交流してみました。

「みんな、『俺たちはこんな性格だからみんなから理解されない』と、諦めムードでした。諦めてしまうから、そこから話が発展しません。みんなに刺さることを言うと共感されるので、とにかく自分の持論を展開する人が多い印象でした。あまり面白くないなと思ってやめました。グループ療法を受けられる場所とか同じ経験をしている人が集まれる会があればいいのですが、通っていた精神科ではやっていないと言われました。」

 

 

一人になりたい

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もともと都内の直営店でアルバイトをしたかったというHさん。「○○店で働きたい」とぽろっと店長に言ったことがきっかけで憧れの店舗に移ることができました。

「希望していた店舗に変われたことは嬉しかったのですが、やはり新しい環境に適応するには時間がかかりました。埼玉と都内では職場の雰囲気が全く異なります。埼玉はいろんな年齢層の人が多く、落ち着いた雰囲気ですが、都内は若い子ばかり。みんな仲が良すぎる感じがします。いつもみんな濃密にコミュニケーションを取っていて、お昼ご飯も休憩室で一緒に食べますし、仲が良いから仕事帰りに飲み会にも行きます。一人の時間が取りづらいので苦しいんです。誰かに何か言われたわけでもないのに、みんなに馴染めないため疎外感を感じて孤独になりがちです。」

ある時、Hさんは、職場の女性の先輩に胸の内を打ち明けました。その人は物言いがきつい人で、顔もちょっとコワモテ。Hさんは、その人を前にすると言いたいことがあっても頭が真っ白になることが多々ありました。

「彼女が言ったことを丁寧に聞き返しているだけのですが、その度に『そんなことも分からないの?』とか『バカなの』と罵倒されました。そこで、『実は、(彼女の)顔や声が威圧的で、圧倒されて言葉が出てこないんです。』と言ったら、『あ、そうだったの。気をつけるわ』と言ってくれました。彼女に打ち明けられたことはいい経験になりました。」

 

 

私が死んだら息子は生きていけない

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治療できるものなら治療したいと思ってHさんは埼玉県のクリニックに通っていたのですが、大学3年の10月、通院するのをやめました。

「3、4ヶ月、月に一度カウンセリングを受けましたが、行っても意味がないのでやめてしまいました。特に診断がつくわけでもないのに、ただ話を聞くだけでカウンセリング料1万円取られるのが納得できませんでした。最初は一生懸命話しましたが、僕は何らかのフィードバックが欲しい。薬だけではない何かが。」

Hさんのお母さんは、「私が死んだら息子は生きていけない」と言います。

「これくらいの年齢だったら、母親にあまり話さないと思いますが、息子は私が一番話しやすいようで何もかも私に話します。話すことで気持ちの整理をしているのでしょう。どこまでも一緒にいていいのか、密着し過ぎではないかと考えることがあります。それでうまく社会生活が送れたらいいのですが。」

 

同僚や友人、新しく出会う人に、なかなか自分の不安や緊張を言葉にして伝えることができず、悶々としているHさん。「発達障害」とか「HSP」と言って、相手が「そうだったのか」と理解してくれたらどれほど楽か・・・と言います。

「病名があれば一言『〇〇です』と言えば済む話です。でも、僕の場合、説明しようと思うと生い立ちから話さなければなりません。そんなことできないですよね。ずっとこんな状態で、グレーゾーンのまま悩み続けています。それが一番辛いところです。」

Hさんのお母さんは、「グレーゾーンだから症状が軽い」と誤解されることもよくあると感じています。

「同じ悩みを持って苦しんでいる人たちが定期的に集まる場所があったらいいなと思いますが、存在も知りませんし参加したことがありません。」

ここでもまた、病名がつかないと患者会や家族会にも参加できないという問題にぶつかったのです。

大学卒業後もスポーツブランド店で働いているHさん。長身を活かしてモデルを目指していますが、なかなか書類選考も通らず行き詰まっているそうです。お母さんは、せめて自分の食い扶持は稼いで欲しい、自立して欲しいと願っています。

 

 

岡田俊先生のここがポイント!

岡本 俊 先生

病名は何のためにあるのでしょう。病名があると、その背景にある体の状態がわかり、その治療のために必要となる適切な手当が明らかになります。当事者が生きづらさを抱えている。そのときに発達障害があり、その特性のために日常生活における困難を抱え、精神的な不調を抱えている、ということは、当事者のかかえる困難の理由を明確に説明しているといえますし、その精神的な不調に対する治療とともに、発達障害特性に応じた環境調整や日常生活の工夫を行うことが助けになります。このことはグレーゾーンにとどまる発達障害特性においてもまったく同じことです。

しかし、発達障害の診断にまでは至らないけれど、発達障害特性が生きづらさに関係していて、そのための配慮が必要だ、といわれても、周囲の人はどういう理解が必要なのか、配慮が必要なのかがわかりにくい、という実情はあります。しかし、発達障害の診断が明確につきます、といわれたら、周囲が適切な理解や支援ができるのか、というと、そうでもないというのが現実です。発達障害は見えにくい障害なのです。

そう考えると、いま必要としているのは病名ではなく、周囲の人と「通訳」をしてくれる人である、といえないでしょうか。発達障害の当事者や周囲の人が必要としている支援(支援方法や利用できる支援機関)は多岐にわたります。それらを一括してまとめているサイトには国立障害者リハビリテーションセンターが作成している発達障害ナビポータルなどから探すことができます。これらは原則として発達障害と診断される人が活用できる支援機関かも知れませんが、グレーゾーンの特性を持つ人への支援に役立つ情報も同様だと思います。確かに福祉的な支援のなかには、障害の重症度によって利用できないサービスもあるでしょうけれども、相談機関はグレーゾーンの人が支える困難についても理解されています。

支援にうまく繋がらず、家族だけで支えるしかない、という気持ちに至ることもあります。それで、いまはなんとかやれている、というご家庭も多くあります。しかし、同時に不安も抱えておられるでしょう。いつまでも支え続けられるのかというと自ずと限界があるからです。8050問題は、実に身近な問題です。そのためにも家族だけで抱え込まず、支援のネットワークの中で支えることが大切です。繋がる先は医療だけではありません。

 

 

【岡田俊先生プロフィール】

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長/奈良県立医科大学精神医学講座教授

1997年京都大学医学部卒業。同附属病院精神科神経科に入局。関連病院での勤務を経て、同大学院博士課程(精神医学)に入学。京都大学医学部附属病院精神科神経科(児童外来担当)、デイケア診療部、京都大学大学院医学研究科精神医学講座講師を経て、2011年より名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科講師、2013年より准教授、2020年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長、2023年より奈良県立医科大学精神医学講座教授。

 

 

 

 

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