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【パラスポーツと教育】大切なのは柔軟な考えと工夫 特別支援学校での車いすバスケ体験

パラサポWEB / 2022年12月2日 7時0分

シリーズ「パラスポーツと教育」では、パラスポーツ・パラアスリートからの学びが子どもたちに何をもたらすのか、さまざまな風景から迫ります。

第1回は、特別支援学校の児童・生徒たちがパラアスリートと過ごした車いすバスケットボールの出前授業の模様を取材。その実践には、教育やインクルージョンを考える上での大きなヒントがありました。

肢体不自由部門をパラリンピアンが訪問
今回取材に伺った東京都立志村学園。開放的でゆとりある空間づくりがなされた校舎が印象的です

2022年5月、パラアスリートが学校を訪問し、児童・生徒たちに共生社会への気づきや学びの機会を提供するパラスポーツ体験型出前授業「あすチャレ!スクール」が、東京都の特別支援学校・東京都立志村学園で行われました。今回講師を務めたのは、シドニー2000パラリンピック車いすバスケットボール男子日本代表キャプテンを務めた根木慎志さんです。

東京都立志村学園は、2013年に開校。軽度の知的障がいのある生徒が企業就労を目指す高等部就業技術科と、板橋区・練馬区・北区を通学区域とする肢体不自由教育部門(小学部・中学部・高等部)が設置されています。

5月に行われた今回のあすチャレ!スクールでは、肢体不自由教育部門の小学部6年生と中学部3年生、高等部2年生、全部で17名の児童・生徒が参加しました。

根木講師のデモンストレーションは大盛り上がり。生徒たちは今回の授業をとても楽しみにしており、自分でつくった写真入りのうちわを持参した生徒もいました

高揚した雰囲気の中、あすチャレ!スクールがスタート。車いすバスケットボールの競技や用具の説明などを聞いた後、根木講師のプレーを目の当たりにします。さっそうと走る車いす、力強い腕で放たれるシュートに皆注目し、シュートが決まると大きな拍手を送りました。

それぞれの状況に合わせて、車いすバスケットボール体験にチャレンジ
生徒たちの障がいの程度は一人ひとり異なり、自力で車いすを動かせる生徒、電動車いすを使っている生徒、身体を動かしたり発話したりするのが難しい生徒など多様です

いよいよ、生徒たちの車いすバスケットボール体験に移ります。普段のあすチャレ!スクールの授業では、車いすバスケットボールの競技用車いすを使ったリレーや、代表の子どもたちによる試合などを体験しますが、肢体不自由の子どもたちが参加する今回は、事前に学校の先生方と根木講師・スタッフで話し合い、別の形式をとりました。生徒全員で同じように試合や体験をするのではなく、子どもたち一人ひとりが自分にあった方法を選べるようにしたのです。

地面におけるタイプのバスケットゴール。キャスターがついており、自由に動かすことができます

今回参加した児童・生徒は、それぞれに障がいの種類や程度、動かせる体の範囲などが異なります。そこで、体育館に備え付けのバスケットボールのゴール以外に、地面に置ける背の低いゴールを用意。ボールは、普通のバスケットボール、一回り小さいバレーボール、柔らかいゴム製のボールから選べるようにしました。「全員に参加して楽しんでもらいたかった」(根木講師)と、一つの方法にこだわらず、それぞれに合った方法を見つけられるよう選択肢を用意することを大切にしました。

小柄な子も、補助を得ながら車いすバスケットボール用の車いすに乗り、シュートを放ちます

体験が開始されると、生徒たちは車いすバスケットボールを体験しようと自ら積極的に前に出てきました。車いすを自分で動かせる男子生徒は、通常の高さのゴールをねらって何度もシュートを重ねます。先生方のサポートを受け、麻痺の重い生徒も競技用車いすに乗って一生懸命漕ぎ、それぞれに合わせて用意したゴールに向かってシュート。根木講師もそれぞれで体験する生徒たちに言葉をかけ、時に補助もしながら体育館を回ります。自分で身体を動かすのが難しい生徒も、介助の方に手を添えてもらいながらボールを投げ、しっかりと授業に参加することができました。

上肢にも障がいがある生徒は、ゴム製の柔らかいボールを活用しました

体験の最後には、通常の高さのバスケットゴールをねらう仲間のシュートをみんなで応援。シュートが入ったときには大きな歓声が上がりました。体験の方法はそれぞれちがっていても、それぞれが心から楽しんでおり、授業には全員で場を共有している一体感があったのが印象的でした。

体験を終えた子どもたちからは、「やってみて楽しかった」「今日は本当にありがとうございました」と充実した時間を過ごせたことへの感謝の言葉が聞かれました。

輝いていた一人ひとりの表情。体験から得たものは

普段から生徒たちをよく見ている先生の目にも、その様子は新鮮だったようです。岡本先生は、授業をこう振り返ります。

「学校には競技用の車いすがなく、今日が初めてのチャレンジとなりましたが、難しくても何度も挑戦する姿や、自分でやってみたいことを見つけてトライする姿などが多く見られました。参加した教員も、「上手だね」と声をかけたら生徒たちがとてもうれしそうにしていたと話してくれました。(障がいが重く)直接言葉で表現することができない子も、競技用車いすに乗ることができた瞬間に表情がぱっと輝き、とても楽しんでいるのだなと伝わってきました。

根木さんと出会えたことも、子どもたちにとって貴重な体験になりました。パラリンピックに出場した選手と実際に会い、一緒にスポーツを体験できたことで、自分たちにもできる、(他のことも)やってみようという気持ちを持つことができたと思います。この経験は、これからの活動にもつながっていくでしょう」(岡本先生)

