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車いすラグビー・池透暢が銅メダルの世界選手権で見つけた、花形プレーヤーとしての厳しさと面白さ

パラサポWEB / 2022年10月31日 9時15分

死力を尽くして、車いすをプッシュし、激しいプレッシャーをかけ続ける――池透暢は、日本のハードワークの象徴だ。10月、デンマーク・ヴァイレで開催された車いすラグビー世界選手権。日本が初めて世界一を獲った前回大会で、名将ケビン・オアーヘッドコーチ(HC)が「影のMVP」と評した池は、今回もエースとして、キャプテンとして、強い日本代表をけん引した。

もう一度、ワールドチャンピオンに

現在、42歳。池が初めてパラリンピックに出場したリオ大会で一度ピークに達した“フィジカルの進化”は、今もなお止まらない。2大会連続の銅メダルに終わった東京大会以降も、地元・高知でトレーニングを積んで体力アップを図る。近年は、車いすの工夫にも注力。一体感を高めてスピードを出すために、お尻の型取りをしたバケット(座面)を使用し、車高を試行錯誤するなどした。

「パリで金メダルを獲得するために、自分たちがやってきたことがどこまで通用するか、何が不足しているかを確かめる大会」

こう位置づけて、池は本大会に臨んだ。優勝がすべてではないが、もちろん連覇を目標に掲げていた。

高さとパスの正確さが武器の池photo by Lars Møller for Parasport Danmark

しかし、大会前、池の障がいクラス分け「3.0」が再評価の対象となることが発覚。懸念されていた「3.5」に上がることなく、大会序盤には従来の持ち点に落ち着いたが「これまでの努力や工夫は何だったというショックもあった」と明かしている。

また、現地でも2戦目で車いすのバケットが割れたり、予選最終戦でストラップが切れたりするなど波乱が続いた。幸い車いすの予備を持ってきており、事なきを得たが、少なからず動揺があったように見えた。

予選は全勝で1位通過

12ヵ国が争う世界選手権は、8チーム出場のパラリンピック以上にタフな戦いが強いられる。この1年、日本代表チームとしても、ライン(コート上の選手の組み合わせ)のバリエーションが増え、ミッドポインターや若手も世界トップレベルに近づいた。「他チームと比べ、ベンチの厚みが日本の強みになっている」とはオアーHCの言葉。とくに控えメンバーだった「池の後継者」橋本勝也の成長は著しく、東京パラリンピックでチーム1プレータイムが長かった池をベンチで休ませることができる目論見もあった。それは、決勝トーナメントの最終局面で、エースの池がフレッシュな状態で強豪と対峙できることを意味していた。

強い気持ちで臨んだアメリカ戦のティップオフ

事実、多彩なラインで戦う日本代表は、強かった。2つにプール分けされた総当たりの予選では、初対戦のコロンビア相手に白星発進し、地元デンマークにオーバータイムの末、勝利。ポイントゲッターのザチャリー・マデルを擁するカナダ、格下のブラジルに連勝した後、今大会で優勝したオーストラリアにも快勝した。プール全勝の1位通過で、別プール4位のニュージーランドに勝利。ここまでは思い描いたシナリオ通りの展開だった。

「全勝は素直に素晴らしいこと。でも、明日からの戦いはここまでの勝利とは関係ない。『崖っぷち』の気持ちで戦う。もうあんな思いはしたくないですから」

準決勝の壁
円陣で選手に語りかける池

池が思い起こすのは東京パラリンピックの準決勝だ。日本が対戦成績で圧倒していたイギリスとの試合で、高いディフェンス力によりロングパスが切り裂かれ、リードを許して流れを取り戻せなかった。日本に対抗心を燃やしていたイギリス戦の前に、キャプテンとして選手たちの気を引き締める行動を起こすべきだったのではないだろうか――大会後も、池は葛藤した。

迎えた準決勝の前日、準々決勝でニュージーランドに勝利した後、「この後、『崖っぷち』でということをみんなと話そうと思っているが、みんなも同じ気持ちを持っていると思う」とした池。「日本代表は(東京大会から)この1年で、ひとりひとりのメンタルをコントロールするスキルが上がっている。頼もしいチームになってきているんです」と落ち着いた表情で語った。今大会の日本代表は東京パラリンピックと同じメンバーであり、当時の悔しさを共有する。実際に、同じ準々決勝後に報道エリアで話を聞いた乗松聖矢も、同じように東京大会準決勝に触れて気を引き締めていた。

