ダイバーシティ経営を成功させた大橋運輸の秘話
パラサポWEB / 2023年1月16日 7時0分
少子高齢化が進む日本において企業の人材確保は喫緊の課題だ。とはいえ、中小企業は大企業と同じ規模の採用活動をするのは難しい。そんな中、近年注目されているダイバーシティ経営とはどんなものなのか? 20年以上前からダイバーシティ経営に取り組んでいるある企業の成功事例とともに紹介しよう。
1.ダイバーシティ経営、ダイバーシティマネジメントとは? 2.なぜ今、ダイバーシティマネジメントが必要なのか? 3.ダイバーシティ経営の成功事例――株式会社大橋運輸(愛知県) 4.ダイバーシティ経営のコツは、経験を重ねてノウハウを溜めていくこと 5.障がいのある人の採用がチーム力を高める 6.ダイバーシティ経営を実現させるためのプラスアルファ 7.ダイバーシティ経営が、社内・社員にもたらしたもの
日本は世界でもダイバーシティ対応が遅れていると言われて久しい。そのため各企業はその対応を求められているが、そもそも企業が取り組むべき「ダイバーシティ経営」あるいは「ダイバーシティマネジメント」と呼ばれる取り組みとはどういうものなのだろうか。
2018年4月から「競争戦略としてのダイバーシティ経営(ダイバーシティ2.0)の在り方に関する検討会」などを開き、その推進を行っている経済産業省では「ダイバーシティ経営」を以下のように定義している。
「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」ここで言う「多様な人材」とは、性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性はもちろん、キャリアや経験、働き方などの多様性も含んだ、あらゆる人材のこと。つまりダイバーシティ経営、ダイバーシティマネジメントとは、こうした人たちが持つスキルや潜在的な能力、特性などを生かすことで生まれた自由な発想を、生産性の向上、自社の競争力強化につなげる経営を意味する。
参考サイト:ダイバーシティ経営の推進(経済産業省より)
なぜ今、ダイバーシティ経営が必要なのか?ダイバーシティは、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標SDGsの「誰一人取り残さない」という観点からも重要とされ、日常生活や学校、地域社会などでも多くの取り組みが行われている。ではビジネスにおいて、ダイバーシティ経営がなぜ必要で、それは生産の向上や競争力強化にどう繋がるのだろうか? 経済産業省では特にダイバーシティ経営の大きなメリットとして、以下の4つをあげている。
(1)プロダクト・イノベーション多様な人材が異なる分野の知識、経験、価値観を持ち寄ることで、「新しい発想」が生まれ、製品・サービス自体の開発改良に繋がる。
(2)プロセス・イノベーション多様な人材が能力を発揮できる働き方を追求することで、製品・サービスを開発、製造、販売するための手段を新たに開発したり、改良を加えたりする創造性が高まる。あるいは管理部門の効率化にも繋がる。
(3)外的評価の向上多様な人材を活用していること、およびそこから生まれる成果によって、顧客や市場などからの評価が高まり、それが顧客満足度の向上や社会的認知度の向上に繋がる。
(4)職場内の効果自身の能力を発揮できる環境が整備されることで社員のモチベーションが高まり、働きがいのある職場に変化していく。
参考資料:「多様な個を活かす経営へ ~ダイバーシティ経営への第一歩~ダイバーシティ経営診断シートの手引き」2019年3月 経済産業省
ダイバーシティ経営は、「取り組まなければならない」と企業に課された義務のように捉えられがちだが、実は企業に大きな恩恵をもたらす「取り組んだほうがいい」ことであるのだ。
ダイバーシティ経営の成功事例――株式会社大橋運輸(愛知県)2021年に新・ダイバーシティ経営企業100選プライムを受賞し、瀬戸市長・伊藤保德氏(写真右)を表敬訪問した鍋嶋社長
ダイバーシティ経営が「取り組んだほうがいいこと」であるとしても、実際に何をしたらいいのか、何から手をつけていいのか悩んでいる企業は多い。そこで今回、ダイバーシティ経営の成功事例として経産省から表彰も受けている、大橋運輸株式会社の代表取締役社長・鍋嶋洋行氏にお話を伺った。
同社は愛知県瀬戸市に本社を置く、地域に密着した中小企業。1998年に鍋嶋氏が社長に就任した当時は、赤字続きの状態だったと言う。しかしそれから約四半世紀。現在では業績がアップしただけでなく、2017年には経産省が表彰する「新・ダイバーシティ経営企業100選」、2021年にも「新・ダイバーシティ経営企業100選プライム」を受賞。2021年の受賞は、中小企業および首都圏以外の都市では初の100選プライムとなった。その他にも、同社はD&IやLGBTQに関する取り組みで成功している企業に贈られる賞を多数受賞するなど、名実ともにダイバーシティ経営を成功させた優良企業に成長したのだ。
