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インクルーシブ教育を通常学級で行うには?

パラサポWEB / 2023年2月22日 7時0分

「ダイバーシティ&インクルージョン」という言葉が世の中に広がりつつある昨今。共生社会の実現のために、教育分野で注目されているのがインクルーシブ教育だ。インクルーシブ教育と聞くと、障がいのある子と健常の子が一緒に学ぶ、または特別支援学校と普通校の区別をなくす、といったイメージを持つ人もいるだろう。前編ではユネスコの定義のもと、インクルーシブ教育は「障がいのような特定のマイノリティだけではなく、全ての子どもたちにとって学べる教育を目指していくもの」と紹介した。後編では実際にインクルーシブ教育を通常学級で行う際のポイントと、興味深い実践例、具体的なヒントやアドバイスを、前編に引き続き、インクルーシブ教育の専門家であり、ノートルダム清心女子大学准教授の青山新吾氏に伺った。

インクルーシブ教育を通常学級で行う際のポイント
書籍『インクルーシブ教育ってどんな教育?』青山新吾 編集代表、青山新吾・赤坂真二・上條晴夫・川合紀宗・佐藤 晋治・ 西川 純・野口 晃菜・涌井 恵 著(学事出版)

実際にインクルーシブ教育を実践したいと考えた時、どんなことから取り組んだらいいのだろうか?そのためには、「環境」の整備が大切なポイントになってくるという。具体的な実践例の前に、まずは青山氏が編集代表として発行された書籍『インクルーシブ教育ってどんな教育?』(学事出版)の中から、インクルーシブ教育を通常学級で行う際のポイントを紹介しよう。

(1)学校全体(地域全体)で理念を共有すること

インクルーシブ教育を実践するためには、まずは教職員全員がインクルーシブ教育の理念を共通理解し、推進するための計画を立てること、と記されている。具体的には、年初に管理職の先生がリーダーシップを持って理念を言語化し、教職員が納得して共感することが大切だ。なぜなら、基本軸がしっかりとしていれば、教員が迷ったときも基本に立ち戻ることができるからだ。そしてこの理念を子どもや保護者のみならず、地域全体で共有することにより、インクルーシブ文化が促進される。

(2)教員同士が多様性を活かし合うチームであること

理念を共有したら、具体的な仕組みを作る。困難さの見られる子どもへの支援の状況を整理し、役割分担を行う。教員が集まったときには、①どの子どもがどのくらいの支援が必要か ②受けている支援はどんな支援か ③現在の支援は有効か、有効ではないか、また有効でないのはなぜか などを検討し、それぞれの役割分担を再確認する。また、教師同士が助けを求めやすい環境を作り、苦手な部分を補い合う。そして得意な部分はより活かしあう関係性が、インクルーシブな学校作りのために大切だ。

(3)「助けを求めること」や「違うこと」を「ダメなこと」とせずに大切にする文化を作ること

通級指導教室や特別支援学級の位置づけを子どもたちにどのように説明するかも大切だ。世の中にはいろいろな人がいて、それぞれに違いや特徴があり、自分に合った学び方をしている。これは自分では難しい、苦手だという状況になったとき、他者に助けを求めることは、別に恥ずかしいことではない、ということ。自分に合った学級を選ぶことができ、「違い」や「助けを求めること」を大切にする文化作りが必要だ。

(4)多様性を前提とした学級づくり・授業づくりをすること

学ぶスピードや学び方が一人ひとり違うことを前提に考えた学級・授業をつくることは、子どもたちに多様な選択肢を与える。例えば、歴史の時間に時代を覚えるためのブースを①歌で覚えるブース、②書いて覚えるブース、③絵と結びつけて覚えるブース、といった具合にいくつか作ってみる。このように授業の中に多様な選択肢を取り入れることで、その人だけが違うのではなく、「誰もが違う」ことを大切にした文化づくりを学級で行うことができる。

