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電柱のヤマユリ 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

OVO [オーヴォ] / 2024年6月23日 9時30分

電柱のヤマユリ 【コラム カニササレアヤコのNEWS箸休め】

ヤマユリの多く咲く土地に住んでいる。

 百合(ゆり)はいつも、まず香りで気付く。湿った手で顔を撫(な)でられたような、むんとした香りに気付いて目をやると、山の明るみに大輪のヤマユリがすっくり茎を伸ばして咲いている。白い肌にまだらが赤く散る花の姿は、森の中でひとり異様だ。日本固有の植物というと控えめなものが多いが、ヤマユリは「百合の王」という二つ名にふさわしく、見た目も香りも圧倒的な存在感を持っている。美しくもあるが、どこか毒々しい、吸い寄せられるような魔力を持った花だ。

イメージ

 ここに越してくる前はもっと街中に住んでいた。まだ会社員として働いていた頃だ。地下鉄のホームから、風の強い階段を上がって、毎日背広のサラリーマンたちと連れ立つように帰路に就いた。家までの道には幸福を謳(うた)う新興宗教の白い御殿が立っていて、その前の交差点で昔、人が死んだらしい。電柱にくくり付けられたペットボトルの花瓶には毎月、おそらく月命日なのだろう、いつのまにか新しい花が生けられていた。

 ちょうど今くらいの、夏の時期だった。いつものようにくたびれて、すっかり暗くなった住宅街を家に向かって歩いていた。湿気で汗ばんだ足にスーパーのビニール袋が張り付いて気持ちが悪い。早くシャワーを浴びたいと思いながら体を引きずっていると、暗闇の中で強い香りが鼻を打った。ペットボトルの花瓶の中に、ヤマユリの花が2本挿し込まれていた。

 電柱の明かりの下で、濡れためしべが光っていた。色の濃い花粉も、その強い香りも、あまりにも生と官能の気配が強すぎて、死を悼む場所にはどこかそぐわない感じがした。白百合は死者に供える花として使われるが、ヤマユリは手向けの花として本当にふさわしかったのだろうか。

 その街から引っ越す少し前、ある日気が付くと、ペットボトルの花が造花に変わっていた。人工的に色付けされた鮮やかなピンクのガーベラは、陽(ひ)に晒(さら)され雨に打たれてだんだんと白茶けていった。造花なのだから水は要らないのに、そのままにされたペットボトルには緑色の藻が繁殖した。

 私の住んでいたマンションは老朽化で取り壊され、その街にはもう何年も行っていない。花瓶の造花も、事故の目撃者を探す看板も、今どうなっているか知らない。ただ、ヤマユリの香りを嗅ぐたびに、あの手向けの花のことを思い出す。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.25 からの転載】

かにさされ・あやこ お笑い芸人・ロボットエンジニア。1994年神奈川県出身。早稲田大学文化構想学部卒業。人型ロボット「Pepper(ペッパー)」のアプリ開発などに携わる一方で、日本の伝統音楽「雅楽」を演奏し雅楽器の笙(しょう)を使ったネタで芸人として活動している。「R-1ぐらんぷり2018」決勝、「笑点特大号」などの番組に出演。2022年東京藝術大学邦楽科に進学。

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