【はばたけラボ インタビュー】はばたくためには「お腹と心を満腹に」 秋田の羽場こうじ茶屋「くらを」店主の鈴木百合子さん
OVO [オーヴォ] / 2024年11月13日 10時0分
羽場こうじ茶屋「くらを」店主の鈴木百合子さん
未来世代がはばたくために何ができるかを考えるプロジェクト「はばたけラボ」。食べること、くらすこと、周りと関わること、ワクワクすること・・・。今のくらしや感覚・感性を見直していく連載シリーズ。
秋田県に生まれ学生時代はスキーに打ち込み、短大卒業後は福島県のスポーツ関係の仕事に就いていた鈴木百合子(すずき・ゆりこ)さん。体の不調を機に「羽場こうじ店」を営む実家に戻り、人生が変わった。自身の健康を取り戻してくれた食の大切さを痛感し、2013年に麹(こうじ)を使った料理を提供する、羽場こうじ茶屋「くらを」をオープン。秋田の食文化と麹への思い、そしてはばたきに必要なものについて聞いた。
■米に米をのせて食べる
――米どころのイメージですが、秋田の食文化とは。
ざっくり言うと、甘いものが好まれる特徴があります。東北地方は厳しい気候の土地で、私が育った秋田県横手市はものすごい豪雪地帯。11月から春の入学式シーズンまで雪が降り続くことも珍しくありません。でも、そのおかげで豊富な水源に恵まれているため、おいしい水で育つ米も品質が高く、特に県南の横手や湯沢は、良質な米の産地として知られています。米を使った発酵食品も多く、秋田の食の特徴といえばやはり発酵です。
普段食べる味噌(みそ)には麹がものすごくいっぱい入っています。昔は麹を多く使うことがぜいたくとされていました。現代でも麹が豊富に入った甘い味噌が好まれ、白いご飯や麹漬けの漬け物と一緒に食べられることが一般的です。まさに、米に米をのせて食べる文化のある地域なんです。甘いものを良しとするのは麹も同じで、麹で味噌や漬け物の甘さを引き立てるので、麹屋は麹をどれだけ甘く作れるかを競っているように思います。
――実家が大正時代からある麹屋だとか?
曽祖父の代に始まり、100年以上続いています。曽祖父の時代は家庭で味噌を作っていたので、各家庭を訪れ、麹の仕込みや味噌作りをサポートしていました。祖父の代になると、麹と蒸した大豆を各家庭に納める仕事に変わり、父の時代にはパック詰めされた熟成味噌を市場で販売するようになりました。私たちの時代には、通信販売も手掛けていますが、伝統を守りながら次の時代にどう備えようか考えているところです。
「特上㐂助みそ」。羽場こうじ店の創業者である佐々木喜助氏が自家用に作っていた甘口味噌。大豆の3倍の米麹を用い、うまい味噌の極限を求めてたどり着いた■創業当時から続く伝統の麹作り
―― 受け継いできた麹作りとは?
他の麹屋と比較したことがなく、発酵デザイナーの小倉ヒラクさんに蔵を見てもらって初めて気づいたんですが、うちでは麹作りに「麹蓋(こうじぶた)」という小箱を使って、小分けで発酵させてきました。発酵室である石室(いしむろ)の中で、「麹蓋」に種麹のついた米を入れて、一定の時間管理すると麹になります。今だとスイッチ一つで麹になる機械もあると思うんですけどね。
―― かなり手間がかかる製法ですね。
祖父の代から続けてきたので、この製法がレギュラーだと思っていたんです。秋田は人口に対して麹屋の数が多いので、クオリティーが下がるとすぐに淘汰(とうた)されてしまう。だから、当時の製法のまま作るのは品質の最低ラインで、もっと手間をかけることはあっても今のやり方を変えることはないでしょうね。
―― 秋田県は全国的に見て麹屋が多い?
元々全国にいっぱい麹屋さんがあったはずですが、時代とともに減少し、秋田はたまたま残ったのかなと思っています。「羽場こうじ店」の「羽場」は集落の名前で、小さな集落にも一つずつ麹店があって、商売が成り立っていた。そのくらい需要があったのだろうと推測できます。
―― 全国的に麹屋が減少する中、逆に秋田の麹が全国に流通するかもしれない?
それはあります! 「羽場こうじ店」も野菜の収穫期以外には麹を作らない時期もありましたが、最近は通年での需要が増え、忙しい時期が続いています。麹や発酵文化が再注目されている今、若い世代が発酵食品に関心を持ち始め、ありがたい限りです。日本酒のクラフトサケとか小豆島の木桶(きおけ)プロジェクトとか、発酵食品に携わる若い人たちのエネルギーを知ったことで、麹も日本の文化としてあるべくしてあるんだと思うようになりました。地域に根付いた麹屋さんが、これから生まれるかもしれないと感じています。
■訪れた人に味わってほしい、秋田の家庭料理
―― 話を戻して「次の時代への備え」ですが、すでに麹を活用した食堂を手掛けています。これも一つの形?
