ギャンブル依存症の夫に振り回され、長男は不登校に…。普通の家族じゃなくてもいいから楽しく暮らしたいのに(後編)
OTONA SALONE / 2025年1月3日 19時31分
発達障害と診断された夫。ギャンブル依存症の原因が分かってホッとしたのも束の間、医師からは思いもよらない一言が。遠藤さん(仮名)は、その後、ずっとモヤモヤした気持ちを引きずって生きてきました。
さらなる苦悩。子どもたちも発達障害だなんて
パートナーが発達障害と診断されたら普通は「困った」と思うかも知れませんが、長年夫のギャンブル依存症に苦しんできた遠藤さんは、原因が分かって安堵しました。しかし、医師が口にしたのは、思いもよらない言葉でした。
「お子さんさんにいるよね。たぶん遺伝しているから検査した方がいい」
夫が発達障害と診断されたことで正直安堵したという遠藤さん。しかし医師のその言葉には驚いてしまったといいます。
「子どもたちも発達障害だなんて考えたこともありませんでした。夫の場合は、とにかくギャンブルの借金に困っていたので、『ああ、原因が分かってよかった』と思ったのですが、息子たちに遺伝することがあるとは驚きました」
当時、長男が6歳、双子が3歳。遠藤さんはまったく育児で困ったこともなく、むしろ育児を楽しんでいたといいます。ただ、双子には多動の特徴がありました。
「保育園に通う前、未就園児教室に通わせていたのですが、先生に、『ここでダンスしようね』と言われても、走り回り、テンションが上がりすぎて外に出て行ってしまうこともありました。でも、その時も、困るというより、『あ〜、楽しいんだな、かわいいな』と思っていました」
長男も、こだわりが強いことは知っていましたが、ランドセルの中をきれいに整理整頓したり、ノートをきれいに書いたりするなど、むしろ長所とも感じられるこだわりだったので、困ったなと思ったことはなかったそうです。
「長男に関しては、細かい子だなというだけでした」
そんな長男が、あるとき爆発して 次ページ
学校では優等生な長男が、家では爆発するように
長男の行動が、遠藤さんにとって「困り感」を持つきっかけになった出来事がありました。
几帳面な彼は、本棚もきちんと片付けています。それも、本の大きさや種類によって並べる順に強くこだわっていました。しかし双子は多動なので、見たい本があったら、それを手に取ってぐちゃぐちゃにバラしてしまうのです。もちろん悪気はないのですが、それを見た長男が、「せっかく並べていたのに!」とイライラを爆発させたのだそうです。
「そういうことが何度かあって、ただの細かい子ではないと思いました。家庭内では爆発するのですが、学校ではすごく優等生で、生徒会に入っていたり、学年代表を務めていたり、友達とのトラブルもなく優秀でした。長男は怒っても手は出さないので、殴り合いのけんかになることはありません。双子も、これ以上言うとお兄ちゃんが怒ると分かっているので、ひたすら悲しそうな顔をして長男の言うことを聞いていました。長男も苦しいと思います。弟たちは悪くないと理解しているのです」
長男が不登校に 次ページ
几帳面な長男が不登校になり、家に引きこもるようになって
長男は悪夢に苦しめられることがあったり、小学校5年生の時は不登校になったりしました。一旦復学したものの、高校に行かず家に引きこもってしまいました。
「長男は学校に行きたいと思っていましたし、修学旅行にも参加したいと思っていました。部活もうまく行っていたのに、朝になると体が動かず休んでしまいます。友達とうまく行っているといっても、自然体ではありません。友達の目を見て、『この目は怒っているのかな』と考えてしまうようです。そんなふうなので疲れ果てて、今日は学校に行きたくないしという日が続いていて、心身ともに壊れていく感じがしました」
病院に行って相談しても「長男くんはね…」と口を濁されるだけで、具体的に何をしたらいいか教えてもらえなかったと言います。
「9歳から児童精神科に通って10年。高校は通信制の高校に転校して卒業し、2ヶ月前からアルバイトをしています。今は、通院していますが、薬物療法はしていません」
授業に集中できないのは子どもだから?発達障害だから?
