前代未聞の取り組み!? 長野県に学ぶ、共生社会実現のヒント
パラサポWEB / 2022年5月12日 7時30分
2022年3月1日、スポーツ庁が主催する「第一回Sport in Life アワード」の授賞式が行われた。「スポーツ人口の拡大に役立つ取り組み」に与えられる同アワードの記念すべき第一回では12団体が選ばれたが、自治体部門では以前に本サイトでも紹介した「パラウェーブNAGANOプロジェクト~(公財)日本財団パラスポーツサポートセンターと協働で取組む長野県発の未来社会プロジェクト~」(以下、「パラウェーブNAGANO」)が受賞。その喜びの声と、スポーツ人口拡大はもちろん、共生社会実現のヒントとなる取り組みについて、プロジェクトの担当者にお話を伺った。
前代未聞!? 100チーム参加のボッチャ大会を県が開催「ボッチャ競技大会第1回パラウェーブNAGANOカップ県大会」でプレーをする参加者たち
「パラウェーブNAGANO」は、2018年6月に長野県と日本財団パラスポーツサポートセンター(2022年1月日本財団パラリンピックサポートセンターより改称。以下、パラサポ)が、「スポーツを通じた共生社会の創造に向けた連携・協力に関する協定」を締結したことから始まった。2019年にはプロジェクトの一環として「ボッチャ競技大会第1回パラウェーブNAGANOカップ県大会」を開催。この大会の参加資格は小学生以上で長野県在住・在学・在勤または県内出身であること。年齢、性別、障がいのあるなしに制限なしとしたことで、なんと大会には100チームが参加したそうだ。
「本来ならば予算も限られているので、最初はある程度小さい大会を開催して育てていけばいいという案もあったんです」と、この大会を企画した長野県健康福祉部障がい者支援課障がい者スポーツ支援係の金井大地さんは当時のことを振り返る。
「参加人数を少なくしてしまうと、常にボッチャをやっている人しか集まらない可能性がありました。長野県は広いですが、私たちとしては全県網羅をして多くの人に参加してほしかったんです」(金井さん)
そこで、金井さんたちは北信・東信・中信・南信の4つの地域で地区大会を開催し、その後、各地区大会の上位5チームが県大会に進むというルールにした。こうして複数の場所で大会を行ったこと、参加資格を緩やかにしたことなどが功を奏し、自治体開催としては他に類を見ない100チーム参加の大規模なボッチャ大会が実現した。
とんがったことをやれ!オンラインで取材に対応してくださった、長野県健康福祉部障がい者支援課障がい者スポーツ支援係の金井大地さん
ボッチャ大会は多くの県民が参加し、無事に終了したが、開催までの道のりは決して平坦ではなかった。大会では1チーム3~6名としたため、100チームの参加があるということは単純に参加者だけでも最低300人。その他、審判や大会スタッフなどを含めるとかなり大規模なイベントになる。
「100チームで開催するのが大変なのはわかっていたので、60チームぐらいに抑えた方がいいんじゃないかという意見もありました。でも、100というインパクトのある数字にこだわりたかったんです。私のわがままを聞いてくれた上司をはじめとする関係者には本当に感謝しています」と金井さんが言うと、上司の田嶋弘之係長は「彼は前例のない方、厳しい方へと進んでいくので、当時の上司も含め、周囲は『また大変なほうへ行くのかな』と思っていたんじゃないでしょうか(笑)。でもいざやってみると、県民の皆さんから評価をいただくことが多くて、こうやっていいものができるんだなと勉強させてもらいました」と笑う。
こうした一見無謀とも思える試みに踏み切ったのには、金井さんが2017年4月から2年間、日本財団パラスポーツサポートセンターに研修派遣として勤務していた際に、ある役員からかけられた言葉が影響しているそうだ。
「とんがったことをやりなさい。反対する人間は絶対いるだろうけど、ついてくる人間もいる。だから前を向いてとにかくやれ、と言っていただいたんです」(金井さん)
その言葉通り、金井さんはボッチャの大会以降も、前例の有無にかかわらず、スポーツを通じた共生社会の実現に向けてあらゆることを模索し続けてきた。そのひとつがSport in Life アワードでも高い評価を得た「パラ学」だ。
プロジェクトの認知には宣伝よりも中身の充実パラ学の一環「車いすボールチャレンジ」に挑戦する児童たち
パラ学は長野県内の小学校を中心とする学校を対象としたプロジェクト。県独自のパラスポーツ体験型授業や、パラスポーツを題材にした各種プログラムなどを提供し、児童の「多様性」と「しなやかな心」を育もうという試みだ。
「パラウェーブNAGANOという旗印のもと、スポーツを通じて共生社会を作っていくには、パラウェーブNAGANOをしっかり人々に認知してもらわなくてはいけない。それなのに、私たちの武器はボッチャ大会だけでした。それだけでは戦えないけれども、だからといって県の広報費を使って、バンバンCMを打ったとしても中身がなければ広がらないというのがみんなの考えでした」(金井さん)
そこで金井さんたちは、ボッチャ大会に続く武器を作ることにした。あいにくコロナ禍でボッチャ大会などは中止になったが、その間にさまざまな人々に話を聞いて回ったそうだ。たとえば、小学校や特別支援学校の先生や県の教育委員会の人々、パラリンピアン、長野県障がい者福祉センターの職員など。そうしたあらゆる人から聞いた話や意見をもとに生まれたのがパラ学だった。