はい、現在、麹を使った料理を提供する食堂も運営しています。テーマは二つあって、一つは自分の体を作る食べ物とは何かということ。実体験から、自分が生まれ育って食べていたものに実は麹がすごく関わっていたこと、母の作ってくれた料理を食べて体がよみがえったことを伝えたかったのが一つ。もう一つは、どこの地域にもその地域の食べ方があると思いますが、私が生まれた地域の食べ方を他所から訪れた人に紹介する場にすること。例えば私が大阪に行ったら、大阪の普通の家庭料理が気になる。それを提供できる場だと思っています。
ありがたいことに古い酒蔵の建物を使い、地下水という自然水も使えています。地元で採れる新鮮な野菜や父が育てた米を使って、近所のお母さんたちが普段食べているような旬のお料理を作らせていただいています。それを食べると、他所から訪れた方が「なぜかわからないけど懐かしい」と言ってくれるんです。多分、お米にヒントがあるのかな。日本人は重湯から食べ始めるから、米を食べると体が栄養をとっていると感じられる。「米に米をのせる」と、無条件で脳がYESって言うんだろうなって思うんですね。
父が米の作付けを増やしたので、今後は自分たちが育てた米で麹を作り、それをお味噌にしたり漬け物にしたりするのを目標にしているんですが、果たしてどうなるか、ハハハ。
■お腹だけじゃない、心を満腹にする食事を
―― 麹を使ったレシピ本『おいしい発酵レシピ いつもの台所に麹のある暮らし』を出されました。
秋田の発酵とか米麹というと、伝統食や郷土料理にカテゴリーされるんですけど、そういう伝統料理や郷土料理もすごく大事だし地域性を知らせるものとして否定はしませんが、それを食べ続けることを義務にしてしまうと、時代からかけ離れてしまう。郷土料理を「触ってはいけません」と博物館の中に閉じ込めるんじゃなくて、文化は時代に合わせて変わっていくものだと思うから、麹も今の暮らしに合わせてブラッシュアップさせて、食べ方を進化させていくべきだと思うんです。
昔は保存のために使われていた麹を、「体を作る」とか「おいしいから食べる」という理由に変えていかなければ、麹を使う料理は生き残っていけない。そんな提案ができるように、麹さえ手に入れば簡単に作れる料理、3分クッキングのように、実際に私が自宅で短時間で作り、家族がおいしいと言って食べてくれるレシピを本にまとめました。
麹はちょっとハードルが高いという方が多いですが、一歩踏み込んでしまえば、麹を手に入れたおかげでめちゃくちゃ料理上手な人になったなと感じる調味料だと思っています。なので、ぜひドボンって飛び込んでいただきたいと思いますね。
―― はばたけラボが問いかけるテーマ。鈴木さんは「ヒトは■で人になる」の■に何が入ると思いますか。
「お腹と心が満腹になること」だと思います。ただ「お腹」を満たすだけのご飯はたくさんあります。でも、その食事が「心」を満たすかどうかが重要だと思っていて。例えば、母が作ってくれたお味噌汁で私の心も体も癒やされたように、食べる行為の中に心の満足があるかが大切なんです。心がいっぱいになる食べ方だったり、心が触れるもの、それは読書や映画でもいいのですが、そういうことをしないと「人」になっていけないのかなと思います。
なので、うちの食堂には時間を感じるものは置かないようにしています。昼休みにご飯を食べに来た人はすぐにスマホを見ますね。大リーグの野球中継を見たり。「だめ、今はご飯に集中してください」と伝えています。時を刻むものを排除し、音楽も流しません。心の部分を感じ取れなくなっちゃうから。食べ物を見て食べて、胸がいっぱいになるような食事をしてほしいと思います。
『おいしい発酵レシピ いつもの台所に麹のある暮らし』鈴木百合子/著 朝日新聞出版 本体価格1400円(税別)鈴木百合子(すずき・ゆりこ)/73年生まれ。秋田県横手市増田町出身。大正7年創業の羽場こうじ店の次女として育つ。高校時代はアルペンスキーの強化選手として日本一を目指す。短大卒業後、福島県のスポーツ関係の会社に就職。結婚、出産を経て、2010年夫と息子の家族3人で秋田に戻る。2013年、羽場こうじ茶屋「くらを」をオープン。
#はばたけラボは、日々のくらしを通じて未来世代のはばたきを応援するプロジェクトです。誰もが幸せな100年未来をともに創りあげるために、食をはじめとした「くらし」を見つめ直す機会や、くらしの中に夢中になれる楽しさ、ワクワク感を実感できる体験を提供します。そのために、パートナー企業であるキッコーマン、クリナップ、クレハ、信州ハム、住友生命保険、全国農業協同組合連合会、日清オイリオグループ、雪印メグミルク、アートネイチャー、ヤンマーホールディングス、ハイセンスジャパンとともにさまざまな活動を行っています。
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