パラアルペンスキーヤー・三澤拓の原動力を支えた言葉とは?
パラサポWEB / 2022年12月14日 8時32分
パラアルペンスキーヤーの三澤拓は6歳の冬、家族と一緒にクリスマスプレゼントを買いに出かけた帰り道、大型(10t)トラックにひかれて左脚の太ももから下を失った。しかし、三澤は周りの心配をよそに、障がいを悲観することなく目標に向かって突き進んでいった。そこには三澤のチャレンジを後押しした数々の言葉があった。
三澤 拓|アルペンスキーパラリンピック5大会連続出場
1987年生まれ。長野県松本市出身。6歳のときに交通事故に遭い、左脚の太ももから下を切断。8歳からスキーを始める。並行して野球チームにも所属し、夏は野球、冬はスキーの生活を送る。15歳からパラアルペンスキーのナショナルチームに加入。世界で戦うことを見据えてニュージーランドの高校に入学。順天堂大学スポーツ健康科学部卒業。パラリンピック初出場となった2006年トリノパラリンピックでは回転で5位入賞し、以来5大会連続でパラリンピックに出場している。
運動が好きな活発な子どもだった三澤。片足を失ったことを嘆く父親とは対照的に、病院のベッドで聞いた母親の前向きな言葉は、三澤の未来を明るく照らした。
三澤拓(以下、三澤) 病院で左脚を切断する手術をしたあと、僕の母は僕にそのときの状況をこう説明しました。「拓の左脚は天国へ行ってしまったけど、命があるから頑張って生きてってね」。それを聞いた僕は「自転車には乗れる?」と聞き返し、母は「うん、乗れるよ。自転車にも乗れるし、何でもできるから大丈夫」と答えました。幼かった僕ですが、この「何でもできるから大丈夫」という言葉がずっと頭の片隅に残っていたんです。父は「片脚がなくなってしまった。拓の大好きなスポーツができなくなった」と落ち込みましたし、片脚を切断するなんて、まったくポジティブではない状況ですよね。でも、この前向きな言葉があったからこそ、いろいろなことに挑戦できたと思います。
「今振り返ると、母の言葉には何の根拠もなかった。でも、ポジティブになれる言葉をかけてくれたことが僕にとって重要なポイントだった」 まずはやってみる。それが可能性を切り拓く片脚がないことで、それをカバーしようと上半身が強くなり、投げることやジャンプもほかの子たちよりもよくできたという。三澤は、決して大好きなスポーツをあきらめなかった。
三澤 普通に考えれば、片脚ではスポーツができないと想像してしまいますよね。でもそれはあくまで想像であって、実際は何もスタートしていない。実践して初めてスタートなんです。僕は周りから「〇〇ができなくなってしまった」と言われましたが、普通の学校に行って、野球やほかのスポーツも義足をつけてできた。まずはやってみて、たとえそれができなくても、やったことでどうなるのかが初めてわかるわけで、頭の中ですべて終わらせないことは大事なんじゃないかな。やってみたら楽しかった、やってみたらできたということもあるかもしれない。可能性は無限大だし、挑戦してこそ失敗か成功かわかる。知ることでようやくスタートラインに立てる。僕はそれを、身をもって感じています。
「知ることで世界が広がる」と伝える三澤。「たとえば、不幸なことがあっても、僕を知っていれば、これですべて終わりじゃないって思えるかもしれないじゃないですか」 考えあぐねていた留学。背中を押した母の言葉中学3年のときにナショナルチームに加入し、国内大会で優勝も経験。これからは世界だと、英語とスキーを学ぶため海外の高校に進むことを決意。だが、何となく決断できないでいた三澤の背中を押したのは、母親の「いいんじゃない」という一言だった。
三澤 留学先はニュージーランドだったので、夏は学校に通って、空いた時間でスキーを練習し、夏休みになったら帰国して日本代表に合流。そうやって一年中スキーができる環境を作ることができました。もしあのとき母に「あんた英語しゃべれないでしょ」と言われていたら、ここまでの成績は残せなかったと思います。後で聞いたんですが、母は海外に行ってまでスキーをやりたい僕の背中を押したかったそうです。それは僕がしっかりとスポーツに一生懸命取り組んできたからこそだと思います。自分が頑張ることで、周りは絶対にサポートしてくれるんですよね。
英語力が身についたことで、海外の大会でも100%の力を発揮できるようになり成績も上がっていった 「左脚どうしてる?」トリノパラリンピックで5位入賞。ワールドカップでも表彰台に上がり、次のパラリンピックではメダル獲得を確信していた。だが結果は惨敗。以降、だんだんと成績が悪くなり始める。そんな矢先、コンディショニングコーチの鈴木岳.(株式会社R-body代表取締役)と出会う。
鈴木コーチ(左)との出会いは、左脚に可能性を感じていなかった三澤に気づきを与えた三澤 鈴木コーチは当初から「他の人がやるトレーニングと同じですね」と言って、片脚だから特別だという考えは持っていませんでした。そしてあるとき、「左脚どうしてる? 左脚を伸展・屈伸させてみて。内転筋は入るでしょ」と言われたんです。僕は「左脚はない」と説明したんですが、言われた通りやってみたら体幹が入りやすくなって。そうしたらバランス力も上がり体を効率よく使えるようになりました。人間の持つポテンシャルはあなどれないですね。鈴木コーチとトレーニングで、お尻の筋肉や足の裏の力もしっかり使えるようになり、2016年にはワールドカップで2位、翌年も3位と表彰台に戻ってくることができました。
世界で勝つためには、日本一になることなんて簡単でないといけない三澤は、世界で勝つことを見据え、そのために何をすべきかを常にイメージして行動してきた。
三澤 目標を設定することで、必然的に見えてくるものがあると思います。目標は人それぞれ違いますが、例えば、学校のクラスや自分の住んでいる地域で、そこで1番になるという目標があるなら、周りの人たちに勝たないといけないし、ほかの人たちよりも優れていないといけない。だから、僕が持つ「世界で勝つ」という目標を達成するには、日本で勝つことなんて簡単でないといけないんです。目標を持って、具体的にイメージして、何を実践しなきゃいけないかというステップを考えることは大事ですよね。僕が留学したのも、中学3年生で日本一になって、次は世界一だろうと思ったからです。
東京2020パラリンピックの開催が決まったときは、得意なバドミントンで出場を目指すことも考えたそう。だが、世界一になるためにスキーを追求する道を選択をしたナショナルチーム入りから20年。パラリンピックにも5大会出場し、「今が分岐点」と言う三澤。今シーズンはナショナルチームへの選手としての参加は辞退したが、チームの体制作りや後輩を育てる立場として、引き続き日本代表を支えることを決めた。これまでは見えなかった、チームに足りないものは何か、世界一になる選手を育てるためにはどうしたらいいかといった課題が明確に見えるようになり、チームがより良い方向に向かっていくことに楽しさを見出しているという。自身については、「ミラノ・コルティナ大会のことはまだ言えない」と未定だが、いつでもレースに出場できるようにトレーニングは継続している。どの道を選択しようとも、三澤を鼓舞してきた数々の言葉は、今後も彼の道しるべになるに違いない。
2児の子育て中でもある三澤。「後輩を育てたい」と話しつつ、「自分の子どもをまず育てないと説得力がないかな」とも※2022年9月24日に開催されたR-bodyスペシャルトークイベント『片脚スキーヤー自ら切り拓く力―“出来るか出来ないか”ではなく“やるかやらないか”―』より構成しました。
text by TEAM A
photo by Hiroaki Yoda
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