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母国のためクルコフは書き続ける【沼野恭子✕リアルワールド】

OVO [オーヴォ] / 2024年6月30日 8時0分

『ペンギンの憂鬱』アンドレイ・クルコフ/著 、沼野恭子/訳

 最近、ひと頃に比べてウクライナ関連のニュースがめっきり減った。「支援疲れ」などという言葉が飛びかい、それが日本人のウクライナへの関心をそいでしまっているような気がする。

 しかし、言うまでもなくウクライナは相変わらず戦時下にあり、日常生活は破壊され続けている。だからウクライナの人々は、世界に向けて過酷な現実を「持続的に」訴えていかなければならない。その使命を自ら引き受け、文字通り世界中を飛び回っているのが、作家アンドレイ・クルコフだ。

 国際的なベストセラーとなった1996年の「ペンギンの憂鬱(ゆううつ)」(新潮社)は、駆け出しの物書きが新聞社の依頼に応じて有名人の追悼文を書いているうちに胡散(うさん)くさい事件に巻き込まれていくという、ソ連崩壊後の独立まもないウクライナのキーウを舞台にしたサスペンスタッチのちょっとシュールな小説だった。主人公の分身のようなペンギンが名脇役で愛らしい。

 この作品は日本でも比較的よく読まれているし、著者のクルコフ自身も時々、日本のメディアに登場しているので、その名はそれなりに知られているかもしれない。でも先日、メールのやりとりをしていて、彼が「8歳の時からキーウのサボテン・クラブに入っていて、当時日本で作られた『緋牡丹錦(ひぼたんにしき)』というサボテンを見たことが、日本に関心を抱くきっかけになった」と送ってきたので驚いた。その後、日本の詩歌や浮世絵の他、大江健三郎、川端康成、安部公房を読むようになり、4年間キーウの学校で日本語を勉強したというから、クルコフは日本との縁が深いのである。

 彼には、小説の他に「ウクライナ日記」(吉岡ゆき訳)、「侵略日記」(福間恵訳、ともにホーム社)というドキュメンタリー作品がある。前者は2013〜14年のマイダン革命の推移を見守った著者の貴重な証言、後者は22年のロシア軍の全面侵攻に際し避難民となって西部リヴィウに逃れた彼自身の生々しい記録が綴(つづ)られている。

 イギリスの「ガーディアン」紙に最近載ったインタビューでクルコフは、「戦時下の今は小説を書くことがやましく感じられ、どうしても書けない」と語っている。でも、日記形式で書かれた彼のノンフィクションはもちろん重要だとは思うものの、彼の小説には圧倒的な魅力がある。長編「灰色のミツバチ」(2018年)の主人公は、今まさに注目されているウクライナ東部のドンバス地方から南部クリミアまで、ミツバチとともに旅をする。特に後半、ハラハラする物語展開なのだ。面白くないはずがない。

 この作品は、フランスのメディシス賞、アメリカの全米批評家協会賞などいくつもの国際的な文学賞を受賞している。8月末に日本の読者に翻訳をお届けすべく今、鋭意準備中だ。乞うご期待!

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 26からの転載】

沼野恭子(ぬまの・きょうこ)/1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。

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