慶大蟹江ゼミ生が見つめる東京オリパラとSDGsの「レガシー」、日本の現在地
パラサポWEB / 2022年12月16日 7時0分
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催から1年が経った。コロナ禍での1年延期、無観客開催という前例のない同大会は日本に何を残したのか。大会が社会に与えた影響について、SDGsの視点から調査を行った慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス蟹江憲史研究室のメンバーにインタビューを行った。
SDGs策定のプロセスにも携わった、この分野の第一人者である蟹江教授の研究会。SDGsそのものを研究対象に企業、自治体とのコラボも行いながら活動を行っている。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の持続可能性に関して、SDGsの観点から、学生主導で分析・評価をする活動を行った。なお、本活動は、慶應義塾大学SFC研究所上席所員の佐々木剛二が指導に当たっている。
<インタビューしたメンバー>
※在籍内容については2022年7月のインタビュー実施当時
西岡浩平さん(慶應義塾大学総合政策学部卒業生)2020年〜2022年にオリンピック・パラリンピック・プロジェクトに参加し、リーダーとして活動。
清水凜太郎さん(慶應義塾大学総合政策学部4年)2022年よりオリンピック・パラリンピック・プロジェクトに参加。同プロジェクトの発信、地球環境に配慮したスポーツのありかたについて研究。
海外留学時に感じたサステナビリティへの意識の違い
西岡さん:僕は、大学3年の時に1年間休学してイギリスに留学したのですが、そこでの経験が大きかったと思います。イギリスでは、一般の人たちの『SDGs』や『サステナビリティ』に対する意識がとても高く、衝撃を受けたんです。
ーーどのようなことがあったのですか?西岡さん:生活の中で『サステナビリティ』に関する話題が出てくるのは、日本より多いなという印象は日々ありましたが、大学にゲストスピーカーとして来られていた企業の方々から聞いた話も大きかったです。『消費者の方々からの働き掛けから始まって、リサイクル業者と提携してフローを整え、サステナビリティに大きく配慮する会社になっていった』といった飲料メーカーのエピソードや、ポリ袋を全く使わないとしたコンセプトのマーケットがあったりと、『消費者の価値観があるからこそ、企業が変わる』といった視点での事例を日本ではあまり聞いたことがなかったので驚きました。
留学以前にはスポーツビジネス関係のゼミに所属していたのですが、今度はサステナビリティやSDGsといった視点からもスポーツをみてみたい、蟹江ゼミのことを知って研究したいと思いました。
アメリカの高校経験で得たボランティア活動とはアメリカ在住時、大好きなサッカーをプレーする清水さん(本人提供) ーー清水さんはどうですか?もともと社会課題への意識などあったのでしょうか?
清水さん:小学生くらいから何となく”同じ地球の中で食糧難の人たちがいる”といったことへの問題意識があって、ユニセフ募金に積極的に参加するなどはしていましたが、当時はそれくらいでした。その後、中高はアメリカに在住していたのですが、高校在学中に参加した「フードパッキング」というボランティアプログラムがきっかけとしては大きいですね。
ーーフードパッキング……ですか?清水さん:はい。これは、学生にとっての必須科目となるプログラムで、授業が終わるとその作業場所に出向き、アフリカや南米に向けて食料を詰めて送るといったサポートをします。このボランティアを1年間続けることで単位をもらえるんです。その頃から大学に行ったらこういうことを学びたいなと思うようになりました。ただ、サッカーをやっていたのでそちらが優先になっていましたが(笑)。
それで、大学2年生になって地球環境に関する科目をとった時に「このままでは水不足や温度上昇で地球があぶないんだ」と意識するようになり、さらに深く学びたいとSDGsの研究会に行き着きました。実は、この時に初めて、SDGsが餓死をゼロにということから環境問題のことまで幅広くカバーしているんだと気が付きました。ここだと全部学べるんだ!って(笑)。
【東京大会におけるSDGs調査について】環境、経済、社会の3領域を質と量の2軸から調査
西岡さん:はい。今回の研究は、もともとは、組織委員会からの委託研究としての「オリンピック・パラリンピック競技大会影響調査(OGI)」が予定されていて、慶應義塾大学もメンバーとして選ばれていたことが発端でした。それが組織委員会の判断で中止になってしまったのですが、『この調査はとてもやる意義がある』といった蟹江先生の思いがあって、研究会の学生主導でやっていこうとなったんです。
環境、経済、社会と3つの領域で検証しました。例えば、環境ですと、水質や気候変動といった評価項目を細分化していった上で、大会開催の前と後のデータからの量的調査とインタビューやフィールドワークなど質的調査の側面からの2軸で行いました。東京2020大会が、日本社会にどう影響をもたらしたのかを研究し、長文のレポートにその成果をまとめました。
