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料理写真が一枚もないグルメガイド。なぜ?

パラサポWEB / 2023年2月24日 7時0分

新しい発想や視点で社会を良い方向に導くクリエイティブアクションを表彰する『NOVUS FUTURE DESIGN AWARD』で、2021年度の最優秀賞を受賞した「画のないグルメガイド」。グルメガイドにもかかわらず、料理の写真を一切掲載しないというユニークな試みに挑戦した一冊なのだが、それもそのはず、制作に携わるのは視覚に障がいのある方たち。彼ら彼女らだからこそ感じ取れる「見えないからこそ見える美味しい世界」を料理の写真に頼ることなく伝えることで、読者の想像力を掻き立てようとしている。

では、こうした型破りなアイデアはどのようにして生まれることになったのだろうか? プロジェクトを手がけた北浦俊さんと大川将平さんに、制作のきっかけやガイドブックの個性となっている視覚に障がいのある方ならではの感性などについて話を伺った。

写真がなくとも、まるで目の前に料理があるかのように膨らむ美味しいイメージ
それぞれの飲食店のページには、料理が乗る器と、「あじ」「かおり」「しょっかん」「ふんいき」「ひとがら」の5つの項目に分けてレポートされた紹介文しか掲載されていない

失明や視覚障がいに対する意識向上と啓発を目的に制定された「世界視力デー」(毎年10月の第2木曜日、2022年は10月13日に該当)に合わせてリリースされた「画のないグルメガイド」。親しみやすい街角の名店からミシュラン受賞歴もある本格店まで、渋谷区内にある美味しい飲食店を紹介する“グルメガイド”を謳っているのだが、ページをめくっても料理の写真はどこにも出てこない。載っているのは、空の器と紹介文だけ。従来のグルメガイドのイメージで読むと、なんだか拍子抜けしてしまう。

しかし、よくよく読み進めていくと、料理の写真がないからこそ、想像をかきたてられる不思議なグルメの世界が広がりはじめる。例えば、ハンバーグ専門店「ゴールドラッシュ」のハンバーグでは、目の前に運ばれてきたときのお肉がジュワーと焼ける音と香りを「厨房まるごと、運ばれてきたのかと」と表現し、口にする前の美味しい予感を漂わす。また、ビストロフレンチの「渋谷ワイナリー東京」で提供される煮込みでは、ナイフを使わずとも切れるほど柔らかいお肉を「噛んで溶けて、噛んで溶けて、噛んで溶けて」と繰り返し表現することで、その食感や舌触りをイメージさせる。

これらの印象的な紹介文と空の器をセットに料理を想像すると、まるで目の前にその料理があるかのようにイメージが膨らむのだ。そんな話をこのグルメガイドを手がけた北浦俊さんと大川将平さんにすると、お二人からは「まさに狙いどおりのリアクションで嬉しいかぎりです」という言葉が返ってきた。

「『画のないグルメガイド』を作ったのは、東京2020パラリンピックのメダリストや全盲のシンガーソングライターなど、バックグラウンド豊かな12名の視覚障がい者の方たちです。彼ら彼女らは料理の姿が見えない分、身体中の感覚を目いっぱい広げて、見た目の奥にひそむ香りや食感、味わいをキャッチしています。そうした見えないからこそ、目の前の美味しさにしっかり向き合おうとする視覚障がい者の方たちならではの特性を生かして、読者の方たちに『どんな料理だろう?』と想像してもらうのがこのグルメガイドの狙いなんです」(北浦さん)

一度は頓挫した企画を粘り強く練り直し、社会課題の解決のアクションとして実現
「画のないグルメガイド」の発起人である北浦俊さん(左)と大川将平さん(右)

そもそもきっかけは、広告会社に勤める北浦さんと大川さんが「視覚に障がいのある人ならではの食への感受性をグルメガイドづくりに生かしたい」との想いから、社会課題の解決につながるアイデアを募る『NOVUS FUTURE DESIGN AWARD』に応募したことから始まっている。

北浦さんは学生時代に色覚障がいの友人と焼肉を食べに行った際、肉がちゃんと焼けているのかを確認するために肉を凝視しながら食べている友人の姿を見て、「視覚に障がいのある方たちはここまで繊細に食に向き合っているんだ」と強く思った原体験があったという。以来、そうした視覚に障がいのある方たちの食への集中力を生かした企画を立案できないかと温め続けていた。

