子どもが自力で組み立てるサッカーボールでSDGs
パラサポWEB / 2022年10月26日 7時0分
子どもたちの未来を考える上で、誰もが平等に教育の機会を得られることは重要なポイントだ。きちんとした道具がなくてスポーツができない子どもたちには、道具を贈ることで体育教育の支援になる。ただ、残念ながら贈ることで完結してしまい、その後のフォローがないケースもある。そんな状況に一石を投じるのが“MY FOOTBALL KIT(マイフットボールキット)”。企業や団体が、多くの子どもたちへ組み立て式サッカーボールを贈ることで、SDGsに貢献できるというこのプログラムは、これまでの支援とはどう違うのかご紹介しよう。
ただ“物を贈る”だけに留まらない「成長」の支援を自身もプロサッカー選手になる夢を追いかけていた内田氏。自らボールを蹴り、開発に貢献した
MY FOOTBALL KITとは、3種類の部品54個を組み立てて作ることのできるサッカーボールを、必要とされるところに企業や団体が贈ることにより、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」や目標12「つくる責任・つかう責任」に貢献するプログラムだ。
このボールが画期的なのは、組み立てる前の部品はいたってコンパクトなので配送が楽。たとえ破損したとしても、壊れた部品を交換するだけで済む。しかも、作っているのは世界的な大会の公式な試合球に採用されている一流メーカーのモルテンだから、品質も折り紙付き。しかし、それらのメリットはどちらかというとあとからついてきたものだと語るのは、モルテンでこのプロジェクトを推進するMY FOOTBALL KITグループのリーダー・内田潤氏だ。
「モルテンには以前から、“途上国の子どもたちにボールを送りたいんだけど、安く購入できないか”などという相談をたくさんいただいていました。もちろんそれは良いお話で、もらった子どもたちは喜ぶし、あげたほうも子どもたちのためにできたという満足感が得られます。ただ、ボールを贈るだけでは、子どもたちがその状況から抜け出す助けになっていないのではないか。子どもたちは成長することができていないんじゃないかということが私は気になっていました。では、どうしたら彼らの成長に寄与できるかと考えたときに、教育の要素を入れたらいいのではないか。組み立て式にしたら面白いんじゃないかということに行き着きました」
nendoの佐藤オオキ氏の手によるデザインは洗練されていて、子どもならずとも手に取りたくなる魅力に溢れているモルテンが、組み立て式のサッカーボールを作るに当たって、デザインを担当したのがデザイナーそして建築家でもある佐藤オオキ氏が率いるデザインオフィスnendo。モルテンはボールを通して、nendoはデザインを通して社会課題を解決したいという共通した思いから組み立て式のボールを作り上げていった。
「nendoさんは、課題解決のために細部にこだわり、間違いなくかっこいいデザインを提案してくれます。一方私たちは、安全面や教育的要素を入れ込むためにこうしたいという思いがあります。発展途上国の子どもたちは、素足やサンダルでボールを蹴ることが多いので、怪我をしないような構造であることが重要。私が実験台になり、蹴り心地もあって痛みも少ない、かつデザイン的にも優れた、両者のバランスの良いボールを作り上げていきました」
MY FOOTBALL KITの一番のポイントは教育的支援組み立て式のボールを目にした時、子どもたちに大きな変化が起こることを内田氏が目の当たりにしたのは、プロトタイプ(試作品)の状態のMY FOOTBALL KITを持ってカンボジアやタイ、南アフリカに行ったときだという。
「日本の子どもたちは、幼少期から当たり前のようにレゴや積み木といったものが身近にあって遊ぶことができます。ところが途上国の子どもたちはそういった遊具を手にすることはありませんし、学校に図画工作の時間もありません。しかし、MY FOOTBALL KITをあげるとのめり込むように集中してずっと組み立てていました。実は、今の製品は30~45分ぐらいで組み立てられるようになっているんですが、プロトタイプの時は2~3時間かかってしまったんです。でも一人も投げ出すことなく、飽きずに取り組んで完成させていました。それを見た時、間違いなく教育に貢献するなと確信すると同時に、本当にこれを作って良かったと思いました」
一見単純に見える3種のパーツ。これを組み立てることで球になるという画期的なボール。大人でもすぐに組み立てられるだろうか……部品を目の前にした子どもたちは、組み立て方が分からない子はわかる子に訊き、わかる子はわからない子に教える。それこそまさに、内田氏が目指した子どもたちの成長のきっかけとなる場だった。
「自分の力でボールを組み立てることにより達成感が生まれ、自分の力で作ったものだから大切にする。そういった一連の体験によって子どもたちの成長を助けること。MY FOOTBALL KITの一番のポイントは、そういった教育的な側面なんです」
MY FOOTBALL KITのプロジェクトに教育面でのアドバイザーとして参加している花まる学習会代表・高濱正伸氏は、その時の子どもたちの様子を見て「パーツが組み合わされて立体になっていくことに、子どもたちは単にワクワクするだけではなく、脳を刺激されているのが見て取れる」と言っていたそうだ。まさに教育的効果だろう。その他にも、キットを手にした子どもたちの反応に驚かされることはたくさんあったと内田氏は語る。
「ある企業の協賛で、元プロサッカー選手を呼んでサッカークリニックのイベントを開催した時のこと。元選手の優れたテクニックを見る前にMY FOOTBALL KITの組み立てを子どもたちにしてもらいました。タイとミャンマーの子どもたちも招待したんですが、いつの間にか自然とコミュニケーションが生まれていたんです。だから、その後のゲームでも別に何か言ったわけでもないのに、国籍関係なくみんなが混じり合って楽しんでいたのにはびっくりしました」