同社が行っているダイバーシティの取り組みには以下のようなものがある。
■女性社員の活躍サポート■外国籍労働者の活躍サポート
■高齢者の活躍サポート
■LGBTQ理解への取り組み
■障がいのある人の活躍サポート
■ダイバーシティ&インクルージョンを意識した人事制度
これらは大橋運輸の取り組みのほんの一部でしかないが、実際に行うとなると費用や時間、工数がかかる上、社内の理解も必要なため、多くの企業が導入に二の足を踏んだり運用に苦労したりしている。そんな状況の中で大橋運輸はなぜダイバーシティ経営を成功させることができたのか。
オンラインで取材を受けてくださった大橋運輸株式会社の代表取締役社長・鍋嶋洋行氏「これから少子高齢化の進んだ日本では、ますます人材を確保しにくい状況になっていきます。だからこそ、日本だけでなく世界中から人が集まるぐらい魅力のある会社にならなければならない。ただ、私の考える魅力のある会社は事業規模が大きい会社ではなく、働きやすくて人が楽しく過ごせる職場。そうした職場を作るにはダイバーシティ経営が必要なんです。だから私たちは、世界から注目される魅力ある会社を目指したいと思っています」(鍋嶋社長)
ダイバーシティ経営のコツは、経験を重ねてノウハウを溜めていくこと名古屋で開催されるセクシュアルマイノリティ(LGBTQ)とその理解者(ALLY)のプライドパレード「名古屋レインボープライド」に参加した鍋嶋氏(社員右から2番目)
大手企業とは違い、会社の名前だけでは人材を確保するのが難しい中小企業だからこそ、ダイバーシティ経営が必要だという鍋嶋社長だが、その取り組みは単に形だけでなく、さまざまな試行錯誤を重ね実用的なものになっている。
たとえばLGBTQなどの性的少数者の人が社内で活躍できるよう、採用時はエントリーシートの性別欄を廃止。社内に男女共用トイレを設置し、通称名での勤務を可能にした。また、同性パートナーを配偶者に認定し福利厚生の適用の対象となるよう就業規則を改定するなど、LGBTQの人々がストレスなく働ける環境を整備した。さらに当事者に向けたサポートだけでなく、周囲の人の理解を進めるべく、コンサルタントを招き、LGBTQ理解のための研修も開催している。
「私たちも最初からLGBTQに関するノウハウがあったわけではありません。まずLGBTQの方を一人採用したのをきっかけに、関連するいろいろなイベントに行って当事者の人たちからどういう制度があったらいいかとか、どういうことが嫌かとか、どんどんインタビューをしてノウハウを蓄積していきました」(鍋嶋社長)
やる前から「無理」「難しい」「ノウハウがない」と諦めるのではなくまずは取り組んでみて、失敗やトラブルも経験値として積み重ねていくことで、その取り組みは根付いていくのだという。
障がいのある人の採用がチーム力を高める障がいのある人たちの採用に関しても、互いに働くなかで力を発揮できることもあれば、うまくはいかないこともある。社内の理解も必要で、体制をつくるために最初は企業としてある程度の負担をすることにもなるだろう。だからといって大橋運輸は「採用しない」とするのではなく、「どうしたら採用できるか」を積極的に考えて採用を進めている。その目的は、決して障がい者雇用率を上げるためではない。
「弊社の障がい者雇用率は現在4.3%(2022年10月末時点)ですが、多い時は9%ぐらいあります。私たちは障がい者雇用をチーム採用と呼んでいますが、それは当事者をチームで支えるということと、雇用することでチーム力が上がるということからきています。障がいがある人を雇用した場合、単純な作業だけをしてもらうというケースが多いようですが、それではその人のやりがいは伸びていきません。ですから、これができたら次はこっちの仕事もやってみようとか可能性を広げていくことが重要です」(鍋嶋社長)
たとえば、大橋運輸には天気に詳しい知的障がいのある社員がいるそうだ。彼は毎朝朝礼でその日の天気や日没時間を発表していて、それが業務に活用されている。鍋嶋社長は障がい者雇用を進める中で、できないところではなく、できるところに目を向けて、未来の可能性を信じ続けることによって、仕事の質がどんどん上がっていくということを実感していると言う。