双子は天真爛漫で、ランドセルが空っぽのまま学校に行こうとしたり、学校にランドセルを忘れてきたりしますが、二人で楽しそうに話して帰ってくるので、親として困ったことはないそうです。
「ただ、担任の先生に検査を受けた方がいいと言われたことはあります。授業態度が問題だと言われました。授業を荒らすことはないのですが、グラウンドでドッジボールをしている子どもたちを見ると、授業中でもそちらに気が行ってしまうんです。先生に注意されてもまたすぐにドッジボールに集中してしまうと言われました。
スクールカウンセラーに相談したら、授業中の様子を見に行ってくれて、それほど問題はないということでした。担任の先生にもよるところがあると思います。集中力がないのが気に障ったんでしょうね」
「発達障害グレーゾーン」が持つ辛さ 次ページ
グレーゾーンは辛い、はっきりさせたい
遠藤さんの夫は、病院でWAISという検査を受けて広汎性発達障害(当時)と診断されました。一方、長男は、WISC検査と他にも3、4種類の検査を受けても、コアなアスペルガー(ASD)ではないと言われました。
「発達障害ではない、普通の子どもとして接したらいいのかどうか聞いたのですが、そこは答えてもらえず、はっきりと診断はつかないけれど、支援が必要な子ですと言われました。でも、私は、はっきりさせたかったんです。育児をどういう方向性でしたらいいのか分からず、『この子は本当にグレーゾーンなの?』という疑問を持ち続けていました。最終的に、『この子はアスペルガーだ』、と自分に言い聞かせて納得しました」
双子は3歳の頃に保健センターで新版形式発達検査を受けましたが、それほど発達に大きなアンバランスは見られず、発達障害と言える状態ではないと言われました。
「子どもと一緒にいる時間を大切にしたかったので2年保育にしたかったのですが、集団適応ができるか様子を見た方がいいということで3年保育を勧められました。長男のような困り感はないので、精神科に通院したことはありません」
理想の家族ではないけど、不幸ではない
夫の状態は、今は落ち着いているといいます。遠藤さんは、とりあえず今の暮らしを楽しく続けていきたいとずっと思っています。
「私には、結婚するときに思い描いていた 家族像や夫婦像がありました。ごく普通のものなのですが、それを実現するのはもう無理なんだなと思って、長年かけて少しずつ現実を受け入れてきました。普通の暮らしは無理だから不幸かというと全くそんなことはなくて、自分が思っていた形ではないものができてきた気がします。今は、その形ができあがる過程にいるんです。
隣の家族とか周りと比べてしまうと、夫と接するのもだいぶコツがいりますし、子どもたちも普通の子どもとは少し違います。でも、それは悪いことではありません。コツを覚えていて楽しく生きていきたいと思っています。
コツというのはすごく小さいことなのですが、例えば、パソコンの設定が分からなくて夫に尋ねたときにちゃんと教えてくれるとか、そういうところから話が広がればいいなと思います」
昔はそういう関係性がなくて、自分に興味を持ってくれないことが寂しかったという遠藤さん。最近「ZOOMってどうやるの?」と夫に尋ねたら、嫌な顔一つせずに、当たり前のように設定してくれたのだと嬉しそうに言います。
「私は、何か失敗しても夫に一度も責められたことがなくて、そういうのはすごくいいところだと思っています。こうして夫のいいところを見ていくようにするのが、私のコツです。『私が思うやり方ではないからダメだ、終了!』というのではなくて、『夫にはこういういいところがある』と考えるようにしています」
専門医の意見は 次ページ
【岡田俊先生のここがポイント!】
発達障害は、遺伝と環境の両方が関与しているといいます。しかし、このシンプルなひと言を正確に理解することは容易ではありません。遺伝という言葉を聞いたとき私たちが思い浮かべるのは、生物の授業で習ったスイートピーの花の色や形、種の色やしわの有無といった形質の遺伝ではないでしょうか。これはメンデル遺伝といいます。
遺伝子は対(二つで一組)をなしており、誰もがその対を持っています。そして、子は親が持っている遺伝子のどちらか一方を、それぞれの親から受け取って対を作ります。それぞれの遺伝子については、どちらの方が表現されるか(顕性)、されないか(潜性)が決まっています。そのため、親からもらった組み合わせによって表現型が100%決まるというものです。