実は以前にも二人は若手広告マン向けのコンペを通じて、今回の原型となる企画を世に送り出そうとチャレンジしたこともあったそうだ。ところが、そのときは残念ながら不採用に……。しかし、自分たちの企画の可能性を信じ、どうしても諦められなかった北浦さんは、視覚に障がいのある方たちが集う協会へアポなしのドアノックを決行し、彼ら彼女らに意見を求めた。

「途中段階の企画を見てもらい、数名の方たちと食事にも行かせてもらいました。すると、当事者の方たちからも企画の面白さを評価してくださる声が集まり、企画の勘所であった食事の感想にもユニークな表現が返ってきたことで、やはり企画の方向性は間違っていなかったんだと確信できました。しかし、それと同時に、これまでの企画では想像の域を超えられていない内容も多く、リアリティが不足しているという弱点も見つけることができました。実際に視覚に障がいのある方たちと意見を交わしながら食事をさせてもらったことで、『見た目への先入観がないから、きちんと味わっている』『視覚からのヒントがないからこそ、積極的に味を探しにいける』といった実情を知ることができ、企画へ生かすことができたんです」(北浦さん)

その後、北浦さんは「いま一度、この原石を磨いて世に送り出してみないか」と大川さんを誘い、『NOVUS FUTURE DESIGN AWARD』に応募。以前のコンペとは違い、リアリティのある言葉で企画を紡げたことにより、見事、最優秀賞を受賞。渋谷区を舞台にそのアイデアが実現されることになった。

この企画のために生まれてきた、グルメガイドの主人公・岩田朋之さんとの出会い
今回のグルメガイドでレポーターを務め、プロジェクトのキーパーソンにもなった岩田朋之さんは、ロービジョンフットサルの日本代表強化指定選手。指導者としても、視覚障がいや知的発達障がいのある子どもたちにサッカー教室を開催

制作にあたっては、全盲のシンガーソングライターやグルメ好きな会社員、小学生YouTuberや東京2020パラリンピックメダリストなど、多種多様な視覚に障がいのある方たちがレポーターを務めてくれたが、なかでも中心的な役割を担ってくれたのが、ロービジョンフットサル(弱視者一人ひとりの異なる視力や視野を生かし、お互いを補い合いながらプレーする5人制フットサル)の選手として活躍する岩田朋之さんだ。

岩田さんは生まれも育ちも渋谷区で、ソムリエを目指して勤務していた26歳のときにレーベル病を発症し、急激な視力低下で視覚に障がいのある生活を送ることとなった。務めていたお店も辞めざるをえず、悶々とした日々を送っていたそうだが、ロービジョンフットサルに出会ったことで、一筋の光を見出し、現在はロービジョンフットサルの日本代表強化指定選手としてプレーしている。二人が「画のないグルメガイド」の制作で協力を仰ぎにいくと、岩田さんからはこんな言葉が返ってきたそうだ。

「『自分はこの10年間、障がいと向き合えないまま内向きな日々を過ごしたり、そこから立ち直った後も目の見えない人たちの社会的な立場をアップデートするために何ができるかと考え続けても答えが出せずモヤモヤしたりと、すごく苦しかった。でも、お二人からこの企画の話を聞けて、本当に嬉しかった。ソムリエの夢も諦め、もうかかわることはないだろうと思っていた食の世界に、こんな思わぬ形で再会できるとは夢にも思っていなかった』と喜んでくださったんです」(北浦さん)

「しかも、岩田さんは渋谷区で生まれ育ったにもかかわらず、視力が落ちていくにつれて、未来ある若者たちであふれ、目が見えないことを後ろ向きに感じさせる渋谷という街がどんどん嫌いになっていってしまったそうなんです。ところが、この企画の話をさせてもらった帰り道に『目が見えなくなってから、初めて渋谷がいい街だと思えました』とおっしゃってくれて。取材中にも『僕はこの企画と出会うために生まれてきたのかもしれない』なんてロマンチックな言葉をポロッと口にしてするもんだから、何があってもこの企画は良いものに仕上げないといけないと思いました」(大川さん)

偶然にも「渋谷」「グルメ」「視覚障がい」と、今回の企画におけるあらゆるキーワードがピタリと一致した岩田さんとの巡り合いにより、グルメガイドの制作は一気に活気づく。自身がグルメレポーターを務めるだけにとどまらず、参加したグルメレポーターのほとんどをパラアスリートの人脈や運営するサッカー教室のコネクションから紹介してくれ、取材にも一緒に同行してその場を盛り上げるなど、一役も二役も買って出てくれたそうだ。二人はその様子を「企画の発起人は僕らですが、主人公は間違いなく岩田さんでした」と振り返る。

