金メダリストがハーフマラソンに挑戦|水泳・木村敬一が走る~練習編~
パラサポWEB / 2022年10月14日 9時15分
東京パラリンピックの水泳(100mバタフライS11)で金メダルを獲得した木村敬一が、ハーフマラソンに挑戦する。参加するのは、10月16日に行われる「東京レガシーハーフマラソン2022」。木村は、昨年の東京パラリンピック後も障がい者および障がい者競技への理解を深める機会を創出するという大会の理念に共感して、挑戦を決めた(前回記事を参照)。
スイマーの木村にとっては、屋外でスポーツをすること自体が新鮮。刺激の多い挑戦だしかし、準備期間は、それほど長くない。スイマーである木村が、ランニングの練習を始めたのは、8月末。わずか1ヵ月半ほどで約20㎞を制限時間の3時間以内に走れるようにならなければならない。トレーニングをサポートしたのは、パラ陸上のマラソン選手の伴走を務めたトレーナーの森川優さんと、大会に協賛しているアシックスジャパンの社員で、レース当日の伴走を務める福成忠さん。「チーム木村」で練習を積み重ねた。
大会当日も伴走する福成さん(中央右)とガイドロープを手に走る木村(中央左)。左は、アドバイスを送るトレーナーの森川さん木村が練習を始めたのは、8月末。初めは、皇居周りを1㎞ほど。伴走者と一緒につかむガイドロープを頼りに進行方向を調整したり、ペースを上げたり下げたりしながら、まずは走るイメージを膨らませた。ハーフマラソンの制限時間を切るための一定のペースや、トップパラアスリートのペースを体感。初めてのことだらけだ。水中で浮力を受ける水泳とは異なり、重力とアスファルトの硬さによる着地の衝撃が大きく「地面の反発に慣れていないという点では、一般の方以下。その対応には苦戦している」と股関節周りに痛みを感じることも分かった。そこから始まった悪戦苦闘の日々は、新鮮な刺激の連続でもあった。
皇居周辺で初練習。地面の反発を実感したという photo by Haruo Wanibe 水泳との両立で悪戦苦闘日々、練習を積み重ねるため、生活サイクルも変わった。はじめは、普段の水泳選手としての生活の中に、ランニングを足してみた。朝7時に起床して、朝食後に10時半から2時間ほどプールで泳ぐ。昼食後には、ウエイトトレーニング。さらに16時から2時間ほどランニングの練習を行った。しかし、スケジュールが窮屈だった。
「あくまでも水泳が軸なので、走ってボロボロになってからは泳ぎたくない。だから、水泳の練習は朝に終わらせています。最初はウエイトトレーニングもやっていたのですが、そうすると昼食後の休憩が短くて気持ち悪くなってしまうので、走らない日にウエイトを行うようにしました」
9月中旬には、本職の水泳でジャパンパラ水泳競技大会に出場。男子50m自由形(S11)では大会記録をマークし、男子100m平泳ぎで優勝と力を示した。大会後には、ランニング練習のボリュームを上げていった。はじめは、5㎞ほどの距離で練習を繰り返した。スロープのような上り、下りのあるコース。周囲に人が多くいるコース。「水泳ではコースが区切られている。周囲に人がいる中で走るときは、少し怖いです」と話したが、伴走者から周囲の状況や自分自身の変化について情報やアドバイスをもらいながら、未知の世界を経験した。9月末までには、練習の距離を10㎞に伸ばした。1㎞6分半のペースで走り、最後は5分45秒まで上げてみせた。頼りになるのは、伴走してくれる森川さんと福成さんだ。疲れてくると前傾姿勢になる癖を指摘され、上体を起こすことを意識するようになった。
不慣れなランニングに苦労しながらも、木村は、トップパラアスリートとして限界に挑戦する姿勢を崩さない10月初旬には、15㎞に挑戦。感想を聞くと、木村は笑い出した。
「走りましたよ! 満身創痍。足だけじゃなくて、体全体が動かないし、腹筋の内側が痛いというか、骨が折れるんじゃないかと思いました。呼吸は問題ないけど、前に進まない感覚。苦しさの向こう側に行ったなという感じでした。でも、水泳の練習で同じ感覚になることは、よくあるんです。そのあと、だんだん、元気が出てくるんです。ランニングでも、ようやくこの領域に来たかと。この後、こうなるのは知っているぞという感じです」
10㎞を越えたり、ペースを上げ過ぎたりすると、身体が悲鳴を上げる。しかし、水泳で何度も限界を超えて世界の頂点に立った男は、限界に挑むことを楽しむ、アスリートとしての真骨頂を見せていた。
スイマーとして鍛えた心肺機能には自信がある。一定のペースを保てるかどうかが重要だ 発見の日々は、楽しい順調に距離を伸ばせたのは、木村の頑丈な身体と挑戦に対する真摯な取り組みがあったからこそだ。10月初旬、練習に付き合った森川さんは「キムさんだからできたプラン。水泳で鍛えられた体は、すごい」とトップパラアスリートの底力を感じ取っていた。最後の2週間は、レースに向けて身体に走るペースを覚え込ませるトレーニングの期間だ。一定のペースで走ることが長距離走の基本だが、意外と難しい。木村は「給水のために立ち止まった後や、下り坂は、勝手にペースが上がってしまいます。車が横を走るときも、つられてペースが上がっているらしいです。不思議ですよね。発見が多いですね。できれば、発見だけして楽しんでいたいですけど……」と冗談交じりに不安を吐露しながらも、注意点をしっかりと捉えていた。取材対応を終えたとき「水泳よりも話すことがいっぱいあるんですよね。初心者過ぎて」と言って笑っていたのも印象的で、日々の練習から受けた刺激とアドバイスから多くを学び取って、すぐに吸収しようとしていることがうかがえた。
大会のコースは、国立競技場から水道橋、神保町、神田を通って日本橋で折り返す、東京パラリンピックのマラソンコースを活かしたもの。目標タイムは2時間35分。初めての挑戦に臨む木村は、果たして走り切れるのか。水泳との二重生活で取り組んだ練習の成果が試される。
全盲のスイマーでありながら、ハーフマラソンに初挑戦する木村。レース当日は、1ヵ月半の練習の成果を存分に発揮してくれるに違いないedited by TEAM A
text & photo by Takaya Hirano
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