ゼミの学友と一緒にフィールドワークも実施(本人提供) ーー清水さんは実際の調査後に参加されたということですが、現在はどのような形で引き継いでいるのでしょうか。清水さん:これまでにまとめた詳細なレポートは、先輩方が卒論としてまとめた研究結果ですが、公な調査報告書という形では発表をしているものではないので、今後その内容をどう発信していくかを話しています。書籍なども案としては上がっていますが、まずは、SNSやWEBサイト上での発信を考えています。
サステナブルな大会を目指した運営施策の成果は?社会へ浸透させるためにはーーサステナビリティやSDGsに注力していくとしていた大会でしたが、その成果はみられたのでしょうか。
西岡さん:全体を通しての話ですと、取り組み自体は様々な施策が打たれていたという印象はありました。環境を例にあげますと、カーボンフットプリント削減を考慮した競技場設計や、一酸化炭素の排出量ゼロを目指した運営であったり、東京湾の水質環境改善を伴うフィルターの施策など、大会を開くにあたっての取り組みが多く見受けられましたし、そこには一定の成果というのもあったと思っています。
一方で、大会が終わり調査をまとめる段階になって、「社会の中でその動きが波及しているのか」と疑問を感じるようにもなりました。やむを得ず無観客開催になってしまったことも背景にはあるかと思いますが、電気自動車や水素自動車などの活用が、市民にどれだけ知られていたのか。精力的に行われていた活動がその後に「レガシー」として、実際にどれだけ社会へ浸透していっているのかという課題感も残りました。
選手村や競技会場では電動車が多数活用された photo by Haruo Wanibe ーー実際の調査をする中で印象に残ったエピソードはありますか。西岡さん:ジェンダーマイノリティについての調査を進めていく中で、フィールドワークとして「プライドハウス東京*」の関係者の方にインタビューさせていただいたことがあります。僕自身は、こうした団体の活動や施設の設立などを通して、(国内における)ジェンダーマイノリティに対する意識が高まった、ステージが上がったのではないかと感じていたのですが、当事者でもある担当の方から聞く中で「もっと社会的な枠組みとしての変化を目指していたが、法改正を含めそこまでの大きな契機にはいたらなかった」という話も出てきました。
留学時代に、初めてそういった背景を持つ友人ができて、その時に「ロンドンではオリパラを機にかなり整備が進んで、大変生活がしやすくなった」と話を聞いていたので、その話とも重なって印象的で、そこは、もっと議論をしていってよいのではないかと感じました。
*東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会期間中に、LGBTQをはじめとするセクシャル・マイノリティの交流・情報発信の拠点として設置された。団体、個人、企業、大使館などの協働プロジェクト
ーー東京大会での取り組み自体の成果はあったということで、それを社会にどう浸透させていくか、研究会として何か考えていることはありますか。清水さん:東京オリンピック・パラリンピックを起点とした発信はもちろんなのですが、それだけではダメだと思っています。というのも東京大会のことは、一般の人たちからするとすでに終わったこととなっていて、もう次のパリなどに視点がいっていると思っていて…。そこはオリパラだけではなく「スポーツとSDGs」という大きな括りできっかけを作っていくのがいいのではないか、「オリパラ×スポーツ×SDGs」で、いろいろな人の関心を起こすような発信をしていきたいと考えています。
ーー具体的にはどういったことでしょうか。清水さん:僕は、個人的にはサッカーがやるのもみるのも好きなんです。それで、今、海外のサッカーチームのサステナブルな取り組みと、Jリーグチームとを比較した卒業論文を書いている中で、調べてみると海外と国内では、SDGsに関する視点が全然違うなと捉えるようになりました。
スポーツチームの社会貢献などの話になると、地域の人との関係性を持つとか、病気の子どもたちを励ますといったことが日本では取り上げられると思うのですが、海外ではSDGsのゴールにもっと直接的に、大きくコミットするような踏み込んだ事例が多いです。
ロンドンのチームを例にとると、再生可能エネルギー100%のスタジアムであるとか、リサイクルはあたりまえの上で食べられるコーヒーカップを導入したりといった、気候変動にダイレクトに関係するような取り組みにすごく力をいれています。
ーーファンにとっても社会にとってもスポーツそのものが「サステナブル」であるために、ということを考え行動しているということですね。 【研究での学びをもとに、未来を見据え行動する】”発信の段階は終わっていかないといけない”
西岡さん:僕はゼミに関わる前、「スポーツビジネス」といった観点で、どのようにお金が生み出されているとか、他の産業との比較だとか、主に興行的なところに注目してスポーツをみていましたが、それだけではないと視点が変わりました。
SDGsに関しては、留学経験を通じて、自分も日本社会に還元できたら、広げていけたら面白いなというところからゼミに所属して、その中で感じたのは、”発信の段階は終わっていかないといけない”ということ。一般の方々が感じているSDGsの現在地と、本来目標とする2030年までのあるべき姿に大きく乖離があるんだとこれまで学び、得てきた経験から考えるところです。