こだわったのは、レポーター一人ひとりのパーソナリティが垣間見れるクリエイティブ
ピッツァ・ダイニング「GOOD CHEEZE GOOD PIZZA 渋谷」でピザを頬張る小学生のグルメレポーター、氏家緋音さん

また、グルメブックのクリエイティブにおいて二人がこだわったのは、レポーター一人ひとりの食感覚を個性あふれる言葉で表現することだ。例えば、小学生のレポーターであれば、「すっごく、すっごく、チーズ!」「目の前にマンゴー」「エベレストみたい!」といった、子どもらしいストレートな表現もあえてそのまま起用することで、元気いっぱいな様子が伝わるように工夫している。

「美味しい飲食店や料理を紹介することだけが目的なのではなく、それを伝える視覚に障がいのある方たちのパーソナリティも垣間見れるグルメガイドにしたいと考えていました。美味しさやそれを表現する言葉の優劣よりも、視覚に障がいのある方たちらしいユニークな言い回しを大事にしたかったんです。そのため、制作中はいかに既存のグルメガイドと違う魅力が発信できるかを常に模索していました」(大川さん)

その最たる例が、料理の美味しさを表す「あじ」「かおり」「しょっかん」に加え、「画のないグルメガイド」らしい持ち味として採用した「ふんいき」と「ひとがら」の2つの評価軸だ。とある取材をきっかけに、「これこそが僕らの求めていた、既存のグルメガイドにはない切り口だ」と二人は確信する。

「パラ水泳選手の富田宇宙さんと『LE BOUCHON OGASAWARA(ル ブション オガサワラ)』というフランス料理店を訪れたときに、富田さんが『料理に合わせてテーブルにもヨーロッパ風の装飾が施されていますね。BGMにも晴れた日のフランスの通りをイメージさせる明るい音楽が使われていますし、ちゃんと料理が美味しくなるような“場づくり”をしてくださっている。メニュー説明をしてくれた店長さんからも気取らない、自然な優しさが感じ取れました』とコメントしてくださったんです。僕らはそうした情報をなんとなく無意識下で受け取っているんですが、目の見えない人たちはそれらをお店の気遣いや心遣いとして、ちゃんとキャッチしているんだとハッとさせられました」(北浦さん)

富田宇宙さんがグルメレポートした「LE BOUCHON OGASAWARA」の紹介ページ

料理の美味しさはもちろん、お店で過ごす時間も楽しもうとするからこそ、お店の雰囲気に意識が向き、メニューが読めないからこそ、注文時の店員さんとの会話から素敵な人柄を感じ取る。そんな視覚に障がいのある方ならではの視点は、グルメガイドとして斬新なだけでなく、それを読んだ読者に心温まるエピソードとして追体験させてくれる。コンセプトの面白さだけでなく、読み物としてもちゃんと面白い点も、多くの読者を惹きつける「画のないグルメガイド」の魅力なのだ。

事実、2022年10月13日のリリース以降、掲載店からは「グルメガイドを読んだ方々がお店に食べにきてくれました」といった反響が、視覚に障がいのある方たちからは「第二弾をリリースするときは、私をレポーターに起用してください」といった嬉しい声が届き、テレビや新聞などのメディアからも多数の取材を受けているという。「予想以上の反響で正直驚いている」というのが二人の本音のようだ。

今後の展開について尋ねると、第二弾のリリースはまだ未定だが、「多様性を育む渋谷区ならではの企画として、他の自治体や企業でも実施してもらえるようなプロジェクトに育っていってもらえれば」と抱負を語ってくれた。

障がいというと、それが不利に感じられ、時には健常者との違いに悩まされることもあるかもしれないが、「画のないグルメガイド」はそうした違いを表現上の魅力へと変えてくれる素晴らしいプロジェクトだ。視覚に障がいのある人たちも「役に立てた」と希望がもて、目の見える人たちも「視覚以外の感性でとらえる美味しさに気づくことができた」と障がいへの理解が深まれば、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けた一助になるに違いない。

text by Jun Takayanagi(Parasapo Lab)

写真提供:一般社団法人渋谷未来デザイン

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