ねえ、どうしてその男に貢ぐのがやめられないの?【不倫の精算 10】
OTONA SALONE / 2018年1月20日 19時0分
恋人が家族と幸福に過ごす時間をひたすら耐え、連絡を待ち続ける「不倫女性」。
どうして彼女たちは妻ある男を愛してしまったのか。
彼女たちは、幸福なのか。不幸なのか。
恋愛心理をただひたすら傾聴し続けたひろたかおりが迫る、「道ならぬ恋」の背景。
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独身男性に重ねるプレゼント
— その日はとりわけ気温が低く、日中でも太陽が見えずに街の色彩は灰色だった。
待ち合わせに指定されたカフェに行くと、店内の隅に座るJ子さん(38歳)の姿が見えた。いつものようにカジュアルなスポーツウェアに身を包み、足元には大きなバッグが置かれている。
「急に呼び出してごめんね」
飲み物を買ってJ子さんに声をかけると、こちらを振り向いた顔はしっかりメイクされていた。付けまつげに彩られた瞳は濃いシャドウが塗られ、着ているパーカーと同じボルドーだがどうしても似合わない、と今日も思う。
左の薬指に目をやると、結婚指輪がないのもいつも通りだった。夫に対する「失くすのが嫌だから」という言い訳が半分嘘であることは知っているが、こうして見ると「若作りに励むアラフォー」の印象が強い。
「今日もあの人と会うんだけどさ、これを渡そうと思って」
勢い込んで話しながら、J子さんは足元のバッグを開く。中から取り出したのは、新品のスポーツシューズだった。
「この間アウトレットパークに行っててね、あの人に似合いそうだから買ったんだけど、どう思う?」
にこにこと笑顔を向ける姿に後ろ暗さはない。わざわざ「どう思う?」と尋ねるのは、「あの人」が共通の友人であるからだ。彼女は既婚者だが、彼は独身。不倫の関係はここ半年ほど続いていた。
確か先日は同じブランドの靴下を贈っていたはず。それを思い出しながら、「またプレゼント?」とまず返した。
J子さんは頷きながら、
「あの人には似合うものを身に着けて欲しいの」
と言った。
一方通行な思い
J子さんは専業主婦。転勤を繰り返す夫についてこの街に来たのが去年のことで、独身の彼とは体を動かしたくて入ったテニスのサークルで知り合った。
気さくに話す彼は街に不慣れなJ子さんにいろいろと情報を教えてくれて、J子さんはすぐ「好きになっちゃった」という。
「それって最初から下心があったんじゃないの?」
彼のことはJ子さんより知っているが、サークル内で多くの女性に「粉をかけている」姿を見ているのでそう言うと、
「うん、それでもいいよ。どうせ期間限定だしね」
あっけらかんとJ子さんは答えた。夫の次の転勤が決まるまでの相手。最初からそう割り切っているので、彼の軽さも気にならないようだった。
見せてくれた新品のスポーツシューズは確かに彼の好きなブランドのもので、気に入るだろうことは予想できた。そう言うと、「良かった」とJ子さんは満足そうに頷いてふたたびバッグにしまう。
J子さんは、不倫の関係になってからずっと彼にプレゼントを続けている。サークルで使うバッグやウェアなど、値段は大小だが贈ったものは10を超えていた。見かけるたびに、彼の姿がグレードアップしていることはサークル内でも噂になっていた。
「旦那さんは大丈夫なの?」
という言葉は、これまで何度もかけてきたものだった。だが、J子さんの答えは決まって
「大丈夫よ、あの人は私が何にお金を使うかなんて気にしないし。仲良くやってるよ」
というもの。夫がどんな性格で普段ふたりがどんな暮らしをしているか、彼女はほとんど口にしない。彼女の夫は、アラフォーの妻が付けまつげをして濃い化粧をして出ていくことに、何の違和感も持たないのだろうか。
一度、友人で集まったときに解散が夜中になったことがある。そのときの「まだ夫も帰らないし、時間は大丈夫」というJ子さんの言葉が引っかかっていた。週に3度あるサークルにJ子さんは欠かさず出ていて、彼との逢瀬はそれ以外の日にも持っている。家にいる時間が少ないだろうことは、話を聞いていれば想像できた。
「このシューズね、この間彼が欲しいって言ってたから」とJ子さんはカップを持ち上げる。
「貢がされてるじゃん」
半ば呆れながら言うと、
「いいよ、それでも。喜んでくれるなら」
似合うものを身に着けて欲しい、とまたJ子さんは口にした。
お返しに彼からは何かもらったのかというと、そんなことはない。いつも贈るのはJ子さんのほうだけで、彼は受け取るのみ。最初は遠慮していたが、今はリクエストまでするようになった彼の甘えは、逆にJ子さんの「貢ぎたい」気持ちを加速させているように見えた。
J子さんの口から、そんな彼への不満が出たことは一度もない。それは夫に対する愚痴を聞いたことがないのと同じで、常に一方通行でも良いとする彼女の空虚さが垣間見えるようだった。
貢いでも手にできない希望
「あ、LINEしなきゃ」
カップを戻しながら、思い出したようにJ子さんがつぶやいた。
サークルにはいつも彼と一緒に向かう。その連絡がまだだった、とバッグからスマホを取り出すが、タップする指が遅い。
最初、嬉しそうにシューズを見せてくれたときとは違う様子に、いつも感じる違和感が蘇った。
「もうプレゼントなんてやめればいいのに」
貢ぐことの言い訳は、彼女自身に向けられたものだった。自分に似合うものくらい自分で選んで買うのが大人だが、その理屈を曲げてまで彼に向ける愛情に、中身はない。贈れば喜んでもらえる幸せは一過性のものであり、J子さんを満たす瞬間はこの先も訪れない。
彼のためではなく、自分のため。愛して欲しいのではなく、自分の行いに自分が満足したいだけ。
本当に彼を愛しているのなら、約束の連絡を忘れることはない。友人と会うことをまず選ぶ優先度の低さは、彼女にとって彼も夫も実は等しく遠い存在なのだと思わざるをえない。
目をそらし、無言でスマホの操作に戻るJ子さんからは、これから愛する人に会うという喜びが感じられなかった。
カップの縁にべったりと付いた赤い跡を見ながら、J子さんが手にできないのは愛ではなく希望なんじゃないか、とぼんやり考えていた。
本当に誰かを愛するとき、一方通行では満たされないのが普通だ。
貢ぐのは物を介して相手に愛情を与えることだが、見返りのない行為を繰り返すJ子さんには決して相手に対する深い思いがあるわけではない。
希望のない一方的な関わりがどんな結末を迎えるのか、それはJ子さんにしかわからない。
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