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年金生活者、フィリピン移住の果て 【水谷竹秀✕リアルワールド】

OVO [オーヴォ] / 2024年6月22日 9時0分

マニラの街並みを走るジプニー=2月(筆者撮影)

 今年2月にフィリピンを訪れた時、一番驚いたのは物価の高さだった。その前に行った2018年の暮れは、確かジプニー(乗り合いバス)の初乗り料金が9ペソ(約24円)ほどだったが、それから5年ぶりの今回は13ペソへと値上がりしていた。路上で売っている豆菓子も1袋5ペソだったのが、10ペソへと倍に跳ね上がった。

マニラの街並みを走るジプニー=2月(筆者撮影)

 これに円安が追い打ちをかけているので、以前は財布に2千〜3千ペソも入っていれば安心できたが、それでは足りず、お金が減っていくのが随分早く感じられた。日本料理店も日本より高い店が多く、そこにフィリピン人が大勢集まっている光景に、隔世の感を禁じ得なかった。

 現地に住んでいる日本人年金生活者への影響はどうだろうか。「金なし、コネなし、フィリピン暮らし!」(イカロス出版)の著者で、移住に必要な退職者ビザの代行手続きをしてきた志賀和民さんが近況を説明してくれた。

 「新型コロナの流行以降、ビザの申請者数は回復する兆しを一向に見せず、取り扱いはわずか。円安の影響で、物価もコロナ禍前から比べると体感で3倍に膨れ上がりました。これでは年金生活者は生きていけません」

 フィリピンやタイなどの国が移住先として注目され始めたのは1990年代半ばである。日本はバブル崩壊で景気が低迷する一方、東南アジアは経済成長が著しかったためだ。物価の安さや温暖な気候に魅力を感じた日本人が相次いで海を渡り、「海外で悠々自適なセカンドライフ」というキャッチコピーがいつしか流行した。とはいえ、フィリピンに飛べば全員が幸せに暮らせるかと問われれば、それは人によるだろう。言葉の壁や異なる環境への適応力なども関係してくるからだ。現地で人間関係がうまくいかず、孤独死する日本人も少なくなかった。

 そうした海外移住の光と影について、私が「脱出老人」(小学館)という本にまとめたのが2015年秋だ。その頃はまだ移住組が一定数存在していたが、新型コロナのまん延によってその動きがパタリと止まった。それどころか最近は、日本への帰国者が急増しているというのだ。志賀さんが続ける。

 「20年ほど前に退職者ビザを取得した日本人が今や80代になり、病気がちなために医療体制の整った日本に帰りたいという人が多数います。このため主な業務が、ビザ取り消し手続きの代行に変わりました」

 海外移住志願者のための「ロングステイフェア」が年1回、東京で開催されている。私が取材をしていた10年ほど前は1万人近くが来場したが、コロナ禍明け以降、4年ぶりに開催された昨年の来場者数は約1600人と6分の1にまで減った。今の高齢者にとって海外移住は「高根の花」なのかもしれない。あのキャッチコピーがまぶしかった時代は、すでに遠い過去の話になりつつある。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.25 からの転載】

水谷竹秀(みずたに・たけひで)/ノンフィクションライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、「日本を捨てた男たち」で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。

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