アメリカ戦では池が大量のトライを挙げたが……

そして準決勝。対戦相手は3年ぶりの対戦となるアメリカだった。「ワーク、ワーク、ワーク!」。会場の音響に負けないオアーHCの大きな声が鳴り響く。序盤で立て続けにミスを犯した選手たちを鼓舞する声だ。日本代表は第1ピリオド終了時点で3点のビハインド。その後、成すすべなく、点差を広げられて、オアーHCの声が響く光景は、くしくも、東京大会と同じ様に映った。

試合は52対57で終了。敗れたと同時に、日本代表の連覇への挑戦も終わった。

日本から応援に駆けつけた人たちに手を振る選手たち

スターティングメンバーの池は、試合後「全員が必死に取り組んだ結果。勝つぞという気持ちが強すぎて、序盤に空回りしてしまった」と言葉を振り絞った。キーエリア付近で相手ローポインターにひっかけられて転倒するなどし、ボール保持権を相手に渡してしまう場面もあった。車いすラグビーはオフェンス優位の球技で、ひとつのミスが勝敗を分ける。一点差のゲームも少なくない。組織力の高いアメリカ相手に、前半だけで6点差も付けられるのは絶望的だった。

翌日は銅メダルのかかる3位決定戦。予選で接戦を演じたホームチーム、デンマークとの対戦だ。序盤から素早いトランジションでリズムを作った日本は第1ピリオドで4点リード。そのまま点差を保ち、61対57で快勝。見事、銅メダルを手にした。

池はまっすぐ前を向いてこう振り返った。

「いいラグビーができました」

笑顔をのぞかせた銅メダリストは、今大会で得た課題を口にする。

「アメリカ戦では、自分では強い気持ちで臨んでいたつもりだったが、メンタルを一瞬奪われていた。(チームメートの)羽賀(理之)に意見をもらい、周りからはそう見えていたんだと気づかされた。一生懸命やっていた悔しさもあったけれど、そういう悔しさを再認識することができ、自分を成長させてくれると感じました」

パリに向けた課題はメンタリティ。日本は東京大会に加え、その前哨戦と位置づけられた「車いすラグビーワールドチャレンジ2019」でも準決勝でオーストラリアに敗れており、「準決勝の壁」は高くそびえ立つようにも思える。だが、「そんなものはない」と言うようにオアーHCは首を振る。「準決勝が壁と言うより、メンタルの問題。コーチとしては、今もベンチで『ファイト』と声がけをしているし、今後もサポートしていきたいと思う。あと、メンタル面の専門のサポートを用意するかどうか、チームとしてもそういう話しているところです」

さらに、オアーHCは、4年に一度の国際大会を終えた池についてこう言及する。

「スマートであると同時に、ハードにプレーできる池は、強いリーダーシップで日本を世界一に引き上げてくれた。キャプテンはチーム全体のケアをしなくてはいけないから、池の負担を下ろしてあげたい。もし彼が望むのであれば、次のキャプテンを考えるときかもしれません」

銅メダルを手に、同じ所属の橋本(右)とオアーHCを囲む

車いすラグビーは、日本代表歴が最も長い島川慎一が「楽な試合はひとつもない」と言うほど、群雄割拠の時代になった。決勝は、プール2位同士のアメリカとオーストラリアの顔合わせとなり、予選で日本に敗れたオーストラリアが2大会ぶりに優勝を果たしている。

2013年に初めて国際大会で訪れたのがデンマーク。観戦に来てくれた子どもたちとの交流もあった

池は熱っぽく言う。

「他国のレベルの高さに、この競技がますますハイレベルになると思わせられた。そこに『勝たなければいけない』というより、自分たちも、それを超えられるように車いすラグビーから学んで成長し、見てくださってくれる方に還元する。これから車いすラグビーはそんな段階に入っていく。これ以上高めていくのは苦しさも伴うし、厳しさをもって進んでいかなければ、また涙をのむことになる。この競技に人生をかけてやっていく意味を感じられた大会になりました」

10年前、ロンドンパラリンピックの車いすラグビーをテレビで観て、車いすバスケットボールから転向した。当時もスーパースターだったライリー・バット(オーストラリア)とチャールズ・アオキ(アメリカ)はまだ決勝の舞台の中心にいる。「ハイレベルな試合ばかりだから、もう観客として観たいですよね」と冗談ぽく語る池の目には、すでに次に向かう覚悟が宿っていた。

text & photo by Asuka Senaga

key visual by Lars Møller for Parasport Danmark

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