CSRを事業として発展させたサービスたち
パラサポWEB / 2022年11月21日 7時0分
「ユーザーの目が見えない」という前提で、モノづくり、サービスを考えたら一体どんなイノベーションが起きるのだろうか? 先月10月14日に「見える」に関するイノベーションを追求し、視覚障がいに関わる壁を溶かす新規事業創出支援を目的とした「VISI-ONEアクセラレータープログラム」初となるデモデイ(成果発表)が行われた。
これは参天製薬株式会社、特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会、一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーションの3者によりスタートした活動「VISI-ONE(ビジワン)プロジェクト」の一つだ。
今回このデモデイを通してインクルーシブサービス事業の潮流とともに、「見えない」の壁を溶かすイノベーティブなプロダクトやサービスとして採択された6社の事業アイデア、受賞企業の結果を紹介する。見える、見えないに限らず多様な広がりの可能性を秘めた発想はどれも一見の価値あり!
(トップ写真は、足元の振動で道案内するナビゲーションシステム「あしらせ」)
インクルーシブなサービスの市場を最大化させるために必要なこと「特定顧客の課題解決において、ターゲットユーザーはどのような広がりを持つのか?~インクルーシブな事業設計による市場の最大化について~」をテーマに、パネルディスカッションが行われた
東京2020オリンピック・パラリンピックの開催やSDGsの浸透で、以前よりは世の中に認知されているインクルーシブなサービス。しかし企業によっては、未だに福祉事業としての面が強いのが現状だ。市場の中でどのように展開していけば、事業としてより発展し、成り立つことができるのだろうか?
デモデイの審査中に行われたパネルディスカッションでは、ReGACY Innovation Group株式会社の高倉渉氏を司会進行に、参天製薬株式会社の朝田雄介氏、一般財団法人インターナショナル・ブラインドフットボール・ファウンデーションの理事兼事務局長の大坪英太氏、VISI-ONEアクセラレータプログラム アドバイザリーボードの葭原滋男氏が参加し、様々な意見が交わされた。
朝田雄介氏(以下、朝田):私たち(参天製薬)には「Ophthalmology」(眼科医療への貢献)、「Wellness」(健康な目の追求)、「Inclusion」(共生社会の実現)という三つの戦略がありますが、CSRの観点から進めると、なかなか浸透しづらい。福祉の領域かつ障がい、その中でも視覚障がいに絞って事業を進めるのはどうなのか?とも言われますが、(ターゲットを絞り過ぎているようで実は)そうではない、ということを示していかなくてはいけない。今回の「VISI-ONEプロジェクト」のような活動を推進することで、事業の広がりの可能性を示していく、かなりポテンシャルがあると私は思っています。
高倉渉氏(以下、高倉):事業として広がっていけばいいという、理想ですね。今まで体験してきたサービスで、最初のユーザーの理解が足りていないから、最終的にいい結果に結びつかなかった、これはよく考えられているから結果広がっていたというケースなど、今まで体験した中でありましたら教えていただけますか?
葭原滋男氏:バッドケースでいうと、音響式信号機がありました。日中はいいのですが、夜になるとボタンを押しても音が出ないんです。これはどのように改善すべきか、ヒアリングしたり話し合ったりしています。グッドケースは宅配便ですね。視覚に障がいのある人は宅配便の不在票を見ることができず、気付いたら期限を過ぎていて受け取りができなかったということが多かったそうです。そこで当事者の方から「不在票の角に耳みたいなものを付けてみては?」というアイデアを出してもらって、いい方向へ話が進んだものもあります。
高倉:最初の段階での作り込みにいかにユーザーの意見を反映させるか、それが大きな成果に繋がっていくということですね。
大坪英太氏:お互いを理解するためには会話をしていくこと、当事者の方がどう考えているのかを理解するのが重要かなと。相手のことを知るために、自分の経験などを一度リセットして、新たな気持ちでいろいろ聞いてみるのがいいと思います。
