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アル中になった私。お酒を飲むことで「向き合わなくちゃいけないこと」から逃げていたんだと気付いて…。断酒会の仲間や友達の存在に助けられ、人生を「リ・スタート」(後編)

OTONA SALONE / 2025年1月19日 11時1分

日々が飛ぶように過ぎていく中、自分のあり方に漠然と迷う40代50代。まるでトンネルのように横たわる五里霧中ですが、そんな中「ほんのちょっとしたトライ」で自分のあり方を捉えなおすには、「最初の一歩」に何をしてみればいいのでしょうか。体験談をご紹介します。

【私を変える小さなトライ#14】

 

一般社会での経歴はゼロ。落ちまくった就職活動に一筋の光が差す

祇園のクラブのオーナーママを辞めたあとは貯金もあったので、当面は仕事をしなくても生活できましたが、40歳手前になって、そろそろ仕事をしなくてはと就職活動を始めました。一般社会での職歴はなく、履歴書の前職には「飲食店経営」と記入。35、36通は履歴書を書いたでしょうか。お酒こそ止めていたけれど、精神の薬に頼っていたせいで、かなりボケた頭だったんでしょう。落ちて、落ちて、落ちまくり、どこも雇ってくれません。「なぜ働きたいのに、雇ってくれへんの」と半ば自暴自棄になっていました。

 

やっと雇ってくれたのが、パン工場。夜中にパンを作る仕事です。「夜型人間やし、大丈夫だろう」と思いましたが、めちゃくちゃきつくて、「お金を稼ぐのって大変なんや」と現実を目の当たりにしました。時給5000円以下では働いたことがなかった私が、京都府の最低賃金で、三角巾を被って、パンをこねている。しかも、私は身長170cmと背が高いので、支給される制服はつんつるてん。みじめすぎて、悲しくなったけれど、涙すら出てこない。そのころ、精神的にもおかしくなっていて、友達に聞くと、顔が能面みたいに固まっていて、まばたき一つしていなかったそうなんです。「断酒会」の仲間からも、「あのときのサンちゃん、ひどかったなぁ〜」って言われます。

 

パン屋の仕事は2年で辞めましたが、それがキャリアとなって、派遣会社からすぐに仕事を紹介してもらえました。印刷製造の会社でした。仕事で怒る側だったことはあっても、怒られたことはない。初めて、自分がどんくさい人間だったと知りました。若い男性社員に質問すると、「何回、同じことを聞くんですか!」と明らかに若い女性の派遣さんに対しての態度と違う(笑)。そんな不条理にも耐え、とにかくがんばるしかないと、歯をくいしばりました。もともと、私、負けず嫌いなんです。

 

若いころは「人に負けたくなかった」けれど、今は… 次ページ

「もう、自分に負けたくない」

若いころは、人に負けたくなかったけれど、今は「自分に負けたくない」って思います。ずっと過去の自分と今の自分を切り離せなくて、辛かったけれど、「お酒を飲まない生き方をしよう」って決めて、やっと、人生のリ・スタートを切ることができました。自分の心と向き合ううちに、「お酒を飲むことで、自分のなかの寂しさを埋めたり、弱さを隠したり、向き合わなければいけないことから逃げていたんだな」と気づいたんです。「アルコール依存症」は脳のコントロール障害、心の病気なんです。一口でも飲んでしまったら、飲んでいたときの脳の状態に戻って、歯止めがきかなくなります。「ちょっとくらい大丈夫」と思って、何回も入院する人がめちゃくちゃ多いんです。私は1度きりの入院で終わり、その後はお酒をやめられたのですが、かなりレアケースだそうです。

 

アルコール依存症のときは肝臓の数値も、ふつうの人の何十倍も出ていて、顔もむくんでいました。お酒はやめていましたが、そんな不摂生がたたったのか、今から5年前に、子宮がんが見つかりました。早期で摘出できたのでよかったのですが、そのときに本当の意味で健康にめざめて、これまでの食生活を見直し、運動も始めました。ホステスをやっていたころは、無茶な飲み方をして体のことを大事にしていなかったですし、あのまま飲み続けていたら、たぶん私は今、この世にいなかったでしょう。これまで、雑に生きてきたからこそ、今は丁寧に生きたいと思っています。

※飲酒は口腔、咽頭、喉頭、食道、大腸、肝臓、乳房のがんのリスクを上げると報告されています。 参照:国立がんセンター

 

私がお酒をやめられたのは、仲間の存在も大きかった。子どものときの体験や、出産・育児で生きづらさを感じてお酒に逃げて「アルコール依存症」になってしまった女性の仲間たちの体験談に励まされ、断酒がうまくいきました。「娘のためにも、みっともない姿に成り下がったらあかん」と自分自身を奮い立たせました。私にとってもう一つありがたかったのは、「あのときのあんたは、どう声かけしていいかわからなかった。ほんま、がんばったね」と泣きながら言ってくれた中学からの友達の存在。私は本当に恵まれています。すごく回り道をしたけれど、断酒を続けられてよかったと心から思います。過去の自分は背負い込みやすくて、無駄に責任感がつよくて、背伸びしていました。今は自分を見つめ直し、ほんのすこしだけ、違う生き方ができるようになってきました。

 

ダブルワークの合間に…パワフルな日々 次ページ

ダブルワークの合間にヨガ&ウォーキング。「やりたいことはやっていこう」

ヨガの仲間と。後列右がサンちゃん

コロナ禍後に再度転職活動をして、今は以前とは違う印刷会社に勤めながらダブルワークをしています。本業の印刷会社は夜勤のデスクワークで、もう一つの仕事は夜勤明けの早朝6時30分から始まります。酒店で出荷や検品などを行う肉体労働です。二つの仕事の合間に、ホットヨガに行っているのですよ。汗をかくって、いいですよね。時間があればウォーキングをしたり、走ったりもしています。今は、「やりたいと思ったことはやる」という心持ちでいます。ボクシングにも通いたいし、オシャレも楽しみたい。アニメが好きなので、1日の終わりにアニメを見て眠りにつきます。お酒はもう一生飲みませんが、そのうちテイクアウトのカフェなど、また自分のお店ができるといいかな。

 

あのときの私は、何から逃げたかったのだろう? とよく思うんですが、わかっているのは「強がらず、もっと肩の力を抜いて、ありのままの自分でいい」ってこと。自分の心の掘り起こし作業をすると、子どものころから自分の素直な気持ちを表現できない子どもだったな、と思うのです。素直になれず、何でもかんでも蓋をして、「私、大丈夫」だと強がっていた自分が見えてきました。蓋をして、蓋をして、苦しくなってお酒に逃げた。お酒を飲めば細かいことは考えなくて済むから……。元TOKIOの山口達也さんが「アルコール依存症」の講演活動をされていますが、有名な方が一般に向けて情報発信してくれるのは本当にありがたいです。

 

今は、日々のストレスはあるけれど、「なんとかなるわ」と思って、ダメなときには休む。

「お酒をやめ続けたら、いいことがある」から、断酒を継続して、いつまでも若々しく、元気で、健康に、これからの人生を進んでいこうと思います。

 

 

≪ヘルスケアライター 野添ちかこさんの他の記事をチェック!≫

 

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