「腐れ縁」を断ち切れなかった独女の後悔【不倫の清算5】
OTONA SALONE / 2018年1月3日 18時30分
年末年始の街に漂う幸福なムードとは裏腹に、恋人が家族と幸福に過ごす時間をひたすら耐え、連絡を待ち続ける「不倫女性」。
彼女たちは、幸福なのか。不幸なのか。
そこにあるのは欲なのか。純粋な愛なのか。
恋愛の裏のただひたすら聞き続けたひろたかおりが、「道ならぬ恋」の背景とその実情に迫る。
「友達だから」という言い訳
— F子(35歳)から「話を聞いてほしい」と連絡をもらったとき、その声は少し震えていた。
待ち合わせのカフェに急ぐと、外のテーブルでタバコを吸いながらぼぅっと座っているF子の姿が見えた。
「もうダメ。耐えられない」
飲み物を買って座ると、F子はタバコを灰皿に押し付けて唐突に話し始めた。
不倫中のF子は、彼のことを本気で愛していた。当時勤めていた病院で知り合い、その頃はお互いに独身で交際を始めたが上手くいかず、別れたと同時に彼はほかの病院に転職した。そのままふたりは音信不通になったが、次に再会したのは3年後、彼から思いがけず連絡をもらったときだった。
彼は結婚していた。F子の知らない女性だった。F子に連絡したのは、栄養士の資格を取り、まだ以前と同じ病院で勤務していることを知って「妻のダイエットに協力してほしいと思った」ことが、彼に告げられた理由だった。
正直、嘘にしか感じない。数年前にその話を聞いたとき答えると、「そうだよね」とF子は笑っていた。
いま、あのときの余裕はF子にはない。
彼と別れてからも、仕事に時間を費やしてきたF子は今も独身で過ごしている。収入は順調に上がってひとり暮らしを満喫できているが、彼氏のいない生活が何年も続いていた。
彼の「下心」はすぐにわかった。それには気づかないフリで約束し、いざ会ってみると彼は昔と少しも変わっていなかった。結婚についてノロケ話はされたが、すでに彼が妻に関心をなくしていることは、写真を見せられたときに明らかになった。
「結婚してからどんどん太っちゃって」
と彼は困ったような顔を作ってため息をついたが、スマホの画面にいる「妻」は確かに大柄な女性だった。F子は彼の好みがスレンダーな女性であることを知っている。だから昔自分に声をかけ、交際に至ったのだった。
「な、『友達』として、ダイエットのメニュー作りに協力しくれよ」
「元カノ」の自分に対してあっけらかんと「友達」という単語を持ち出してくることに、F子は抵抗を感じた。「そういうのって、お互いに了解を得てなるもんじゃないの」、と。だが、自分のスキルを利用して彼のほうから近づいてきたことには、優越感を覚えていた。
「完全に言い訳だよね、私とまた仲良くなるための。しかも既婚者だって最初にバラしておいて、不倫になったのはこっちの責任って思わせたいのがバレバレ」
その頃のF子は、元カレからのアプローチに興奮していた。太った妻に興味を失った彼は、好みの女性と付き合いたくなったのだろう。その相手に選ばれたことは、決して女性として喜べることではない。だが、
「結婚してからも忘れられない女性」
として彼の中に自分が残っていた事実が、男性との交際から離れていたF子の心を高揚させていた。
そしてこのときに「そうね、協力してあげる」と彼の術に飛び込んだことが、今のF子を大きく苦しめている。
どこまでも「腐れ縁」でしかない関係
案の定、「妻のダイエットのため」という名目は早々に消えた。彼から連絡がきて会うたびに、「昔と変わらず綺麗だ」「相変わらず頭が良いんだね」など、自分を持ち上げてくる彼の存在はF子の日常に大きな刺激となった。
「ヤらせる気はないけど」と言うF子の言葉のほうが嘘に感じられてきた頃には、彼女はすっかり彼の気をどう引くかで必死になっていた。一度でも寝てしまえば、それは彼女にとって「負け」になる。体の関係を避けながらいかに彼の恋心を引っ張り出すか、親身に「彼の妻のためのメニュー」を提案してみたり仕事の愚痴で弱い姿を見せてみたり、F子は上手く彼を操作しているつもりだった。
