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「私も職場で同じようなイヤな経験、したことあるわ~」女性社員どうしの「職場いじめ」。実は平安時代にもあった!

OTONA SALONE / 2024年9月2日 18時1分

*TOP画像/まひろ(吉高由里子) 赤染衛門(凰稀かなめ) 大河ドラマ「光る君へ」 33話(9月1日放送)より(C)NHK

 

『光る君へ』ファンのみなさんが本作をより深く理解し、楽しめるように、40代50代働く女性の目線で毎話、作品の背景を深掘り解説していきます。今回は平安時代における「いじめ」について見ていきましょう。

 

◀この記事の【前編】を読む◀ 『実家が太い、超お嬢様。それでもバリバリ働いていた⁉ 平安時代の女だけの職場、サバイバルできるのか?【NHK大河『光る君へ』#33】』__◀◀◀◀◀

平安時代におけるいじめとは?身分によってはいじめられっぱなしになることも

いつの時代においても人が集まるところでは人間関係のもつれが生じますし、いじめのようなものが起こることもあります。平安時代にも今でいういじめのようなものはありましたが、誰とでも親しくしようという考え方はありませんでした。

 

当時におけるいじめの主な動機は“嫉妬”“その存在が受け入れがたい”といったもの。物語の世界の話ではありますが、弘徽殿女御(こきでんのにょうご)桐壺更衣(きりつぼのこうい)をいじめたのも嫉妬が原因です。弘徽殿女御は桐壺更衣が桐壺帝(きりつぼてい)から溺愛されていることに苛立ちを覚え、彼女にひどい仕打ちをしました。また、本記事の後半で詳説しますが、紫式部もいじめにあっています。彼女の場合は周囲からの嫉妬心に加えて、受け入れがたい存在に思われたために、人間関係に悩まされていたと思われます。

 

現代社会では社会的な地位に関係なく、いじめをすれば厳しい制裁を受けます。一方、平安時代は身分制度であったため、上位が下位に行ういじめは黙認されていました。桐壺更衣が心労による病気で亡くなるほど苦しんだのも、彼女よりも弘徽殿女御の方が身分が高く、誰もいじめをとめられなかったことも関係していると考えられます。

 

また、当時、同等の地位にある者同士においていじめの加害者と被害者という構図の場合、加害者側は厳しく叱責されることもあったそうです。

 

 

邪魔者はとことん排除。敵対者に対してはなんでもアリ!?

当時においては自身の出世において邪魔になる相手を蹴落としたいという思いから、相手を陥れることもありました。

 

道兼花山天皇の妻を失った悲しみを利用し、彼を出家させたという逸話があります。道兼は花山天皇に共に出家しようと誘ったものの、天皇の剃髪を見届けた後、自分はそそくさと帰ったと言われています。

 

また、伊周が道長の姉である詮子呪いをかけていたという逸話もあります。道長の有力な後ろ盾である詮子は、彼にとって目の上のたんこぶのような存在だったのです。

道長(柄本佑) 大河ドラマ「光る君へ」 33話(9月1日放送)より(C)NHK

当時、嫌いな人や出世において邪魔な人に呪いをかけることはよくあったそう。呪詛に使う道具を相手の敷地に置くこともありました。

 

さらに、道長も定子にいじめのようなことをしていたんだとか。定子の出産の移御の日に宇治の別荘で遊びを企画し、公卿侍臣の多くを率いて京の都を離れました。道長は定子の行啓に従う人を減らし、彼女にみじめな思いをさせようとたくらんだようです。

 

 

紫式部はいじめの被害者だった。実家に引きこもるほどツライ時期も

きらびやかで、華やかな世界のイメージがある後宮ですが、女房たちの間でいじめが横行していました。中宮には何十人もの女房がつきますので、女房同士の人間関係の複雑さを察せます。

まひろ(吉高由里子) 赤染衛門(凰稀かなめ) 大河ドラマ「光る君へ」 33話(9月1日放送)より(C)NHK

紫式部は見慣れない宮中の世界観に緊張し、出仕した当初は同僚とコミュニケーションをうまくとれなかったそうです。こうした姿が他人を見下していると受け取られ、一部の女房から無視されていたんだとか…。現代でも、無視はいじめの定番ですが、当時から“気に入らない人を無視する”という発想があったんですね。

 

物語作家として名が知られていて、周囲と距離をとっていれば、同僚から見下しているように思われても仕方がない気がしますが、誤解を受けた側は精神的にキツイですよね。また、内向的な性格では誤解を独力で解くことも難しい…。紫式部は気を落とし、実家に半年近くにわたってひきこもったそうです

まひろ(吉高由里子) 惟規(高杉真宙) 乙丸(矢部太郎) いと(信川清順) きぬ(蔵下穂波) 大河ドラマ「光る君へ」 33話(9月1日放送)より(C)NHK

紫式部は宮中での生活に慣れた後も、人間関係の悩みが尽きません。牛車に乗るときに馬の中将から「いやな人と一緒になった」と不快感をあらわにされたり(※1)、左衛門の内侍がきっかけで「日本紀の御局」というあだ名をつけられたり(※2)したこともあったと伝わっています。さらに、左衛門の内侍は紫式部が嫌いだったようで、彼女の悪口を吹聴していたとか。

 

現代の職場においても悪口をコソコソと言ったり、嫌味をさり気なく言ったり、無視をしたりといういじめは珍しくないように見えます。あるいは、仕事で組んだ相手から「いやな人と一緒になった」と聞こえるように言われたことがある人もいるかもしれません。いつの時代も職場での人間関係のつらさやわずらわしさは同じなのかも…。

 

※1 紫式部は彰子が初産の後、実家から宮中に戻る際に付き添った。このとき、紫式部は馬の中将と同じ牛車に乗ることになった。彼女は紫式部に対して「わろき人と乗りたり」と嫌悪感を表したという。

※2 一条天皇は『源氏物語』を女房たちと読んでいたとき、「これを書いた人は、私に日本書紀を読んでくれたらいいのに。講義できるくらいの教養はあるだろう」とジョークで言ったそう。これを聞いていた左衛門の内侍は殿上人たちに帝のこの発言を言いふらした。

 

参考文献

荻野文子「キーワードで味わう平安時代 人物&できごとガイドつき常識事典」Gakken 2024年

河合敦『平安の文豪 ユニークな名作を遺した異色の作家たち』ポプラ社 2023年

倉本一宏 (監修)『大河ドラマ 光る君へ 紫式部とその時代』宝島社 2023年

小池清治『『源氏物語』と『枕草子』: 謎解き平安ミステリー』PHP研究所 2008年

砂崎良 (著)、承香院 (監修)『平安 もの こと ひと事典』朝日新聞出版 2024年

 

≪アメリカ文学研究/ライター 西田梨紗さんの他の記事をチェック!≫

 

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