「たとえIQが低くてもEQ(心の知能指数)が高い人はいます。新しいことを始めると最初は否定的な意見も出てきます。しかし、経営側が常に継続的にその取り組みの必要性や目的を発信していくと、社員の知識も深まる。意識を変えるには知識が重要です。そうして発信していけば、経営層や総務、担当部署、現場、それぞれがお互いに支え合ってチームになれるんです」(鍋嶋社長)
また大橋運輸では、障がいのある人たちの家族と定期的にコミュニケーションをとって、困ったことがないか、何か問題がないかを共有している。連休時には社長自ら障がいのある社員と一緒に旅行に行くこともあるそうだ。こうして普段から相談をしてもらえる関係を築くことで大きな問題が起こるのを防ぐことができる。
ダイバーシティ経営を実現させるためのプラスアルファ大橋運輸の社員に配布されたブルーベリー。栄養士の解説付き
ダイバーシティ経営における取り組みを実現させるには、制度を整えるだけでなく、全ての社員を支え、大切にする姿勢を日頃から示すことで、社内の理解や協力を得ることも重要だ。そのためにも鍋嶋社長は普段から社員にとって居心地のいい職場、働きやすい環境づくりとして、健康経営も心掛けている。
たとえば、目にいいブルーベリー、食物繊維を豊富に含んだりんごなどの食材を社員に無償で配布している。食材は体にいいものだけでなく、贈答品などにも使われる「せとか」というみかんや、さくらんぼの王様「佐藤錦」、年末には牛肉や鰻などが配られることも。
「私たち物流の仕事は、デザインや機能で勝負できる商品がありません。物流サービスという価値をお客様に提供しているので、いい人材が必要です。つまりES(社員満足度)を高めないとCS(顧客満足)を提供できるような人材が集まらない。ですから、その一環として現役の時はもちろん、社員が定年後も元気に過ごせるような健康経営に力を入れています」(鍋嶋社長)
いい食材を配るという取り組みは社員の健康維持だけでなく、社員同士が「このとうもろこし、どうやって食べた?」などとコミュニケーションをとる材料になったり、社員の家族とのコミュニケーションにも繋がったりしているという。
ダイバーシティ経営が、社内・社員にもたらしたもの「瀬戸オオサンショウウオの会」と協力し、オオサンショウウオ生息地の河川清掃に取り組む社員
従業員満足度が高まり、社員の働き方や心に余裕が生まれている大橋運輸では地域の社会課題を解決する取り組みも積極的に行っている。たとえば、特殊詐欺の撲滅運動や、終活セミナー、交通安全に関する企画、オオサンショウウオ生息地の河川清掃など、こちらも多岐に亘る。こうした活動は社員からアイデアが出てくることも多いそうだ。
このような取り組みを通して地域と密接な関わりを持つことで、今では地元から愛される企業となっている。
「以前はトラックの運転手というと『おうちゃくい(名古屋弁で乱暴な、やんちゃ)』なイメージがありましたが、社員の意識、質が変わったことで『大橋さんに頼めばなんかやってくれる』と地域で信頼していただけるようになりました。実際に学校で交通安全教室をやったり、地域でSDGsのセミナーを依頼されたりすることもあります」(鍋嶋社長)
大橋運輸のような中小企業におけるダイバーシティ経営の成功はレアケースかもしれない。しかし、鍋嶋社長は中小企業だからこそ、その必要性を説く。
「ダイバーシティ経営はスタートすれば必ず不具合やトラブルが起きると思います。だからといってトップがブレたら人はついてきません。ダイバーシティを諦めるということは、採用を諦めるのと一緒です。大変なことも多いですが短期間で結果を求めるのではなく、長期で考えること。労力確保のダイバーシティではなく、不可欠人材を確保するためのダイバーシティという意識が大切です。トラブルの数だけ改善や学びもあります。大手企業と違って求人応募数が決して多くない中小企業こそ、ダイバーシティ経営が必要だと思います」
鍋嶋社長が今年嬉しかったこととして話してくれたのが、福井県の高校新卒の女性の採用に関するエピソード。彼女は就職するにあたって、1年も前から遠く離れた大橋運輸の地域活動やダイバーシティ経営のことを調べ、この会社で働きたいと採用に応募してくれたそうだ。地元にも多くの企業がある中、大橋運輸を選んでくれた彼女と一緒に会社にやってきた母親が、「娘をお願いします」と言ってくれた時には、本当に嬉しかったと鍋嶋社長。その他にも海外から「社会課題に対する取り組みをしている会社」として採用への応募があるという。鍋嶋氏の社長就任から約25年。コツコツと蒔いてきたダイバーシティ経営の種が花開き、愛知県の枠を越えて世界から注目されているようだ。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock
写真提供:大橋運輸
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