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激戦地で眠り続ける時限爆弾 【舟越美夏×リアルワールド】

OVO [オーヴォ] / 2024年7月20日 10時0分

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 オーストラリアのシドニーに滞在した。ホテルの部屋で朝、テレビのニュース番組をつけると、ミクロネシアなど太平洋地域の島嶼(とうしょ)国の地図が映し出された。所変わればニュースも変わるものだ。そう思いつつ眺めていたら、それは日本が深く関係する「時限爆弾」とも呼ばれる環境問題についてのリポートだった。なぜ知らなかったのだろうか。しょっちゅう頭をよぎるフレーズで、一気に目が覚めた。

 太平洋戦争中、日本海軍が拠点を置いた太平洋地域では、米国との激戦が繰り広げられ、おびただしい数の軍艦や徴用民間船が人命と共に沈没した。約80年が経過した今、戦没船の船体は温暖化による海水温上昇も相まって腐食と劣化が進み、積まれていた燃料、機雷や化学兵器などが大規模に流出する危険にさらされ、一部はすでに流出し被害を出している。リポートは、オーストラリアの研究者らがつくる団体の活動や、島に漂着した兵器で負傷した住民らのインタビューを報じていた。

 帰国して、オーストラリアや英国、米国の研究者らによる論文を何本か読んだ。太平洋地域環境計画事務局(SPREP)のデータによると、太平洋地域の戦没船は、石油タンカーや軍艦、徴用船など3855隻。うち86%(3322隻)が日本に、10%(415隻)が米国に、4%が12カ国に属する。船内には、最大で57億リットルに上る燃料があると研究者らはみているという。流出すれば海洋生態系や周辺住民の社会文化にまで大きな打撃となるのは間違いない。

 太平洋の戦没船の脅威が認識されたのは比較的新しく、1999年のソロモン諸島政府の訴えが発端だった。国連開発計画(UNDP)の支援で調査が行われ、戦没船は燃料の流出や重金属を含む塗料の溶解など「自然環境に対する汚染源」であると結論づけられた。

 汚染が認識されてこなかった背景には、各国が「海は無限大の吸収力がある」と考え、海洋投棄が兵器処理の最良の方法としていたことがあるようだ。日本近海では4900トン以上の化学兵器が米軍の指示で投棄され、欧州の近海には30万トンの化学兵器が沈められたという。

 日本政府は、NGO「日本地雷処理を支援する会」(JMAS)に資金を拠出し、パラオとミクロネシアで数隻の油除去作業を実施。米国は自国船3隻の油除去作業を行った。

 しかし、「時限爆弾」を抱える船の数ははるかに多い。昨年9月、SPREPのナワドラ事務局長は国際油流出会議で演説し「積極的な多国間アプローチが必要」と訴えた。今年5月に発表されたオーストラリアとミクロネシアの研究者らによる論文は「太平洋諸国からの度重なる緊急要請にもかかわらず、米国と日本の取り組みは依然として消極的」と指摘している。

 来年は戦後80年。「時限爆弾」の時計を止めるギリギリの時期だろう。フィリピンのバシー海峡に21歳で散った父の兄のこともまた考えている。新たな戦争で、地球はさらに大規模に汚染されている。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 29からの転載】


舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

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