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戦力として障がい者雇用を成功させるには?

パラサポWEB / 2023年2月13日 7時0分

D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)という概念は企業を中心に浸透しつつあるが、障がいのある人の雇用に関しては、「義務だからとりあえず雇用している」といった、ネガティブな意識も相変わらず根強い。多様な人材を雇用することで企業も、もちろん雇用される障がいのある人も、双方がWin-Winの関係になるにはどうしたらいいのか。その現状と課題について、日本財団で障がい者雇用の問題に取り組んでいるお二人にお話を伺った。

ダイバーシティ採用とは? 基礎知識と実施のメリット

まず「D&I(Diversity & Inclusion)」とは、Diversity(多様性)とInclusion(包含)を&(and)で繋げた概念。つまり、多様性を認め、それを活かそうという取り組みだ。ビジネスの場で言及される場合には、国籍、性別、年齢、障がいの有無を問わずさまざまな背景の人材を取り込めば、企業などの業績アップ、成長に繋げることができるというメリットが語られる。

このダイバーシティが人事用語として脚光を浴びるようになったのは、1980年代前半のアメリカだった。経済が停滞する中で、女性やマイノリティの人種・民族などさまざまなプロフィールを持つ人材を雇用しないと企業は生き残っていけないという危機感から、ダイバーシティを推進することの重要性が認識されるようになった。

ただ、ここで確認しておきたいのは、ダイバーシティというと、とかく上記の国籍、性別、年齢、障がいの有無といった、目に見える表層の多様性に視点を置きがちであること。しかし、多様性には居住地、家族構成、未婚・既婚、趣味、パーソナリティといった目に見えない深層の多様性といった側面があることも忘れてはいけない。ダイバーシティの推進を語る上では、自分たちがどのような状態を目指しているのかによって、表層の多様性を受け入れるのか、深層の多様性に注目するのかは変わってくるだろう。

障がい者雇用に関するダイバーシティの現状
日本財団公益事業部付シニアオフィサー 竹村利道氏

本記事では、障がいの有無に絞って企業などの組織が障がいのある人を雇用する際の課題について、今の日本でのダイバーシティ推進の現状を探ってみたい。アメリカでダイバーシティが注目されるようになって約40年がたった今の日本で、果たしてどれだけ障がいのある人の雇用が進んでいるのだろうか。現在日本の企業、国・地方公共団体には一定の障がい者雇用率というものが定められ、その率に応じた人数以上の障がい者を雇用しなければならないとされている。そう聞くと、障がいのある人にとっては良い環境が整えられているように思えるが、辛口の見方をしているのが、日本財団で障がい者の就労を支援する「日本財団はたらく障害者サポートプロジェクト」にシニアオフィサーとして関わっている竹村利道氏だ。

「私は以前、ある会社の社長に“障がい者雇用率がなければ、御社は……”と質問しようとしたとき、言葉を遮るようにして“雇用しません”と言われたのが強く印象に残っているんです。我が国では一般企業で約60万人の障がいのある人が雇用されていますが、私の主観的な肌感覚で言えば企業の98%は障がい者雇用をやりたくてやっているわけではない。コンプライアンスのために、一流企業であればあるほど非難されることを避けるために、代行ビジネスを使ってでも“うちの会社は雇用率を守っています。D&Iを進めていますよ”と言うために取り組んでいるように感じます」(竹村氏)

代行ビジネスとは、障がい者雇用率を達成したい企業(以下Aとする)が、雇用請負会社(以下Bとする)と契約して、障がいのある人の雇用を代行させるというもの。障がいのある人はAに属し、Aの社名が書かれたビブスを着ているものの、実際はBのマネジメントのもとでAの本業とは関係ない農業などに従事するという仕組みになっている。賃金が支払われているとはいえ、Aから戦力と思われていないのだから、当事者である障がいのある人の勤労意欲は失われるのも当然だろう。竹村氏は、この代行ビジネスの存在を問題だと感じていたが、先ごろ国会の厚生労働委員会ではこのような障がい者雇用ビジネス、いわゆる代行ビジネスを利用した雇用率達成が当たり前になってはいけないという方針が確認されたのだという。竹村氏にとっては「ようやく、やっと」という思いだそうだ。

ダイバーシティ採用における企業の課題とは
日本財団特定事業部インクルージョン推進チーム 内山英里子氏 障がい者雇用を推進する注目の企業ネットワーク組織

企業におけるダイバーシティ推進への取り組みには、まだまだ問題があるといえそうだが、一方で企業CEOの主体的な行動を促すという意味で注目されるのが「The Valuable 500」(V500)。2019年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で発足した、障がい者インクルージョンを目指す世界的規模の企業ネットワーク組織だ。日本財団が連携して企業の加盟を進めた結果、発足から約2年半の2021年5月に500社の加盟を達成。うち53社が日本の企業で、この数はイギリスに次いで2位だそうだ。日本には意識の高い企業があることも示されていると言える。この連携を始めとして、障がいとビジネスに関連した事業に関わっているのが内山英里子氏だ。