清水さん:スポーツに対して、今までは観るだけ、面白さだけでみていたところがありましたが、社会に与える影響力が大きいんだと感じるようになった。スポーツを通して、人々の感情や考えを変えることができるんだという点でその大きさを知ることができました。
個人的には、普段の環境に対しての思いが高まって、些細なことですけど(ゴミの)分別をしっかりするだったり、バイキング方式でも食べ物を残さないだったり、新品の服を買わずに古着を買ったりしています。「他の人たちは、どれくらい思っているんだろうか」というのが気になっている部分で、そういったマインドが多くの人に広まれば、環境に対して日本人ができることが増えていくのかなと感じています。
SDGsのその先を予想して行動していくーーゼミでの経験や学びを今後どのように活かしていきたいと思っていますか。西岡さんは、社会人となって今感じていることはありますか。
西岡さん:ものごとを多面的にみることの大切さというのは、SDGsのひとつの意義だと思いますので、そこは今後に活かしていきたいですね。今後、2030年が一つのゴールになった後は、SDGsの前身であったMDGsがそうであったように、また新しいものが策定されてくるだろう、そこは本流としては変わらないと思っています。この潮流への敏感さと姿勢を失わないように関わっていけたらと思います。
ーー清水さんは来年から社会人ということですがいかがですか。清水さん:研究会を通して、SDGsがいかに社会に影響をもたらすかということを学んできたので、今後、自分が携わることになる仕事が社会にどういい影響を与えていくかを意識してやっていきたいです。
ヨーロッパでも、SDGsの発信という部分は終わっていて、その後の未来、アフターSDGsといった話が進んでいて、海外は一歩進んでいる印象です。SDGsのあとの未来を予想して、行動していくことが大事なのかなと思っています。
学びのなかで感じたことを真剣に語ってくれた清水さん 「SDGs」という言葉が知れ渡ることが浸透することではないーーSDGsを推進していこうと日本でも動きが大きくなってきていますが、おふたりからみて課題があると感じますか?先程「世界では発信段階は終わっている」といった話もありましたが……。
西岡さん:はい。世界のより先進的な国々に比べて、日本の現在地は遅れているというのはあります。例えば、一般社会の人に「SDGsで何を思い浮かべますかと聞いたら『環境問題』というところが多いですが、SDGsのできた経緯を考えると重きをおかれているのはもっと「人道的」な部分だったりするのではないか。そこが最初に意識として来ていないのではないかと感じています。
海外では、一般的な生活や企業の事業活動の中で、SDGsの視点が落とし込まれている。極論を言うと、SDGsという名前は知れ渡っていなくとも、各議論が活発化されて「あ、これってSDGsだよね」と自然になるのが理想だと思います。
もっとディスカッションを。ひとりひとりが課題をみつけていく清水さん:日本では、課題に対するディスカッションするカルチャーがないのもひとつネックな気がしています。ディスカッションを通して、もっとひとりひとりが、社会に対する課題をみつけていければと思うんです。
それと、世界の中心となる中で共通言語は英語ですよね。やはり英語の教育が浸透し、議論されていることが自分たちでわかる。英語教育に力をいれることで、課題に対するアプローチになるのではないかとも考えています。
日本は人々の行動をもって社会に働きかける文化があるーー課題をあげていただく中で解決策につながるようなお話もいろいろでてきました。他にもまだありますか。
西岡さん:ではもう一つ言わせてください(笑)。日本では、SDGsのあるべき論であったり、行動に関してもこれを「やるべき」と語られていることが多いけれど、”SDGsはひとつのゴールを定めているだけであって、個人や組織がとる行動を制限しない”というのが醍醐味であるはずなんです。ですから、本来はこのゴールに向かって、どういったものがいいんだろうとボトムアップ、私たち一人ひとりの目線でももっと語らっての良いのではないかなって。
なぜなら日本は「もったいない」の精神が世界から注目されるなど、人々の行動をもって社会に働きかけができる文化を持っている。ならば、そこへ向けての働きかけをしていければ、大きなエネルギーとなっていくのではないかと感じています。
大会史上初の延期を乗り越えて、様々な課題に向き合いながら開催された東京2020大会。「多様性と調和」を掲げた大会として、共生社会に向けての意識改革も含めて、その遺産(レガシー)について考えさせられるインタビューとなった。SDGsから学んだ広い視野を持ち、また「スポーツ」の持つ大きな力を信じて行動していくといったお2人の言葉を力強く感じた。2030年、さらにその先の未来に向けての社会変革のために、彼らユース世代の活躍を期待したい。
text by Chizuko Totake
key visual by AFLO SPORT
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