朝田:また、今回のようなエクスクルーシブデザイン(個人のためにあるような限られたターゲットに向けたデザイン)は、他の事業へも展開できる可能性を十分持っている。例えば私たちは製薬会社ですが、他の企業と組んだり、今回参加された企業の持つ技術を使えばもっと幅広く展開できるんじゃないのかなと思います。
高倉:異業界への展開によって、いかにその価値があるのか考えるきっかけになればいいですね。
アワード受賞は、株式会社Ashiraseと株式会社GATARI企業6社が視覚障がいに関わる壁を乗り越える事業アイデアの実証成果を発表。各社熱のこもったプレゼンで競われた結果、「ビジネスイノベーションアワード」は株式会社Ashirase、「ソーシャルイノベーションアワード」は株式会社GATARIが受賞した。そのイノベーティブかつ驚きの事業アイデアを紹介しよう。
「あしらせ」/株式会社Ashiraseもっと気軽に出かけたい!足元の振動で道案内するナビゲーションシステム
自動車大手ホンダの新事業創出プログラムから創業したAshirase(アシラセ)が開発した、靴に取り付けることができるデバイスが振動し、視覚に障がいのある人の単独歩行をサポートするナビゲーションシステム「あしらせ」。スマホ専用アプリと器具が結びついていて、目的地を音声入力するとGPSなどで経路を検索し、足の振動で前後左右の道案内をしてくれる。器具はコンパクトなサイズ感で靴にも取り付けやすく、従来の”音声”ではなく足元から“振動”で方向を伝えてくれるのが画期的だ。視覚に障がいがあっても、気軽に旅へ出掛けられる、そんな可能性が広がるアイデアと言えるだろう。
「ビジネスイノベーションアワード」受賞 審査員コメント
視覚を補助するために、感覚を用いてアプローチするという非常に斬新なアイデアでした。また、プレゼンの際に「障がいのある方々と会い、情報を積み上げていけばビッグデータになる。それを社会に還元できる」という大きな未来を考えていらっしゃることもポイントとなり、選ばせていただきました。
代表者の受賞コメント
障がいのある方とコミュニケーションを取ることで、すごく気付くことがたくさんあります。これからもコミュニケーションを取りながらビジネスに活かして、たくさんの事業会社さんが参画してみようと思ってもらえるようなものを実現していきたいです(株式会社Ashirase 代表取締役CEO 千野歩氏 )。
Auris(オーリス)/株式会社GATARI外出するのが楽しくなる、MR(複合現実)技術を使ったプラットフォーム
東京大学発のスタートアップGATARI(ガタリ)は、MR技術を活用したプラットフォームを開発。施設データを活用して、施設内でスマートフォンのカメラをかざすことで、自身が空間のどこに位置しているかを高精度で探知。施設内を歩いて動くと、空間にあらかじめ配置されている音声コンテンツを楽しめる。移動のサポート的な役割とは違った、エンタメ要素の高いサービスは、視覚に障がいのある人の外出において、新たな楽しみが広がる画期的なサービスとなるはずだ。
すでに博物館やテーマパークで導入されているスポットもあるそうで、障がいのあるなしに関わらず、ぜひとも体験してみたいと思わせるサービスだった。
ソーシャルイノベーションアワード受賞 審査員コメント
改めて10年先を見据えつつ、顕在化していない課題も含めて、どうやっていくのかという視点がソーシャルイノベーションアワードの需要だと思います。「Auris」には新たなイノベーション施設を作ったり、また違った情報を提供できるという拡張性も感じました。様々なレイヤーの方々に、10年後のよりよい社会にみなさまの技術が取り込まれればいいなと思います。
代表者の受賞コメント
こういった賞をいただけたことを嬉しく思います。よりよい社会、よりよい未来をより早めることに貢献できればと思います(株式会社GATARI 代表取締役CEOの竹下俊一氏)
他にもイノベーティブな製品やアイデアが勢揃い惜しくも受賞は逃したが、残りの4企業もどれもが自分たちの特色を発揮しており、実証実験を重ね、近い将来に実現するもの、すでに導入されているものまであった。
「Alterly(オルタリー)」/クラスリー株式会社高品質な合成音声読み上げソフトで、視覚に障がいのある人の情報取得漏れを防ぐ
視覚に障がいがある場合、音声のないコンテンツにアクセスした際、新鮮な情報を取得しづらいという課題がある。これはナレーターの人手不足、従来のナレーション収録コストの問題によるものだ。そんな問題を解決するのが、AI技術で言葉をまるで人間のように読み上げるソフト「Alterly」だ。プロの声優やナレーターの声を機械学習したAIオルターが、限りなく人に近い合成音声を自動作成する。
