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ソ連時代をテーマにする意味 【沼野恭子✕リアルワールド】

OVO [オーヴォ] / 2025年2月8日 12時6分

『ズレイハは目を開ける』の表紙

 昨年末、ロシア語作家グゼリ・ヤーヒナが、3年ぶりにインタビューに応じ(米誌フォーブス)、2022年2月の出来事、つまりロシアによるウクライナへの軍事侵攻開始は、自分にとって大変な地殻変動だった、それによりさまざまな変化が起き、ついに外国で暮らすようになった、と語った。現在、カザフスタンで事実上の亡命生活を送っている。

 ヤーヒナは1977年にロシアのタタールスタン共和国の首都カザンで生まれたタタール人だ。2015年に『ズレイハは目を開ける』で彗星(すいせい)のごとくロシア文学界に現れて人気を博し、同年、ヤースナヤ・ポリャーナ賞とボリシャヤ・クニーガ賞というロシアの権威ある文学賞をダブル受賞した。

 物語は1930年、カザン郊外の家父長制の古いしきたりの中で暮らしていたタタール人農婦ズレイハが、富農撲滅政策に巻きこまれてシベリアのアンガラ川河岸に強制移住させられ、そこで新しい生活を始めるというもの。おとなしく夫や姑(しゅうとめ)の言うことを聞いていたヒロインが、艱難(かんなん)辛苦を乗り越え、逞(たくま)しく主体性のある女性へと変貌していく感動的な成長物語である。ヒロインは家父長制から解放され、自由な世界へと「目を開かされて」いくのである。年長の実力作家リュドミラ・ウリツカヤがこの小説に序文を寄せ、「地獄における愛と優しさを歌いあげた力強い作品」と称賛している。

 フォーブスのインタビューでヤーヒナは、次に出す本は映画監督セルゲイ・エイゼンシュタインについての小説になると語り、ソ連時代をテーマにするのはなぜかと問われ、今日の問題に対する答えを過去に求めることが、今のロシアではアクチュアルだからだと答えている。彼女のそうした文学観は、しばしばソビエト時代を舞台に物語を繰り広げ、過去から現代を照射してきたウリツカヤの作風と大いに通じるところがある。ヤーヒナは、ウリツカヤの後継者と言えるのではなかろうか。

 『ズレイハは目を開ける』は映像化され、2020年に全8回の連続テレビドラマとして放映された。ヒロインを演じたのは、ロシアの映画や舞台で活躍してきた人気俳優のチュルパン・ハマートワ。やはりカザン出身のタタール人である。しかし彼女も22年、ロシアのウクライナ侵攻に反対してラトビアへ居を移した。

 ウリツカヤ、ヤーヒナ、ハマートワはいずれも現代ロシア文化の精髄を成す女性作家、俳優だが、3人ともウクライナ侵攻に反対してロシアを去ったのである。

 『ズレイハは目を開ける』は30カ国語以上の外国語に訳されているという。日本語訳も準備中と聞いているが、ぜひ早く刊行してほしいと願っている。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 5からの転載】

ぬまの・きょうこ 1957年東京都生まれ。東京外国語大学名誉教授、ロシア文学研究者、翻訳家。著書に「ロシア万華鏡」「ロシア文学の食卓」など。

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