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【凛九 伝統工芸を継ぐ女性たち】その七《漆芸》大内麻紗子さん 「漆の魅力を現代的なスタイルで発信していきたい」

OVO [オーヴォ] / 2021年11月28日 18時31分

作業中の大内さん。

 東海地方で活動する女性伝統工芸家9人のグループ「凛九」のメンバーを紹介する連載インタビュー。第7回は、漆の樹液を塗料や接着剤として用いる工芸技術「漆芸(しつげい)」に取り組み続ける大内麻紗子さん。「漆」という素材の魅力を若い世代に向けても発信していくために日々“妄想”しているのは「漆とサブカルチャーの融合」。いわゆる師匠がいない中での作家活動の模索、妄想しているという漆の斬新な活用法など、ユニークな視点を伺った。

スポーツウエアのデザインの仕事を退職、工芸の道を目指す

――会社を辞めて工芸の道へ。決断の理由は?

大内 文化服装学院・服飾専門課程を卒業後に就職したスポーツメーカーを、2年経たずに退職しました。当時の仕事内容は、スポーツウエアの仕様書作り。服を作るまでの素材、色、縫い方その他さまざまなことをまとめる作業で、グラフィックデザインソフトウエアのイラストレーターを使い、1日中パソコンでの作業でした。学生の時にやっていたのは、実際にミシンを踏んで自分の目指す衣類を作っていく作業だったので、会社での仕事となるとまた違うなと。それでも、自分が携わった作品がサンプルとして上がってきて展示会などで並ぶと、とても感動しました。
 でも、売れ残ると廃棄されるので、最終的にセールで頑張って売るんです。新しいものが、処分セールという形で並んでいることにすごく寂しさや責任感のようなものも感じてしまって。作っていく段階の布の染め直しなどもこだわりを持ってやっていましたが、染め間違えたものは一体どこに行くんだろうとかとも。スポーツウエアも流行があり、常に先のことを見据える中で、過去のことは忘れ去られて行く、残っていかない、という感覚が大きかったと思います。

 今考えれば、仕事への葛藤も、もっとやりようがあったと思いますし、続けていたら考え方も変わっていただろうなと思います。でも若かったので…。「自分の手で作る」ということをしたい、それをやるにはどうしたらいいかと考えました。


――退職時には既に漆作家の道を目指そうと思っていたのですか?

大内 その時点では、伝統工芸をしたいというのもなかったです。美術を学べる大学進学を目指し、原宿にある美術予備校に通いました。そこで出会った学生さんの先生が大学で「漆芸」を学ばれていて、いろいろなお話を聞いているうちにすごく興味がわいたんです。国立の芸術大学を目指し、美術の勉強や実技の練習に加え、センター試験の勉強にも励みました。過酷でしたが、中学高校時代よりも必死に学科の勉強に集中できました。


――結果的に、大学で学ぶのとは異なる形で漆の勉強をスタートされたのですね。

大内 希望の大学に不合格となり、もう1回受験をするか、漆を学べる場を他に探すか、先生を探して弟子入りするということができるのかどうか…ということを3日間ぐらいで考えました。香川県の漆芸研究所が二次募集を行うということで、電話で問い合わせをして。郵送では受験の申し込みも間に合わなかったのですが、当日申し込みしてくれればいいですよと言っていただき、受験し、合格しました。
 大学に落ちてから香川での生活が始まるまでは2週間なかったぐらい。それまで千葉・松戸の実家を出て1人暮らしをするつもりもなかったのですが、とにかくやりたいことができる環境を目指して勢いで動きました。


――香川県漆芸研究所で漆芸の基礎を2年間学んだ後、三重で「浅沓(あさぐつ)」と出会われました。

大内 結婚を機に三重に移り住み、神職さんが履く漆塗りの靴「浅沓(あさぐつ)」の存在を知りました。当時、伊勢神宮の20年に1度の大きなお祭り「式年遷宮」に向け、神職さんたちが履く浅沓の注文を受けている西澤浅沓調進所で2年弱、西澤利一(にしざわ・としかず)さんのお手伝いをさせていただきました。弟子入りとは違う形です。

 お祭りが終わると浅沓づくりの仕事もぐっと減るので、私は自宅工房での作家活動を始めました。ところが式年遷宮から数年たたないうちに、西澤さんが急逝されてしまったんです。浅沓は三重県指定の伝統工芸品でしたが、当時、浅沓職人として残っていたのは西澤さんだけでしたので、「伊勢の浅沓」というものが存在しなくなってしまいました。伝統工芸の継承の難しさを目の当たりにしました。何より、毎日毎日お世話になっていた西澤さんとの急なお別れに、状況が飲み込めませんでした。


「『凛九』のメンバーでいていいのかな」と悩んだことも

――漆作家として活動をしていて中で、苦労を感じるのはどんな時ですか?