当日のプレゼンテーションでは、二度テキストが読み上げられ、それがAlterlyで作成された音声か、人間が読み上げた音声かを当てるクイズがあったが、どちらが本物の人間の声なのか、聞き分けができないほどのレベルでほぼ遜色ないことに驚いた。
EyeNavi(アイナビ)/株式会社コンピューターサイエンス研究所AIの画像認識技術で、歩行時に役立つ細かな情報を教えてくれるアプリ
視覚に障がいがある人の安全な歩行を支援してくれるiPhone用アプリ。GPSによって現在地を知ることができ、周囲の画像をAIが解析することで右左折の方向や障害物の有無、信号の色、点字ブロックなどを音声で細かに伝えてくれる。手にスマホをずっと持っている必要がなく、ストラップで首にぶら下げて使用できるのも魅力だ。
屋内の誘導は電波発信機(ビーコン)で行っており、将来は施設内での買い物のサポートができるようにアップデートしていくとのことなので、EyeNaviによって自由に買い物を楽しめる日も近いことだろう。
審査員からは、「このアプリを使い、視覚に障がいのある一人旅YouTuberといった存在を育ててみると楽しいのでは?」という興味深い提案も。代表取締役社長の林秀美氏は、「日本全国の施設やお店、観光地などの情報はデータとして取り込んでいて、今後は観光地の情報に特化したものも考えています。近々ですと、伊勢神宮の下宮の道順や歴史の紹介、まわりのお店の紹介などを考えています」と教えてくれた。
「VEMNA」/MAMORIO株式会社健常者と変わらず、自販機の場所を発見し購入できるアプリ
視覚障がいのある方が、一人ではほとんど自動販売機を利用することがない、という事実をご存知だろうか? たとえ、自動販売機を見つけることができ、購入するとしても、何が出てくるか全くわからない「ロシアンルーレット」のようなものだという。
こちらのVEMNA(Vending Machine Navigator Application)は、貴重品の置き忘れや紛失を防ぐスマートトラッカーの近接検知技術を活用し、自動販売機の場所や購入をナビゲートするアプリだ。電波発信機が取り付けられた自動販売機に近づくと音声で知らせるだけでなく、販売している飲料の種類も読み上げてくれる。
日本は世界一の自動販売機大国(全国に約400万台設置)であり、売り上げも年間5兆円と言われている。日本に住む約30万人の視覚に障がいのある方が自動販売機で新たに購入ができるようになると、年間で120億円以上の売上の増加に貢献するとのこと。これは事業としてのポテンシャルもかなり高いアイデアと言えそうだ。現在、ある飲料メーカーの協力を得て、公式アプリ対応の自動販売機数十万台を想定し、2023年の商用化を目指しているとのこと。
shikAI(シカイ)/リンクス株式会社一人でも迷わず移動可能!目的地までQRコードで誘導する音声アプリ
駅の出口や列車、改札、トイレ、駅事務室、券売機など、目的地を選択すると、点字ブロックに貼られたQRコードを読み取ることで、進む方向や距離を音声で読み上げ伝えてくれるiPhone用アプリ。すでに東京メトロの9駅や豊島区の区役所、図書館でも導入が開始されている。
iPhoneのカメラをQRコードにかざすだけで使える簡単さや、「右に〇〇メートル」や「この先は階段で〇〇段下がります」など音声で細かく教えてくれるため、実証実験では参加者から「まるで横にガイドさんかヘルパーさんに付き添ってもらっているようです」と言った感想もあげられていた。視覚に障がいのある方は駅員に介助を頼む時、待つことが多いそうだが、これならもっと気軽に一人歩きがしやすくなるだろう。
また「点字ブロックを使っての可能性を教えてください」との質問に、「点字ブロックは、鉄道機関のみならず、いろいろな場所でかなり広範囲に設置されています。視覚障がい者だけではなく、晴眼者や海外の方も使えますし、さらに発展できると思います」と答えていた。
今回のデモデイで発表された6社の「見えない」の壁を溶かす技術とアイデアは、福祉事業という段階を超え、事業として成り立つ可能性を存分に証明した。そして、視覚障がいに関わる課題を解決するだけでなく、私たちの生活、そして未来にイノベーションを起こすものとなるはずだ。
text by Jun Nakazawa
photo by Takeshi Sasaki
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