(5)合理的配慮を提供すること

学習面や行動面に困難さのある子どもたちに対して、個別に工夫することが「合理的配慮」として義務づけられている。例えば読み書きが困難な子どもの場合、タブレットを使って学ぶなど、工夫を共に考えながら進めていく。教育における合理的配慮は「学びへアクセスするための権利」であり、そのためには保護者や教員も「合理的配慮」を正しく理解する必要があり、周りの人が勝手に必要な工夫を決めるのではなく、本人が自分にはどんな工夫が必要なのかを知り、周りの人へ伝えることも大切だ。

これまでの教育のあり方やさまざまな制約がある中で、新たな教育方法、概念を取り入れることは並大抵のことではないが、まずは上記のような「環境」の整備を一つひとつ検討してみることからはじめてみてはどうだろうか。

インクルーシブ教育の具体的な実践例
インクルーシブ発想の教育を長きに渡り研究・推進している青山新吾氏

インクルーシブ教育は、実際に現場の中でどのように行われているのだろうか?前述でピックアップされたポイントの中で、具体的かつ印象的な実践例を青山氏が挙げてくれた。

(1)自治的に課題を解決していこうとする学級づくり

ーー学級の中で子どもたちに、多様性を認め合う価値観を自然と身につけさせるコツなどはありますか?

青山:多様性を前提とした学級づくりをしていくポイントは、集団の自治といいますか、自分たちのことをみんなで考えて解決していくことですね。そういうことを小さい頃から大切にしていく考え方は、インクルーシブ教育とすごく親和性が高いと思います。

ーー自治的な集団づくりにおける具体的なエピソードがありましたら教えてください。

青山:これはある小学校低学年のクラスのことですが、ドッジボールが流行っていました。そのクラスには障がいのある子がいて、ドッジボールをやっている所を見に来るんだけど、当てられるのが嫌だから参加はしないと。そこでどうすれば一緒に遊べるかを、本人を含めてクラスのみんなで相談したらしいんです。すると、誰でも入ることができて、尚且つ、ボールを当ててはいけない安全地帯を作ろうと考えたそうなんです。先生がこうしようと言ったわけではなく、生徒みんなで考え出した。そうしたらその障がいのある子も参加するようになった。この取り組みの考え方は、クラス会議とすごく似ています。素朴な取組からでいいので子どもたち自身が自分たちのことを考えて、自治的に課題を解決していくことが大切なのです。

ーークラスで理念を共有して、みんなで頭を使い、手探りしながら楽しんで解決していく。すごく大切なことですね。

青山:特に若い先生たちは、とにかく実践して、子どもとこうやって一緒に取り組んでいったら、子どもも自分自身も成長するんだというプロセスを実感することが大切なんじゃないかなと思います。

(2)多様な学びの選択肢をつくる

ーー子どもたちが学ぶスピードや理解度などは人それぞれですよね。そこで多様な学びの選択肢をつくるためには、どうしたらいいのでしょうか?

青山:まず前提として、多様な学びの選択肢をつくるために、私も含めた先生側が「待ちきれるかどうか」というのもポイントになります。「考えて選んでごらん」と言っても、子どもたちはなかなか選べないし、こちらから見るとそれはどうなんだろうというものを選ぶこともある。そこで待てるかどうかが重要です。こういうプロセスは絶対に必要だからと粘り強く、付き合おうとする余裕があるかどうか。向き合える空間、時間、もしくはそれを作ろうと努力できるかということ。それこそがインクルーシブのプロセスです。このプロセスが成長に繋がっていくんだと本気で思えるかどうかが、重要なポイントではないかと思います。

ーー多様な学びの選択肢をつくるための具体的な実践例がありましたら教えてください。

青山:実践研究に関わっている先生と話すときに出てくるのが、児童・生徒自身が自分で「選択する」という概念が授業の中でありそうでないということ。プリントにしても同じプリントを配っていますから。ある実践研究で、ヒントのあるプリントとノーヒントのプリントを自分で選ばせるということを実践に取り組んでみたところ、すごく差が出たんですよ。あるクラスは「俺はヒントがあるほうがいい!」と、ヒントのあるプリントを選んだやんちゃな生徒がいて。そうするとクラスの雰囲気が明るくなるので、他の子もそのプリントを選びやすい。でもあるクラスでは絶対にヒントのあるプリントを選ばなかった。それはクラスの雰囲気や子どもたち同士の関係性で、他の人と違うものを使うという恥ずかしさもあって、選択するということができない状態が発生しているんです。助けを求めることを大切にする文化を作っていく一つのヒントは、日常教育の中で意識的に、選択するというマインドを取り入れながら子どもたちと一緒に学んでいく、これがキーポイントかなと思います。