「V500の加盟条件は、(1)CEO自身がコミットして署名をすること、(2)取締役会等の役員レベルの会議に必ず障がい者に関する議題を入れること、(3)障がい者のインクルージョンに関するアクションを設定し、自社が取り組むアクションについて社内外に発信すること、の3つしかありません。参加条件はかなり緩いのは事実ですが、障がいのある人の雇用に加えて、障がいのある顧客を対象とした製品・サービスの開発など、障がいとビジネスという視点から、経済面に着目した取り組みであることが特徴です。

ただ日本国内では、やはり障がいのある人の雇用についての議論が多いですね。日本企業の障がい者雇用は欧米に比べて遅れているように思われがちですが、一方で私自身が日本の企業を回っていく中で感じているのは、アメリカなどでは福祉の世界でしか生きていけないような重度の障がいがある人も、日本では企業が雇用しているということ。そういう良い傾向はグローバルに発信していけますし、一方で批判的に議論されることが多い特例子会社(障がいのある人の雇用を促進し、安定を図るために親会社によって設立された子会社)の制度はグローバルな文脈の中で批判されることが多いですが、そうした日本の障がい者雇用の良い面は日本からも積極的に議論できるようになっていくといいと思います」(内山氏)

昨年11月18日には、V500に加盟する日本企業や外資系企業の日本支社の代表者による会議が開催され、V500会長のポール・ポルマン氏(元ユニリーバCEO、国連グローバルコンパクト副代表)が講演を行った。

「ユニリーバはサステナブル経営で12年間連続で世界1位を継続している会社ですが、元CEOのポルマン氏は著書でも企業の経済的な成長と社会的価値の創造は両立できると言っています。株主の利益だけではなく、すべてのセクターにいる人のウェルビーイングを向上させるような企業が持続的な成長に繋がるんだということを、企業が改めて認識する必要があるんだと思います」(内山氏)

“合理的配慮”を超えて、人として当然の配慮を持つ

竹村氏、内山氏は、それぞれ関わるプロジェクトによる立場の違いはあるが、現代日本の企業におけるダイバーシティ、障がいのある人の雇用に関してはどのようなことを課題と捉えているのだろうか。

「私が一番伝えたいのは、当事者に関してです。パラリンピックの父、ルードウィッヒ・グッドマン博士は『失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ』という言葉を残しました。手や足が動かせなくても、口が動くのだったらなぜアナウンサーを目指さないのか。自分に能力があることを示せば、企業は雇用率の数合わせのために雇わないはず、引く手あまたになるはずなのに、なぜそこを目指す人がこんなにも少ないのかと思います。社会、企業が変わるだけでなく、当事者も変わっていかなければ、本当の意味でのD&Iは生まれないのではないでしょうか」(竹村氏)

確かに納得できる発言ではあるが、障がいのある人を取り巻く環境、周囲にいる人が彼らに能力を発揮できない場を作り出している側面もあるように思うがどうだろうか。

「私のチームではコロナ禍が始まってから2年にわたって、いろいろな障がいのある人と一緒にリモートで働くというワーキンググループの取り組みをしてきたんですが、正直大変なことが多かったです。一緒に働くことの価値を見いだすというより、何が合理的配慮なのか、どこまですればいいのかがわからなくなってしまって、配慮が過度になって負担になり、結局は私たちの側が疲弊してしまったこともありました。障がい者インクルージョンというのはきれいごとではないんだなということを実感しました」(内山氏)

合理的配慮とは、障がいのある人が、障がいのない人と平等な権利を行使できるように、何かしてほしいという意思が伝えられたときに困りごとや障壁を取り除くように調整することだ。内山さんは、例えば電話では言えることが、対面で相手に障がいがあるのを目にすると思い通りに言えなくなってしまったり、ペットボトルひとつ手渡すにしてもどこまで配慮するべきかわからなくなったりして、結果疲弊してしまったのだという。

「内山さんの今の話を聞いていて思ったのは、もっとみんな障がいのある人に言いたいことを言えば良いじゃないかということです。障がいのある人が合理的配慮として権利を主張するなかで、だんだん“障がい者は面倒くさいから、関わらなくて良いならできれば関わりたくない”って言い出す人が増えてしまう。ここ50年ぐらいでそういう社会になってしまっているんです。そろそろ、そういう配慮は社会人の範疇ですればいいと気づく人が出てきてもいいのではないでしょうか。言いたいことはきちんと言い、時にはぶつかっても良いじゃないかと私は思いますけどね。“私が必要でしょ?”“あなたが必要なんだよ”という関係を作れずに、お互いに疲弊してしまうというのは本当にもったいないですよ」(竹村氏)

法的義務ではなく、戦力として障がい者雇用を成功させるためのポイント
可能性を閉ざさず、サポートする

障がい当事者に“立ち上がれ”、企業に“もっと本音でぶつかれ”という竹村氏の言葉は、いわゆる合理的配慮からは一見逸脱しているようにも思えるかもしれない。しかし、私たちが障がいのある人に対して知らず知らずのうちに作っている見えない壁を越えるには、ドラスティックな思考の転換も必要なのかも知れない。