SDGsを学んだことがMY FOOTBALL KITの発想の源そもそも、このMY FOOTBALL KITは、どのような経緯で生まれたのだろうか。きっかけは、新卒でモルテンに入社した内田氏が、会社の戦略を考える研修に参加したことにある。
「当時モルテンは、それまでアディダスしか取っていなかった、UEFAヨーロッパリーグという世界的なサッカー大会の試合球契約を初めて勝ち取ったところでした。その後、AFCというアジアサッカー連盟の試合球契約も取り、その勢いに乗ってどのように事業を伸ばしていくべきか、選抜された社員が外部から講師を招いての研修を受けていました。今までにない大きな契約だからこそ、同じようなビジネスモデルではなく、いろいろな可能性を考えるように心掛けました」
内田氏は、この研修で初めてSDGsの概念に触れた。SDGsの17の目標とそれに紐付いた169のターゲットを読み込んでいったとき、世界、とりわけアジアで目にした子どもたちの姿が脳裏に浮かんだ。衣服を丸めてボールにし、裸足で蹴っている子どもたちのためにモルテンができることは何か。それを突き詰めて辿り着いたのが、組み立て式のボールを子どもたちに送って「質の高い教育をみんなに」(SDGsの目標4)を実現し、ボールを作るメーカーとして「つくる責任・つかう責任」(SDGsの目標12)を果たすことだった。
「SDGsと出会うことになった会社の戦略研修では、とにかく自分がやりたいことを目指さないとだめだと教えられました。やりたいことと、できること、求められることをする。求められることには、会社から求められることのほか、社会から求められることも含まれます。この3つが重なり合うところを目指すことがやりがいにつながっていくんです」
内田氏自身、プロのサッカー選手になりたくて大学時代までサッカーを続けていたが、残念ながら夢は叶わなかった。だからこそ、MY FOOTBALL KITにかける思いがある。
「研修の講師の方に言われた、寝ても覚めても考えてしまうようなテーマを目指すようにというアドバイス。私にとってそれはサッカーです。サッカーをしていなかったら今の自分はなかった。サッカーが成長させてくれたという実感はすごくあります。一人ひとりの子どもたちが成長できるようなテーマ、夢を追いかけるきっかけが平等に与えられない世界は嫌だなと思いますし、そんな状況は何とかして変えたい。すべての子どもたちが成長のきっかけをもつことができれば、世の中は変わると思うんです。私は、プロのサッカー選手になる夢を叶えられませんでしたが、だからといって夢がいきなりなくなったわけではありません。サッカーで成長させてもらったからこそ今、当時と同じ熱量でMY FOOTBALL KITという新しい夢に向かうことができています」
企業の事業の延長線上に活用したケースもMY FOOTBALL KITは、ボール1個いくら、何個送ればいくらというような、普通の商品の売買とは異なるシステムで運営されている。企業でも団体でも個人でも、こういうところにこういう形で贈りたいとか、極端なことを言えば贈り先が決まっていなくても、どのような形で取り組みたいかによって、協賛にはさまざまな方法がある。たとえば、水道の工事やトラブルに対応している広島のある企業は、その事業の延長線上でMY FOOTBALL KITを活用しているのだそうだ。
「その企業は、MY FOOTBALL KITをある幼稚園に贈ることにしたんですが、ボールの組み立ての前に、まず紙芝居で水の大切さやSDGsへの貢献について子どもたちに伝えたいという希望がありました。とはいえ、本業とは違うことをするのは慣れていないので、最初の5回は私たちが一緒にやって、感覚を掴んでいただきました。ちょうど先日5回目が終わり、今後は冬に向けてどうするかをお考えになるそうです。このようにMY FOOTBALL KITを、事業の延長線上に置いて、SDGsに企業としてどう貢献しているのかを子どもたちに伝えながら事業を拡大していく。この企業のケースは、会社の仕事とMY FOOTBALL KITが有機的に結びついて効果を生み出している良い事例だと思います」
モルテンは、このようにただ組み立て式のサッカーボールを作るだけではない。SDGsにどのように貢献していくか、企業として社会課題に取り組んでいくかを協賛企業とともに考えている。
「みなさんに共通しているのは、このような支援を単発で終わらせたくないという気持ちがあることです。どこかでイベントをして、花火を打ち上げておしまいというのではなく、持続的にこういった支援を繋げられるような枠組みを作るにはどうしたらいいかというような相談を受けます。一方で、プロジェクトを続けて間もなく2年になりますが、さまざまな課題が見えてきているので、それを解決するには製品なのかサービスが良いのか、考えている途中です。私たちの事業もボールを開発しておしまいではありませんので、期待していただきたいと思います」
MY FOOTBALL KITは、自分で組み立てるのが前提ではあるが、実は視覚に障がいがあっても組み立てられる。内田氏が以前参加した活動では、一番早く組み立てたのが目が見えない子どもだったのだそう。触覚で、穴が2種類、突起が2種類あることがわかったとき、それを繋げればいいのだとすぐに理解したらしい。ブラインドサッカーをしているその子は、指導者に「目が見えるようになることは不可能なんだ。今あるものを最大限に生かすようにしなさい」と言われたことをきちんと胸に刻んでいる。MY FOOTBALL KITにできることは、まだまだ無限にありそうだと感じた。
text by Sadaie Reiko(Parasapo Lab)
写真提供:モルテン
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