大内 ありがたいことに「凛九」というグループに所属させてもらっていることで、いろいろな声をかけてもらえます。「ワークショップをしませんか?」「百貨店に販売店を出しませんか?」とか。徳川美術館(名古屋市)で作品展示の機会も頂きました。個人だったらなかなかそんなつながりも持てなかったでしょう。本当に恵まれてきました。
 その一方で、「凛九のメンバーでいていいのかな?」という葛藤を持っていた時期もあるんです。凛九の活動は、“女性伝統工芸家の職人グループ”という点に注目されます。(元NHKキャスターの)リーダーの梶浦(明日香)さんが西澤さんの取材に来られたことがきっかけで、その後、グループへの参加を誘っていただきました。でも私は、一般的にイメージされる“伝統工芸の職人”とは違います。

 他のメンバーは、例えば「尾張七宝」の伝統工芸品や「豊橋筆」など、地域地域の伝統工芸を突き詰めてやっている人たちですが、私は三重の伝統工芸をやっているわけではありません。三重県の「伊勢春慶」(江戸時代から昭和30年代頃まで 伊勢で盛んに作られた漆器)をメインにしていたり、伊勢の浅沓づくりをずっとやっていたりするわけでもない。そんな負い目がありました。


――凛九の活動とぴったりマッチしている側面もありますよね。

大内 私が漆をやり始めた一番の理由は、その素材の魅力だったんです。昔から接着剤や塗料としても使われてきましたが、加飾技法も本当に全国にいろいろあり、扱い方を変えるだけでさまざまに異なる表情を見せてくれます。そういうことを知らない方も、そもそも知る機会が無い方も多いと思います。漆というの素材のおもしろさを広く発信したい。そういう点では凛九の活動の趣旨と合っているんですよね。私の発信が、凛九という活動を知ってもらうきっかけにもなるので。


目指すは「漆×サブカルチャー」

――今後目指していきたい方向は?

大内 例えば凛九のみんなで百貨店に出店するときなどは、期間中在庫を切らさないよう、それなりの数を商品として準備する必要があります。それは自分の生活を支える上では大切なことですが、自分の中で数を作ることがメインになってしまったら、工芸の道を目指した理由からも違うなと。そうは言っても、私に例えば美術館に飾れるような一点ものを作れるかというと、そこまで行くのに技術面でも難しいと、この歳になって感じ始めています。じゃあ、自分に何ができるんだろうなって。すごく悩んでいる点でもあります。いろいろ考える中、若い人はサブカルチャーに関心が高いので、漆とサブカルチャーを絡めて発信していけたらいいなと。

――漆×サブカルチャー。具体的には!?

大内 私の中でまだ具体的な形があるわけではなく模索している段階なのですが…。塗料としての絵の具と同じように、漆も一般的な存在になっていってほしいなと思っています。例えば、漆で描かれたイラストがあって悪いことはないし、そこで得られる表現があるんじゃないかなあと。さらに、

 描いたものを動かしてみたり、そこに音を乗せてみたりできないかなど。漆を使ったイラストがアニメのオープニングやプロモーションビデオなどに使われて、ネットを通して自然に目に入ってくるような。そういった妄想をしています。そもそも「絵漆」をやっている方もいらっしゃるので。

 芸術品としての漆の作品を、わざわざ美術館などに行かないと見られなかったりするのももったいないと思います。他の要素と融合させ、身近で当たり前の存在になっていったら、需要も増えるだろうし、すそ野が広がればてっぺんも高くなり、その分野の技術面も磨かれていくのではないかなと思います。


――趣味の小説執筆、ナレーション活動など、多才ですね。

大内 小説は趣味で書き続け、公募展に出したりしています。服飾の勉強に進む前は声優になりたいという思いがあったので、声を通した活動にはずっと興味があります。そういった活動が好きな人たちが集まるサイトにも10年ぐらい前から参加していて、ナレーションの仕事のお声がけをいただくことも出てきました。いろいろ興味をもってやってきたこと、続けていることが今バラバラな状態です。漆作家としての活動を中心に据え、それらをまとめて表現や発信ができるようになっていったら、より面白いことができるのかなと感じています。

取材を終えて

 お話を伺う中、穏やかに微笑む笑顔がずっと変わらない大内さん。「自分の手で物を作る仕事をしたい」という強固な思いを持ちながら、全力でその道に進み続ける中で、さまざまな「人」「もの」「出来事」「機会」に出会いつつ、度々の大きな環境変化の波に柔軟に身を任せながら突き進んできた姿が印象的でした。漆作家として独立して歩み始めた直後の、恩師である浅沓職人・西澤さんとの急な永遠のお別れには、どれほどの喪失感を持たれたかと思いました。しかし、西澤さんも、漆の魅力を現代的なスタイルで発信していきたいと模索する大内さんのことを、微笑みながら今後を楽しみに見守られているのではないでしょうか。遠くないうちに、漆×サブカルチャーの時代が来るかもしれません!

取材・文/千葉美奈子

PROFILE


大内麻紗子(おおうち・まさこ)

漆作家。服飾の専門学校を卒業後、スポーツメーカーに入社。企業デザイナーとして仕事をする中で、機械的に大量生産され流行のままに消費されていく製品のあり方に違和感を覚え、一つ一つを大切にするものづくりを、自分の手でしたいと思うようになる。 その後出会った讃岐漆器の魅力に惹かれ、香川県漆芸研究所で漆芸の基礎を学ぶ。

三重県に移り住んでからは神職が履く漆塗りの靴、浅沓を知り、その製造技術を習得。 現在はグループでの活動を中心に、これまでの経験を生かしながら制作に試行錯誤を重ねている。

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