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放牧牛のミルクの甘さ 【舟越美夏✕リアルワールド】

OVO [オーヴォ] / 2024年12月14日 11時57分

避難先で牛の世話をする子どもたち=ニジェール(筆者撮影)

 搾りたての牛乳を飲む機会があった。アフリカ西部のニジェール共和国で9月、牧畜民一家を訪れた時である。アフリカの牧畜は、牧草や水を求めてラクダや牛、ヤギと移動しながら飼育する。草原は牧畜民には大切な地域だが、ニジェールでは近年、国際テロ組織「アルカイダ」や過激派組織「イスラム国」(IS)の関係組織が政府軍と戦闘を繰り広げ、治安が悪化している。訪問したのは、戦闘を避け首都近郊に避難していた一族だ。

 「搾乳前に到着した方がいいよ」と言う獣医のアフメトのアドバイスで早朝、彼と通訳のアジズと3人で出発した。

 ブロックを積み上げた住居の前に、数十頭の牛がたむろしている。白黒のまだら模様や茶色、白色と、さまざまだ。一家のナンバー2、アリが勧める椅子に座り、彼の息子が乳搾りをするのを眺めた。
 アリが、息子から受け取った青いプラスチックのボウルを差し出す。泡立った牛乳がいっぱいに入っていた。

 「牧畜民はよそ者をなかなか受け入れないが、これは歓迎の意なんだ」。アフメトが耳打ちをする。彼は自身も牧畜民の出身だ。
 ボウルにおそるおそる口をつけた。予想に反して、ミルクはさらりと軽く、かすかに甘い。歩いて草を食べる牛の乳はこんなに美味(おい)しいのか。「うまいでしょ」。アジズが私の顔を覗(のぞ)き込む。ウシ肌に生温かい点が、冷たいミルクに慣れている私には違和感があったが、それは黙っていた。

 「街の暮らしは苦しい」とアリがため息をつく。ニジェールは今年、豪雨と洪水にも悩まされた。牧畜民の苦しみを自分のこととして知るアフメトは、危険な地にも出かけて家畜のワクチン接種や衛生指導をしている。

 牧畜民を通して、新たに知ったことがいくつかあった。放牧されている牛の肉やミルクには、人間の体内では作れない不飽和脂肪酸のオメガ3脂肪酸やβーカロテンが含まれていること。人工配合された穀物の飼料を与えられる牛にはない成分だ。「人は家畜を通して植物の栄養分を取る」のだ。子どもの頃に放牧をしていた東アフリカ・ケニアの研究者、ディバ・ワコが、「ミルクは栄養価が高くて、最高の食事だった」と語っていた。放牧中は自分で搾ったミルクとお茶だけの食事で、数百キロを歩くこともあったが問題はなかった。体験から来る彼の説は間違っていないようだ。

 そして、牧畜は数千年の歴史があるのに、地元政府や開発機関に「誤解され過小評価されている」こと。国連食糧農業機関(FAO)は食料安全保障の観点で「自然環境と共に機能するよう進化してきた牧畜は、気候変動の中で、持続可能な開発目標に取り組む上で大きな可能性を秘めている」と主張し、「資源集約型農業に代わるもの」としている。

 帰国してから、放牧牛のミルクで作った牛乳とヨーグルトをネットで見つけ、注文した。暑さが落ち着いた時期の草を食べる牛のミルクは甘さが出てくるーという趣旨の説明があった。「人間と動物、環境はつながっている」というアフメトの言葉を思い出しながら、ほんのり甘いミルクを飲んだ。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 50からの転載】


舟越美夏(ふなこし・みか)/1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

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