シャクヤクの花酵母から清酒 奈良・御所で作り上げた「大輪」の味
OVO [オーヴォ] / 2025年1月21日 13時6分
奈良県と大阪府の境に位置し、四季折々の姿が多くの人に愛されてきた大和葛城山。裾野にあたる奈良県御所(ごせ)市の農園では、春になると大輪のシャクヤクの花が咲き誇る。その花由来の酵母を使った清酒が今年1月、誕生した。農園主と地元酒蔵、御所を愛する人々が生み出した酒が、世に送り出される。
「この日を迎えられ、本当にありがたい。実は下戸ですが、味の奥にシャクヤクを感じています」。シャクヤクを育てる「さんろく自然塾うめだファーム」(御所市増)代表の楳田高士さんは、1月13日に行われた完成披露式で、顔を紅潮させながら語った。
できあがったのは、地元の酒蔵・葛城酒造で仕込んだ純米吟醸酒「百楽門 華」。ラベルには、大輪のシャクヤクを思わせるピンク色の「華」の文字が描かれる。「華やかで、とても力強い」 「後味にお花を感じる」 「何しろ、神頼みもしたんだから」。杯を交わす参加者の笑顔がはじける。
▽シャクヤク、根は生薬に
酒造りプロジェクトの発端は、4年余り前の2020年秋にさかのぼる。約4千株のシャクヤクが2トントラックに積まれ、うめだファームに到着した。「びっくりするほど大量だった」(楳田さん)。約1400年前に行われた推古天皇の薬猟(くすりがり)にはじまり、連綿と薬草栽培が盛んな奈良。多年草のシャクヤクの根は婦人病などの漢方処方に使われるが、生薬として有用な大きさに育つには5~6年かかる。
楳田さんのシャクヤク農園は全体で約2500平方メートルあり、春には3万ほどが開花する。切り花の出荷に加え、花を「愛(め)でる会」なども開いて農園を生かす一方で、根が育つ数年間に花をもっと利用できないか思案してきた。植物からとれる酵母を採取・分析していた奈良県の研究機関に相談すると、うめだファームのシャクヤクの花酵母が低アルコール向け清酒の醸造に利用できることが分かった。
▽葛城酒造の挑戦
「このきれいなシャクヤクから酒だなんて」。花を愛でる会でシャクヤクを愛でながら酒を酌み交わしてきた仲間たちも、動き始めた。
お酒が苦手な楳田さんが、協力者で左党の西川憲造さんと一緒に訪ねたのは、同じ山麓で明治20年から地酒を造り続けてきた葛城酒造。清酒発祥の地でもある奈良も、酒蔵の後継者難は深刻だ。葛城酒造も杜氏(とうじ)の不足でいったん休蔵を余儀なくされた後、他業界から飛び込んだ谷口明美さんが21年に事業継承。杜氏として修行を始めるとともに四代目の久保伊作当主との共同代表となり、蔵を切り盛りする。
「葛城酒造は、かつては多くの人が働いていた、この地で唯一の酒蔵。おいしい酒をたくさんつくってもらえるよう、力になりたい」。楳田さんら仲間の強い願いだ。
一般的に清酒醸造に使用される酵母と比べ、シャクヤクなどの野生酵母はアルコール発酵に時間がかかり、雑菌への耐性が弱くなりやすい。腐れば全てが無駄になるリスクもあるが、「シャクヤクが持つ可能性を知りたい。たとえ失敗したとしても、新しい挑戦が大切だと思った」(谷口さん)。長年の経験から慎重になっていた久保さんも新人杜氏の熱意に負け、24年初頭に、少量のどぶろく(濁り酒)を試作。愛でる会のメンバーら50人ほどから、1口5000円の応援出資も集まった。なかには、花酵母から酒をつくる難しさを知り、地元の神社に願をかけにいった人もいる。
仕込みは、通常の酒とは異なる微妙な温度管理が難しかったというが、「濁り酒が成功し、(さらに進む)感触を得た」(久保さん)。いよいよ、同年11月、本格的に量を増やして清酒の仕込みに着手した。「全て御所産」にこだわり、うめだファームで栽培された「キヌヒカリ」を酒米に使用。年末にできあがった「百楽門 華」が、年明け1月8日に瓶詰めを終えた。
ワインなどにも適したシャクヤク花酵母の特徴も生かされ、「とろみがあり口当たりが良く、酸味の切れもいい。上出来なものが仕上がった。百楽門の名の通り、わいわいがやがや楽しく飲んでほしい」(久保さん)。
▽全国、世界に発信したい
農家、酒蔵、酵母・生薬の研究者、飲み手、プロジェクトの盛り上げ人――。完成披露会には、関わった面々が集った。「薬草文化も守りながら、シャクヤク由来の日本酒をたくさんの人に知ってもらい、御所を活性化したい」と楳田さん。谷口さんも「全国、さらに世界に出していけるよう、次はもう一回り大きなタンクで仕込みたい」と話す。山麓のシャクヤクは、関わった人々の心の中に、最初の大輪の一輪を咲かせたようだ。
「百楽門 華」は、720ミリリットル瓶が750本、一升瓶が300本、生産され、御所市を含む奈良県内の特約店で販売。昨年、酒類販売業免許を取得したうめだファームでも取り扱う。葛城酒造の谷口さんによると、問い合わせが相次いでおり、希望者は購入を急いだほうがよさそうだ。
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