発達障害はどうでしょう。発達障害には「遺伝子」(あえてDNAといったほうが分かりやすいかもしれません)が関与していることが分かっていますが、発達障害の関与が報告されている遺伝子は数え切れないほどで、また、その関与の強さの程度もさまざまです。
ご存じのように発達障害はスイートピーの花のように、その表現型があるかないかではなく、その特性の強さやパターンもさまざまです。さらに、一卵性双生児(遺伝子が同じ双子)での診断一致率(双子の両方が同じ診断を受ける率)は100%ではありません(例えば自閉症の場合、70-90%です)。このことから遺伝子だけでは決まるわけではないということが分かります。
また、二卵性双生児(遺伝子が異なる双子)では、5-10%とされています。この数字は一般に診断される確率の3-5倍高い数字にとどまります。さきほど、自閉症に関与する遺伝子が多数報告されているといいましたが、両親のどちらかに子どもの発達障害の原因遺伝子があるかどうかを調べた研究では、両親にその遺伝子がある確率は決して高くありません。
つまり、子どもの遺伝子が決定する段階で変異が生じているというケースが非常に多いのです。ですから、親が発達障害だから子どもが間違いなくそうだとか、子どもが発達障害だと、親にも必ず同じような特性があるという説明を受けたとしたら、それは不正確な説明ということになります。
併せて、環境という言葉も育て方と誤解されやすいものです。そうではなく、鉛など重金属への暴露、低酸素、超低出生体重、妊娠期間中の特定の薬剤(バルプロ酸など)への持続的暴露などが、もともと持ち合わせている遺伝的リスクをより高める方向に働くのです。
実際には、親子とも、ご兄弟ともに発達障害があるということは少なくありません。しかし、そのように強調されがちなときもあります。それは、発達障害の子どもの養育や家族との付き合いに疲弊して、その人の生きにくさがより際立ってしまうことも意識しておく必要があります。
グレーゾーンについては、以前のコメントの中で触れさせていただきましたが、まだ診断がつかない(今後つくかもしれない)ということでもありませんし、グレーゾーンにとどまるから配慮が不要であるとか、本人の努力で乗り越えるべきということを意味しているわけではありません。
発達障害特性ははっきりとあるけれども、診断基準を超えているかどうかということになると、その近傍にあるということです。ですから、発達障害のある子どもに対する支援はグレーゾーンの子どもにも有効です。また、発達障害特性が軽度であるからといって、その子の困りが小さいとは限りません。
周囲からはその子の困りが見えにくく、その子に合わせた環境が提供されにくく、また本人も気づきにくいのです。そのため付き合い方についていろいろ工夫を凝らさないといけないという点では、発達障害である場合もグレーゾーンにとどまる場合も同様と考えるといいでしょう。
「普通の暮らしは無理だから不幸かというと全くそんなことはなくて、自分が思っていた形ではないものができてきた気がします。今は、その形ができあがる過程にいるのです」
とのこと。発達障害であることは、誰も望んだことではありませんし、想定していたことではありません。しかし、現実というのはいつも望むと望まざるに関わらず、直面しなければならないものです。この境地に達するまでには、幾多の悩みがあったことと思います。その新しい家族の形ができたとき、それが本当の与えられた幸せなのでしょう。
【岡田俊先生プロフィール】
奈良県立医科大学精神医学講座教授
1997年京都大学医学部卒業。同附属病院精神科神経科に入局。関連病院での勤務を経て、同大学院博士課程(精神医学)に入学。京都大学医学部附属病院精神科神経科(児童外来担当)、デイケア診療部、京都大学大学院医学研究科精神医学講座講師を経て、2011年より名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科講師、2013年より准教授、2020年より国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部部長、2023年より奈良県立医科大学精神医学講座教授。
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