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湊のおもてなし 「オーベルジュほまち三國湊」宿泊体験記

OVO [オーヴォ] / 2024年10月17日 12時16分

「オーベルジュほまち三國湊」の宿泊棟の一つ

 古い町家が残る町並みをそぞろ歩き、最高のシェフの手になるフレンチを食する――。そんなぜいたくな時間と空間を提供してくれるオーベルジュ(レストランホテル)が北陸・福井の片隅にひっそりとたたずんでいる。石川県境や観光名所東尋坊からほど近く、九頭竜川が日本海に注ぐ河口にある坂井市の「オーベルジュほまち三國湊」。2024年1月に開業し、7月には「ミシュランガイド」のホテルセレクションに選ばれた。北前船の寄港地として栄えたかつてのにぎわいの残り香を感じながら一泊を過ごした。

▽町全体のおもてなし

 三国は平安以前の上代の歴史を記した「続日本紀」に「高麗の使者が到着した地」として記載されるなど古くから港が開かれていた。江戸から明治にかけては、北海道・東北から大坂をつなぐ物流を担った北前船の寄港地として隆盛を誇り、米、刃物、石材、材木などを扱った豪商の館が建ち並んだという。1990年代からの行政による保存運動で、町家やレトロな西欧建築が残り、当時の文化をしのばせている。

 「ほまち」は、そうした町家の内部をリノベーションして宿泊施設にしたものだが、最大の特徴は9棟(16室)が町の中に散在していることだ。三国は「港」ではなく「湊」。「港」は主に船が着く水の部分で、「湊」は人が集まる陸(おか)の部分。ここではフロント棟でチェックインすると、町を歩いて宿泊棟にたどりつき、レストラン棟にもまた歩いて行く。旅人は「湊の町全体のおもてなし」を受けている気分になれる。

▽食の小宇宙

 「ほまち」には夕暮れ時に着くのがいい。ほんのりと暗くなり始めた町並みを、下置き式のランプのような街灯が間接照明のように照らす。宿泊棟の部屋は番号ではなく、それぞれ「毘沙門」「井桁」「七宝」といった呼び名がついている。清潔感あふれる和モダンの部屋で、昼間の汗を流し一息入れる。洗いたての服を着てレストラン棟へ赴くころには、日はとっぷりと暮れ、町は一層、幻想的な雰囲気に包まれていた。

 レストラン棟はかつて商家だった建物で、上から見ると「コ」の字の形になっている。奥の部分は、蔵だったスペース。真ん中に小さな中庭があり、小ぶりな木がライトアップされていた。狭い空間に小宇宙をつくり、それをめでる。日本的な審美センスが、これからいただくフランス料理への期待を高めてくれた。

▽幸福の香り

 いよいよ料理だ。レストランは「メゾン タテル ヨシノ」など国内外の複数店舗を率いる吉野建氏がプロデュースする。1979年に20代で渡仏し、有名シェフのジョエル・ロブション氏の下などで修業を積んだ。2007年には全世界の要人がスイスに集まるダボス会議で料理を担当。10年にはフランス政府から農事功労章を授与されるなど巨匠といっていい存在だ。

 泊まった日は、吉野氏は不在で駄馬崇人マネジャーが料理の案内とソムリエ役を務めてくれた。まずはシャンパーニュ「Danjin Fays(ダンジャン・フェイ)」のブリュット(辛口)。「すっきりした喉ごしで暑い季節向き」(駄馬さん)で、体のほてりが冷まされる。一皿目、二皿目は「冷製ボルシチ/甘エビ・板わかめ」、「まぐろ・洋ナシ・キャビア」。越前海岸でとれたワカメの磯の香りが鼻の奥に心地いい。

 三皿目は「阿波尾鶏・きのこ・とみつ金時」。ニンニクの利いたしっかりとした味わいに負けないようにと、南仏プロバンスのロゼ「CANADEL(カナデル)」が供され、四皿目のスープ「栗ロワイヤル」までをいただいた。

 メインの魚は「鮟鱇(あんこう)・古代米」。鮟鱇の身をベーコン巻きにして焼いたものとリゾット。「しっかりとしたボルドーの白が合う」(駄場さん)とのことで、グラスには「G CHATEAU GUIRAUD(G シャトー・ジロ)」が注がれた。

 メインの肉は「若狭牛」。部位はおしりに近い「イチボ」。さしが入っているがそれほど脂っこくない絶妙な味だ。赤ワインはオーストラリアの「ANVERS KINGSWAY(アンヴァース・キングズウェイ)」。フランスワインでないチョイスが意外だったが「ブルーベリーのような風味があってこの肉にぴったり」との駄場さんの言葉に大いにうなずいた。

 デザートは、吉野シェフの出身地鹿児島にちなんだ「喜界島アイスクリーム」と「シブースト」というフランスのスイーツ。アイスは喜界島の粗目糖とラム酒の風味が利いていた。

 フランス・リモージュの「ベルナルド」の磁器で飲むコーヒーは幸福の香りがする。しんと静まりかえった通りを宿泊棟に戻る帰り道、ふと「たった今の経験は夢だったのではないか」という錯覚に襲われた。

▽息づかい

 おいしい料理とお酒をいただいた翌日は、寝覚めがいい。早朝の湊町を散策すると、前日は薄化粧のようだった町並みが、そのスタイリッシュな姿を朝日にさらしていた。

ブルゴーニュ地方の郷土料理という赤ワインソースと半熟卵の「ウフ・アン・ムレット」で腹ごしらえし、チェックアウトしてさらに町を歩いた。フロント棟の目の前には「旧森田銀行本店」がある。1920年にできた大正モダンの雰囲気が漂う建物は昭和40年代まで使われていたという。

 しばらく行くと「三国湊町家館」と「旧岸名家」が並んでいる。材木商だった岸名家は江戸後期に建てられ昭和30年代まで人が暮らしていたそうだ。近くの町家は中から三味線の音が聞こえ、「三味線教室しています」とある。三味線のお師匠さんがいるというのは、かつて花街があった名残だろうか。

地蔵坂という小さな坂には「見返り橋」が。今は橋の体をなしていないのだが、かつては水流があったのだろう。花街の帰り客が「ああ、楽しかった」と後ろを振り返ったことから、この名前がついたのだという。

 歩いていると、かつてこの湊にあったにぎわいや、住んでいた人たちの息づかいを濃厚に感じ、過去と現在の結節点に立っているような気がした。「ほまち」は「帆待ち」で、北前船の船乗りらがいい風が吹くのを待つ間に、荷役などをして報酬を得ていたことを指したが、転じて子どもたちへのお駄賃やご褒美の意味になったという。一泊の滞在で、とっておきの思い出をもらってこの地を後にした。

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