浮気の予感に、自転車でホテルの駐車場を探し回ると【#婚外恋愛6】
OTONA SALONE / 2018年3月8日 17時30分
どれだけバッシングされても、決してこの世から消え去らない不倫。
お互い籍を入れないままの恋愛。パートナーが複数存在する恋愛。
恋愛相談家・ひろたかおりが従来の「婚姻」の外にある恋愛と、その心理を傾聴する。
ホテルにある彼氏の車
— F子(44歳)からの着信に気がついたのは幸運だった。
いつものように気軽な感じでスマホを取り上げてみたが、向こうから聞こえてくるのは「早く来て」と上ずった声。それは興奮というよりショックでうろたえているように感じられて、慌ててバッグを掴むと車を飛ばして言われた先へ向かった。
呼ばれたのは郊外にあるラブホテル街だった。まさか、という思いが胸をよぎる。
川を背にして建つ古びたホテルの裏手にF子はいた。近くには自転車が停めてある。
人気のないホテル街で停車していると人目につく。呆然と立ち尽くしているF子は私の車に気が付かないようで、仕方なく建物ギリギリまで車を近づけてからウィンドウを下げた。
小声で名前を呼ぶと、F子ははっとしたように顔を上げてこちらを見た。その顔は真っ青で、何があったのか予感が確信に変わるのを感じた。
「中にいるの?」
それだけ尋ねると、F子は目に涙を浮かべて頷いた。とりあえず乗って、と言うとふらふらと助手席のドアを開けたが、乗り込む前にもう一度駐車場に目をやった。
そこには、F子の彼氏が乗るSUV車が停まっていた。
浮気に悩まされる付き合い
F子はバツイチで、20代の頃に離婚してからはずっと独身で過ごしてきた。
本来は勝ち気な性格で、面倒見の良さから年代を問わず人に慕われる女性だった。友人が多く、恋の相手も中にはいたようだが、結局40歳を過ぎても再婚する気配はなかった。
実家暮らしだが好きな会社でずっと働いてきたF子は、恋愛より仕事や趣味にのめり込む時間のほうが多かったのが原因かもしれない。
そんなF子が今の彼氏と知り合ったのは、同じく独身の友人たちが開いた合コンだった。
F子より5歳年上で看護師をしている彼は、同じくバツイチで子どもはおらず、気ままな独身生活を続けているようだった。合コンに参加したのも「暇つぶし」とF子には語っていたようだが、今になって思うと「遊べる女を物色しに来てたのよ」というのがF子の感想だ。
そんな彼が目をつけたのが、趣味のジム通いでスタイルが良く、顔の造作も若々しさを感じさせるF子だった。
彼がF子に猛烈なアプローチをしているのは聞いていたが、最初からF子も乗り気だったわけではない。
「女の勘っていうの? この人絶対遊んでるよなぁって。いつもスマホ見るし、触らせないし」
車の免許がなく歩いて会社まで通うF子の退社を狙って会社の前まで迎えに来たり、休日は映画や食事に誘ったりと、彼の「求愛」は続いた。
そしてF子も、「断るのがだんだん面倒くさくなってきて」彼を受け入れる時間が増え、気がつけば旅行まで一緒に出かける間柄になっていた。
そうなると体の関係を持つのは早く、F子の口から「付き合うことにしたの」と興奮したように告げられたとき、友人たちは素直に祝福の言葉を贈った。
だが、幸せなノロケを聞けていたのは始めの半年くらいで、だんだんとF子の表情は沈みがちになり、彼についての言葉が少なくなってきた。
理由を訊くと、
「彼、浮気しているみたい……」
あぁやっぱり、という思いはあった。話を聞いていると彼にはおかしな点がいくつもあった。
ホテルではトイレにまでスマホを持ち込み、泊まるときも絶対に体から離して置くことはない。一緒にいればLINEの通知音は幾度も鳴り、その度に「友達だよ」「後輩が」「母が」と言われたが、
「夜中の2時にLINEしてくる会社の人ってどんな男なのよ?」
とF子は口を歪めて吐き捨てた。
助手席のシートは位置が変わっていることが多く、たまに芳香剤以外の匂いがすることもあった。それはまるで「直前まで誰か乗っていたような」痕跡を残していて、その度にF子は「遊ぶ女と順番に会っているみたい」と感じていた。
「そんな男、やめちゃえば?」と何度か言ったが、F子が彼と別れられないのは
「遊ばれている女のひとり」
という事実が許せないからだった。
いつか、自分を選ばせてやる。そんな暗い情熱がF子を支配していて、それからは彼の浮気の証拠を掴むことに躍起になっていった。
終わりのない苦しみ
「今日はね、予感があったの」
窓の外を流れる景色を見つめながら、F子がぼそっとつぶやいた。
「昨日、アイツが『明日の午後は後輩と買い物に行くから』って別れ際にわざわざ言ったのよ。何かピンときて、あ、女だなって。仕事の後ならあそこのホテル街が近いし、私とも何度か行ったことあるから……」
声は小さくなっていく。「それで、自転車で来てみたの?」と促すと、
「うん。この自転車は見たことないから私ってバレないだろうし。1軒ずつ通りながら中の駐車場を覗いてさ。ほんと馬鹿みたい」
そして見つけてしまったのだ。見慣れた彼の車を。昨日自分が助手席に座っていた車を。
「もうさぁ」
ハンドルを握る手に力を込めながら、前を向いたまま言った。
「やめようよ、こんなこと。あなたが傷つくのを見ていられないよ。あんな男と付き合ったって、あなたの価値が下がるだけだよ」
心からの本音だった。自転車でラブホテルの駐車場を覗いてまわるなんて、どれだけ惨めなんだろうと思う。
そして、そんなことをさせる男もまた、彼女に愛される資格などない。
「うん……」
彼女の声は嗚咽に変わっていった。普段は軽口を叩いて人を笑わせてくれる彼女が、今はどうしようもなく弱くはかない女性に見えた。
目頭の奥が熱くなってくるのは、純粋な怒りを覚えるからだ。
ここまでして確かめずにはいられない彼女の衝動も、「遊ぶ女のひとり」がそんなことをしているとも知らずホテルで快楽を貪る男の滑稽さも、すべてが憤りしか感じなかった。
別れない限り、F子の苦しみは終わらないだろう。恋愛は自己責任だが、いつまでもないがしろにされるような付き合いはF子の精神を蝕んでいくことになる。今のように。
「自分を選ばせてやる」
そんな後ろ向きな情熱は、決して彼女を幸せにはしないのだ。
独身同士の恋愛なら、ほかの異性と何をしようと不倫のようにひどい責めを負うことはないかもしれない。
だがそれでも、ひとりを大切にできない人が、他人から尊重されることはない。関係を疎かにする男性はいつかこうして尻尾を出し、女性に捨てられる側にまわるのだ。
F子はこれを機会に彼とは別れたが、みずからが受け入れてしまった傷と痛みはしばらく消えないだろう。
その選択をいつかまた喜べるような出会いがあることを、願ってやまない。
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