「体だけの関係」とわかっていても、抜け出せない40代独女の葛藤【不倫の精算 9】
OTONA SALONE / 2018年1月18日 19時0分
恋人が家族と幸福に過ごす時間をひたすら耐え、連絡を待ち続ける「不倫女性」。
どうして彼女たちは妻ある男を愛してしまったのか。
彼女たちは、幸福なのか。不幸なのか。
恋愛心理をただひたすら傾聴し続けたひろたかおりが迫る、「道ならぬ恋」の背景。
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不倫相手に渡し続ける「写真」
— 最近のI子(38歳)との食事は、もっぱら「彼」の話題が中心だった。
地元の中堅企業で15年以上事務員として働くI子は独身。2つ上の姉は結婚して子どもがいるが県外に住んでいて、I子は実家から出ることなくずっと両親と暮らしている。
誰もが振り返る美人というわけでもなく、着るものもそう派手な装いをするほうではないが、彼女の雰囲気にいつもどこか艶のある女らしさを感じるのは、身につけている下着のせいだと思っている。
カジュアルなイタリアンの店で、I子のスマホが鳴った。「彼」からだ。
I子はいそいそとバッグを漁った。その瞳に光が満ちるのを目にすると、ハマり具合がよくわかる。
スマホを開くI子に「なんだって?」と尋ねると、
「うん、喜んでくれたみたい」
と嬉しそうに頷いた。
スマホを渡されると、LINEの画面が開いていた。そこには、I子が自宅のベッドで四つん這いになっている写真がある。白い裸身にまとっているのは、美しい刺繍の入った総レースの下着。その毒々しいような赤い色が、微笑んでいるI子の顔とアンバランスでまた性的な刺激を誘う。
その下には、「すごくイイ。またよろしく。早く抱きたい」とだけメッセージがあった。
I子の「彼」は既婚者だ。会社の取引先の男性で、不倫の関係は1年以上続いていた。
ほどほどにしたら、とこれまで何度か言ってはみたが、I子が耳を貸すことはなかった。こんな「投稿」はもう10枚以上続いている。
「この間買ったやつなんだけど、どう? 良くない?」
高揚した口調で訊いてくるI子には、こんな写真を不倫相手に渡すことへの危機感はまったく感じられない。
性的な欲望を満たしてくれる相手
I子と彼が出会ったのは、会社の部署が開いた忘年会だった。たまたま隣になり、意気投合したとという。
二次会でも、I子と彼は話し続けた。彼が既婚者であることはすぐに知れたが、「そんなことより、彼の体がね」、とI子は恥ずかしそうに目を伏せながら話す。
I子にはもう何年も彼氏がいなかった。会社と家の往復で出会いもなく、単調な暮らしを続けながら、一方で高まる性欲に苦しむ日々を送っていた。はけ口にするのは、スマホで読める漫画や深夜にこっそり観る大人向けの動画。以前、インターネットのセキュリティについて質問されたとき、そういう界隈のものにアクセスしていることは知っていた。
そこで目にするたくましい男優の体が、I子の飢餓感をさらに深くさせた。恋もしたいけど、ベッドで快感を貪りたい。そんな出口のない欲で悶々としているときに彼と出会い、ゴルフで鍛えたという筋肉の乗った体に、まずI子は目を奪われた。
「でも、写真はマズいでしょ。どこに流されるかわからないのに」
そう言うと、「わかってるけど……」と返しながらI子の目が揺れる。顔がわかるこんな写真を不倫相手に簡単に渡してしまうことは、それだけ弱みを握られることにもなる。万が一、彼が危険な男だったら。
「せめて顔は写さなくてもいい?」とI子がお願いしたとき、彼は「顔が写ってないと興奮しないから」とあっさり却下したそうだ。こんな写真を求められるようになったのは、I子からホテルに誘い不倫関係になって数ヶ月後のことだった。
想像通り、彼とのベッドは「最高」だった。重量のある体に圧倒される快感は、ずっと男性と寝ていなかったI子の欲望を解放した。その頃から、I子の雰囲気は親しみの感じられる柔らかいものから、色気を含んだ女の「性」をにおわせるものに変わっていった。
「彼のことは、まぁ一応好きだけど」
と毎回断りを入れるが、I子から聞かされる話はいつもベッドの中のことだった。自分たちがどれだけ相性が良いか、どれだけ気持ちが良いか、そこに相手が既婚者という罪悪感はなく、純粋に性的な欲望を満たしてくれるパートナーのような感覚があった。
そして、「エッチな写真が欲しい」と彼からお願いされるようになったとき、I子はすっかり彼の肉体へのぼせ上がっていた。
離れている間も性的な刺激を求め合う快感が、I子から危機感を奪っていた。
請われるまま、布地の少ない下着を身に着ける。「着たままできるものがいいって」とはしゃぎながら話す姿には、彼の真意を疑う理性が見えなかった。そしてI子自身、そんな「オトコの欲を形にした下着」を普段から身近に感じることで、さらにベッドでの時間へとのめり込んでいった。
こんな関係がいつまで続くのか、それを危惧する瞬間も持てないまま。
欲はいつか飽きられる
「どこまでやるんだろうね」
食後に出されたコーヒーに口をつけながら尋ねると、I子は「さぁ」と肩をすくめた。
いや、「彼」じゃなくてあなたのことだよ、と思うがI子は気づかない。
「そのうちネタが尽きるよね」と笑う彼女だったが、ふと声が止まった。
見ると、両手を添えたコーヒーカップを覗き込むI子の顔は真顔だった。「馬鹿みたい」。ぼそりとつぶやく声は低く、視線はテーブルに置かれたスマホに流れる。
「写真なんかどうでもいいんだけどさ。どうせほかの女にも同じことさせてると思うし」
I子の様子に変化があったのは、彼に自分以外の女性がいることを知ってからだった。ホテルで過ごしているとき、スマホに通知や着信が来ると彼は決まってトイレに入った。一度気になって聞き耳を立てたそうだが、そのとき漏れてきたのは「お前だけだよ」とささやく彼の猫なで声だった。
私だけじゃない、という可能性に気がついたとき、I子の中に生まれたのは嫉妬ではなく諦めだった。
どんな写真を送っても、彼から返ってくるのは短い言葉だけ。ベッドでの交わりを予感させてくれるものだけ。そこに「愛」は見えない。
「別に、そこまで彼のことが好きなわけじゃないしね。こうやって馬鹿なことして楽しめればいいやって」
投げやりな口調で言うが、そこには「いつか飽きられる」という不安が見える。だから複数の女性が彼の側にはいるのだ。
彼女たちとたたかうつもりはない。神経をすり減らしてまで恋愛したいわけじゃない。ただ、体の欲望を満たして欲しいだけ。
写真を送り続ける彼女からは、そんな押し殺した声が聞こえてくる。
お互いの「欲」はいつまで続くのか。強くコーヒーカップを握る指にI子のわずかな葛藤を感じながら、次はどんな姿になるのだろうか、とさきほど見せられた写真を思い出していた。
本当に肉体関係だけで続く不倫も、もちろんあるだろう。
お互いに都合よく欲望を解消できていれば、不満もないかもしれない。
だが、I子はすでに飽きられる予感を抱えてしまっている。きわどい姿を見せつけることで彼の欲求を引きつけても、いつか終わるだろうという虚しさが、彼女の中に生まれた本当の葛藤だった。
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