「ボッチャ大会も意味がありますが、パラ学は学校の授業の場を使ってやるので、しっかり学習として持ち帰ってもらいたいという思いがありました。そこで、ゲーム性があって子どもたちが夢中になれ、しかも教材として使えるものというコンセプトのもと『車いすボールチャレンジ』というものを作りました」(金井さん)
「車いすボールチャレンジ」の講師で、長野冬季パラリンピックをはじめ5大会のパラリンピックに出場した加藤正さんと、真剣に作戦を練る子どもたち車いすボールチャレンジとは、車いすを使ったポートボールのようなもの。グループごとに競技用の車いすに乗って、仲間と共にゴールの回数を競う。オリジナルのさまざまな条件が課されているため、工夫しないとゴールを増やせない。そのため、子どもたちは仲間と相談しながら頭を悩ませた。
「単に車いすを使った体験教室だと、1回で終わってしまうので、国際パラリンピック委員会公認の教材『I’mPOSSIBLE』日本版を事前事後学習として使うことを条件に、このプログラムを無償で提供することで1つのセット、『パラ学』ということにしました。ただ、『I’mPOSSIBLE』を条件にすることは、学校の先生たちの負担が増えるので、難しいのではないかという声もありました。でも、体を使う体験だけでなく座学もセットにすることが重要だと考えたので、そこは譲れませんでした」(金井さん)
結果として、現場の教師からは高い評価を得て、予算を使いきるほどの申し込みがあったそうだ。
「できない」を「できる」に変える金井さんたちは、パラ学を通して子どもたちに「相手の立場に立って考える」「できないということも工夫すればできるようになる」という2つのことを学んでほしいと考えているそうだ。特に後者は、パラリンピックの父ルードヴィッヒ・グットマン博士が言ったとされる「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」という言葉に通じる。
「この考えは共生社会には欠かせないと思うんです。『車いすボールチャレンジ』では、子どもたちは慣れない車いすに乗って、難しいルールのもとボールを運ばなくてはならない。最初はうまくいかないんですよね。でも、仲間と話し合っていくうちに、うまく得点できるようになる。できないと思っていたことが、工夫次第でできるようになるということに気付くきっかけになってほしいと思っています」(金井さん)
パラ学を実施した学校の教師からは「実によく出来たプログラムですね」など、肯定的な感想をいくつももらったそうだ。また受講した子どもたちからは、さまざまな嬉しい感想が寄せられたという。たとえば小学校4年生の女の子は「私もできないをできるに変えられる人になりたい」という感想文を書いてくれた。金井さんたちは、こうした現場の声が何よりも嬉しいという。
次世代へ繋ぐ共生社会実現のバトンオンラインで取材に対応してくださった、長野県健康福祉部障がい者支援課障がい者スポーツ支援係の田嶋弘之係長
今回のSport in Life アワードの授賞式で、審査員の1人が選考に際し「継続性、持続可能性、それが地域に根付いて当たり前のようにやっていく、その地域の特徴となっていくような活動であること」を観点に選んだと語っていた。パラウェーブNAGANOは、まさにそうした取り組みだったのではないだろうか。それを裏付けるように田嶋さんは受賞の喜びを次のように話してくれた。
「私たちの取り組みがこのように評価されたことは、とても嬉しいです。ただ、ここまでは土台を作ったということなので、来年、再来年と継続していけるように確固たるものにすることが大切だと思っています。プロジェクトの担当者が変わろうとも、パラウェーブをずっと続くものにしていくことが大事なのではないでしょうか」(田嶋さん)
今回の受賞がゴールではなく、さらにバージョンアップをしていき、今後もスポーツを通した共生社会実現の取り組みを次の世代、その次の世代へと繋げていきたいと田嶋さんと金井さんは語ってくれた。
今回の取材を通して感じたのは、長野県の風通しの良さだ。田嶋さんは金井さんのことをバイタリティと才能のある人間と評し、金井さんは田嶋さんのことを、自分のわがままを許してくれる上司として感謝していた。立場や上下関係を越え、意見を出し合い、時には専門家にも意見を聞きにいき、サポートをお願いするなど、いい意味で周囲の人を巻き込むことが、大きなプロジェクトを成功させる秘訣なのかもしれない。
共生社会の実現に取り組む自治体や企業は多いが、それは簡単なことではない。しかし、「パラ学」を通して小学4年生の女の子が思ったのと同じように、プロジェクトに関わる全ての人が「できないをできるに変えられる人になる」と思えば、共生社会の実現は可能ではないだろうか。そんな大切なことを教えてくれた取材だった。
text by Kaori Hamanaka (Parasapo Lab)
写真提供:長野県健康福祉部障がい者支援課障がい者スポーツ支援係
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