「合理的配慮を主張する出発点として語られるのは多くの場合“権利”だと思いますが、そろそろ“権利”を“義務”に言い換えてみてはどうでしょうか? 日本国民の“義務”には“勤労”“納税”“教育”があります。“私たちは、勤労の義務を果たすためにアナウンサーになりたいから学校に通いたいんだけれど、入り口に段差があって通学しにくいのでこうしてください”と言えばいいんです。そういう権利=ライツの交渉から義務=デューティの交渉へ。ぜひパラアスリート、パラリンピアンからも能動的に“そろそろ我々も義務を果たそうぜ”ぐらいの言い方で発信していただけるといいなと思います。」(竹村氏)

権利を義務に置き換えることは、やってあげる人(障がいのない人)とやってもらう人(障がいのある人)の関係の転換にもなりそうだ。ただ、義務を果たすという意識を持つには、障がいのある人が可能性を閉ざさないよう、支援する側がテンプレートを押し付けないようにすることが重要だと竹村氏は指摘する。

「僕たちは小さい頃、親に訊かれましたよね? “大きくなったら何になりたい?”って。でも、おそらく子どもの頃から障がいがあった子たちは訊かれていません。親は子どもに期待することなく、“この子はどこの入所施設に入って、そのあとはどこどこへ……”と、親や福祉関係者が“あなたはこのぐらいが適切だからね”というテンプレートを押し付けているんです。当事者に近い人たちは悪気なく“できない”と決めつけていますが、“もしかしたら、できるかもしれないね、結果できないかも知れないけれども”という関わり方と、“あなたはできないからこうしましょうね”という関わり方では雲泥の差です。“自己肯定感のないまま就労支援施設に行く”→“十分に可能性が伸ばせないまま就職する”→“障がいのある人は使えないと言われる”……この負のスパイラルがずっと続いています。実は僕は以前に調査したことがあるのですが、パラアスリート、パラリンピアンで活躍している人はほぼ福祉との関わり合いがありませんでした。障がいのある人はこうだというテンプレートを押し付けられなかったから、そういう道に進むことができたのだと言えるのではないでしょうか」(竹村氏)

親が無意識に良かれと思ってやっていることが、障がい当事者の可能性を阻む壁になっていることがあるように、企業においても障がいのある人を雇用すると、どうしても自分たちのイメージによるテンプレートを押し付けがちだ。まず、こういった思い込みを手放すことが、障がい者雇用を成功させる第一歩ではないだろうか。

ちなみに日本財団は、海外では障がい者雇用の推進にどんな取り組みをしているのか、海外の障がいのある人への支援事業も担当している内山氏に聞いた。

「日本財団は、海外では東南アジア地域を中心に高等教育の支援や就労支援に力を入れてきました。ただ、就職が上手くいかない、或いは就職後に他の人と同じように力を発揮することができない要因は、初等中等教育段階の基礎能力の欠如であることも多いです。そのため、幼少期から就労に至るまでの一貫した支援が必要ではないかと思います」(内山氏)

“障がいのある人のため”が“全ての人のため”になる

海外の支援の話が出たところで、グローバルな視点でさらに今後の障がい者インクルージョンの展望を内山氏に語っていただこう。

「今までは、社会の課題解決というと行政か国の責任として語られていた部分が大きかったと思います。しかし、現在ではたとえば気候変動の問題のように、企業自身が重要な役割を担っていくと良いのではないでしょうか。企業が環境問題に取り組むことは今では当たり前になっていますから、障がい者雇用に関しても気候変動と同じ流れでメリットを感じながら進めていけると良いと思います。

私自身、障がいのある人と一緒に働いた経験は大変なこともありましたが、一方で多くのメリットや価値を感じることもできました。例えば、障がいのある人のために対応したことが、結果すべての人にとって効果的に働いたということがあったのも事実です。障がいのある人の雇用だけではなく、障がいのある人のための商品開発やサービスの提供が、結果的に高齢者を含めたすべての人に良い効果をもたらすこともあって、企業としてもメリットになります。また、少し視点は変わりますが、重い障がいのある方と一緒に仕事をすると、自然とかなり本質的な深いところまで話がいくようになるんですね。すると結果的にチーム力も上がり組織力も向上していく。そういう付加価値もあるなということにも気づかされました。せっかく一緒に働いているのですから、本音で議論できないともったいないぐらいの意識が浸透していくといいなと思います」(内山氏)


以前から、障がいのある人との関わりにやってあげる・やってもらう関係では対等な関係性は生まれないだろうという漠然とした違和感があった。しかし、対等な関係性はどうしたら築くことが出来るのかがわからなかったのだが、竹村氏、内山氏のお話を伺って何となく答えが見つけられそうな気がした。本当に心の底から自然に同じ人として共に生きていくこと。意識せずにそうできるように努めていきたい。

text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)

photo by Shutterstock

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