だが、彼のほうはいつまでも本当に「友達」を続けようとするF子の姿に、次第に飽きてくる。
「結局、ただ寝たいだけだったんだよね」
と悔しそうにその頃を振り返るF子だが、そもそも彼の目的はそこだったはずだ。わかって始めた関係だったのに、いつの間にかF子のほうが彼に本気になっていた。
10回を超える夜のデートが続いたある日、さっさと帰ろうとするF子に彼は「これ以上は君に迷惑をかけるから」とこれからは会わないと言った。
「俺のために一生懸命になってくれてありがとう。また君を好きになりそうだから」
という彼の言葉は、明らかにF子を誘っていた。そして、「これを断るならもう機会はない」という最終通告でもあった。
F子は彼を失いたくないという自分の気持ちに逆らえず、ホテルに行くことを提案した。これで、「あの人の勝ち」が決まった。
彼から誘ったのではなく、あくまでF子のほうが不倫関係を望んだという形になってから、形勢は逆転した。
肉体が結ばれてからは、F子は彼への執着を止められなくなった。「ここまでやったのに」という悔しさもあり、何とかして彼の気持ちを繋ぎ止めること、妻より求められる存在であることが、彼女の目的になった。
そんなF子は、彼にとって扱いやすい女性であっただろう。いつだって別れをちらつかせれば途端に従順になるF子は、自分の好きなときに抱ける都合の良い存在。「これ以上君を好きになることが怖い」とさえ言えば、彼女のほうから追ってきてくれるのだった。
「でも、いつまでこんな関係なんだろうって」
その頃、F子の悩みはどこまでも「腐れ縁」のようなつながりしか感じさせない彼への不満だった。
愛情で結ばれている、と思っているのは自分だけで、彼からは常に「俺には妻がいるから」「君を好きだなんて言えないよ」と一歩引いた言葉ばかりが返ってくる。それが責任を取りたくない男のずるさなのだと話してもF子は受け入れることができず、本当にただ体でつながった縁が何年も続いていた。
せめて、彼からもひとこと「俺も愛している」と言ってもらえたら。
ホテルからひとりの部屋に戻る寂しさに耐えきれずにF子が連絡を寄越してくるたび、スマホの向こうから聞こえてくるのはそんな叫びだった。
後悔を捨てる勇気
「私、彼の家に電話しちゃった。奥さんが出た。すごく明るい声だった」
F子は泣きながら話してくれた。
ホテルで彼が仮眠している間に、こっそりとスマホから調べた彼の自宅の番号を、F子は「最後の手段」と以前言っていた。
「家にかけるときってさ、もう不倫がバレるの覚悟してだよね」と思い詰めた顔で言うF子の目は、輝きを失っていた。
そして今日、ついにその番号へかけてしまったことが、彼女の忍耐の限界を告げていた。
「もう耐えられない」
とF子は繰り返しながら、タバコに手を伸ばす。寒いから中に入ろうと促しても、首を振るばかりで動かなかった。
ここ数ヶ月、彼からの連絡が激減していることは知っていた。理由は「仕事が忙しくて」と言われていたが、本当は「奥さんと仲良く過ごしているんじゃないか」という一方的な疑いが、彼女を苦しめていた。
その奥さんとの仲を取り持つようなことを自分は最初していたのだという事実が、余計に彼女の悪い妄想を駆り立てていた。
「ねぇ、何とかして彼の様子を知る方法はない?」
と言う彼女に、「諦めるなら今しかない」と繰り返し伝えることしかできなかったが、F子の本当の後悔は軽はずみに彼の誘いに乗ってしまったことにあると、彼女自身が気づいているだろうか。
その悔いを捨てる勇気のみが、彼女を立ち直らせる唯一の術になるのだ。
既婚者の下心に簡単に応えることは、独身の女性にとってリスクが高いものでしかない。
その代償は、本当に愛して欲しくなっても今度は応えてもらえない側になるという、大きな苦しみしか生まないのだ。
彼を追い詰めれば追い詰めるほど、実は自分の退路がなくなる事実に気がついた人間だけが、その不毛な関係を終わらせることができるのだろう。
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