発話が難しい生徒も、とても良い表情をしていたと先生方が口を揃えます

特別支援教育に長年携わり、2022年4月に志村学園に着任した並木信治校長も、子どもたちが競技を大いに楽しんで体験できたことに感嘆の声を上げました。

「車いすバスケットボールの場合は、プレーする人には中途障がいの人が多い、上半身をしっかり使う競技というイメージがあり、重度の肢体不自由の子が競技体験までするのは難しいのではないかと初めは思っていました。

しかし体験を進める中で、自分から「やりたい」と意思表示していく姿に、私自身も「工夫をすればこんなに体験の幅が広がるんだ」と衝撃を受けました」(並木校長)

競技用車いすに乗って身を乗り出し、自分からボールに触れようとする子どもたちの積極的な姿勢は、スポーツの楽しさをストレートに表現していました。制約がある中でもまずはやってみようとチャレンジしたことは、きっと自信につながったことでしょう。

授業で行うパラスポーツは、もっと柔軟でいい
子どもたちに優しく語りかける並木信治校長

今回のあすチャレ!スクールで重要なポイントとなった、工夫をして子どもたちに合った方法をつくるという視点。この背景には、特別支援学校でのパラスポーツ実践の過程で磨かれてきた考え方と通じるものがあります。

「特別支援学校は、知的障がいのある児童・生徒が多く在籍しており、肢体不自由と知的障がいなど複数の障がいがある子も多くいます。そうした事情から、実はオリンピック・パラリンピック教育が推進される前から、東京の特別支援学校ではハンドサッカーという競技が考案され、よく取り組まれています。ハンドサッカーにはさまざまなポジションがあり、意思表示がボールを投げるという動作に連動するようになっているため、自分で動けるか動けないかに関わらず一つのチームで一緒にプレーできる競技です。

障がいが重い子もプレーできるパラスポーツだとボッチャがありますが、知的障がいのある児童・生徒にとっては、ルールを理解しそれに沿ってプレーするのが難しい場合もあり、東京パラリンピック以前はあまり浸透していませんでした」(並木校長)

ただ、東京2020パラリンピックを契機にボッチャの知名度が大きく上がったこともあり、特別支援学校の中でも取り組む学校が増えたそう。その過程でも、子どもたちに合わせて柔軟に対応する姿勢がポイントになりました。

「楽しめることを大事にして、新しいルールを取り入れるなど、工夫を施した実践が増えました。もちろん大会などでは正式なルールに則ることが前提になりますが、授業であればルールを厳格に守ることよりも、みんなが取り組める、楽しめるやり方を考えて行うことに重きを置くことで、スポーツの楽しさやみんなで一つのことに取り組むよさを感じることができます。特別支援学校で授業に取り入れる場合には、ルールについてはもっと柔軟に考えてもいいのではないでしょうか。オリパラ教育の推進でいろんな体験、知識が蓄積されたことで、こうした新しいチャレンジの幅が広がってきたように思います」(並木校長)

志村学園では、具体的なカリキュラムは検討中であるものの、今後もパラスポーツを子どもたちが新しい挑戦をしていくひとつのきっかけにしたいと考えているそうです。

いろんな工夫をすることが、インクルーシブな社会のヒントになる
一人ひとりが多様であるという前提に立った授業のデザインが、子どもたちの笑顔と豊かな学びにつながります

一人ひとり異なる子どもたちに向き合ってきた特別支援教育の教育実践の中で磨かれてきた考え方は、学校の枠を超えた大きな示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

「本校の教育活動では、『子どもたちの特性に応じた教育をしていく』ということを教職員で共有しています。これは特別支援学校のみならず、どの学校でも大切な視点です。

そして、障がいの種類や子どもたちの背景が一人ひとり異なるなかで、子どもたちに何を伝えていくのかを考えることが、やはり大事です。体育であれば、私は教員に「この子たちにとっての体育とは何だと思いますか?」と問いかけるようにしています。例えば先天的に障がいのある肢体不自由の子どもたちにとっては、自分の体を意識し、動かせる部分を積極的に動かそうとすることや、今まで意識したことのなかった動きに気づくことが自分自身のボディイメージをもつ機会となります」(並木校長)

教科カリキュラムによる枠組みにとらわれず、広い視野で柔軟に考えることは、多くの教育現場で普遍的に求められます。いわゆる「普通校」が大きな割合を占める日本の学校では、パラスポーツは「健常」の子どもたちが「障がい」への理解を深めるきっかけ、というイメージが強いですが、「それがすべてというわけではないんです」と並木校長は語ります。

「人は障がいがあるか、ないか、という二択ではなく、誰しもいろいろな個性を持っていてグラデーションのようになっています。ある一つの競技をみんなで楽しむためにはどんな工夫をすればいいか考えること、その「いろいろな工夫」をすることが大事であり、それがすなわち、「共に社会を築いていく」ということのヒントになっているのです。そうした考えのもと、子どもたちにはこれからも、真剣に取り組み努力している人からメッセージを受け取れる機会をつくっていきたいと思います」(並木校長)

「インクルーシブ教育」という言葉が注目され、教育制度への問い直しが続く今、特別支援学校での出前授業とその背景からは、共生社会の実現につながる考え方と豊かな可能性が感じられました。

あすチャレ!スクールについてはこちら→https://www.parasapo.tokyo/asuchalle/school/

text by Ayako Takeuchi

edited by Parasapo

photo by Haruo Wanibe

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