インクルーシブ教育でいつも心がけたいのは「他者への感度」

最後にインクルーシブ教育を実践し、さらに継続していくためには、どのような気持ちで行っていけばいいのか。そのヒントとなる視点、感性の在り方を教えてくれた。

ーーこれからインクルーシブ教育を実践したいと思っている教育者、子育てをする親御さんたちへアドバイスがあれば教えてください。

青山:一つあるとしたら「他者への感度」を上げることでしょうか。それは他者の言動に関して不思議がれること、おもしろがれることといいますか。例えば子どもがずっとアリの行列を観察しているとする。いつまでも止めないので、しばらくすると親が「もうお家に帰ろう」と促すじゃないですか?でもそうではなくて、アリの何にここまで魅力を持っているんだろう、ずっと見ている粘り強さはなんだろうとか、いろいろと子どもに対して面白がるポイントがあると思うんですね。言葉も行動もそうですが、不思議がったり面白がったりできるということが、他者に関する寛容性に繋がっていく大きなポイントになるのではないかと思います。

ーー寛容さが失われていると言われる現代ですが、俯瞰して他者の言動を興味深く捉えられる感性がすごく大切ということですね。

青山:そうですね。あともう一つ。以前僕が学生たちに誰かの言動に対して「“どうして?”と興味を持つことが大切だ」と言っていたら、ある学生が「青山先生の“どうして”は、私が親に言われ続けてきてすごく嫌だった『どうしてこれができないの?』『どうしてこの大学に行かないの?』という、相手を問い詰める『どうして?』とは違って、『やさしいどうして?』ですね」と言われまして。それから必ず「やさしいどうして?」に言い方を変えて伝えているのですが、そういった相手と一緒に考えようとする柔らかな眼差しを他者に向けることが、人に対する見方を変えていくことや幅を広げていくことに繋がりやすいことに気付いたというのもありますね。

ーー「やさしいどうして?」、すごくいい言葉ですね。常に心掛けていきたいものです。

青山:その後、教員をしている卒業生に「子どもを叱る寸前に、先生の『やさしいどうして?』を思い出して頭の中で呪文のように言っています。あと『やさしいどうして?』を考える時のポイントも見つけたんですよ」と言われて。どういうことかと聞いたら、「語尾に“かな?”をつけることです」と。例えば子どもを叱るにしても「どうして、お友達のカバンを蹴っているの・・・・かな?」と頭の中で考える。そうしたら不思議とマインドが変わるんですね。その時怒っていても、「本当にこんな言い方でいいのか?」とワンクッション置くことができるって教えてくれました。なるほどなと新たな発見の気持ちでしたね。「やさしいどうして?」と語尾に”かな?”をキャッチフレーズにセットで使えば、人との関係性がいい方向に変わるかもしれないですよ。


多くの興味深い実践例を交えながら、インクルーシブ教育の本質について教えてくれた青山氏。 現状の通常学級にも取り入れやすいインクルーシブ教育のヒントがたくさん散りばめられていたのではないだろうか。失敗と改善を繰り返しながら成長を続けていくプロセスこそが、インクルーシブ教育だとも青山氏は語っていた。まずは小さなことからでもやってみる、その一歩が共生社会の実現へとつながるはずだ。

PROFILE 青山新吾(あおやま・しんご)

1966年兵庫県生まれ。ノートルダム清心女子大学人間生活学部児童学科准教授、同大学インクルーシブ教育研究センター長。岡山県内公立小学校教諭、岡山県教育庁指導課、特別支援教育課指導主事を経て現職。臨床心理士、臨床発達心理士。著書に青山氏が編集代表を務める『インクルーシブ教育ってどんな教育?』や岩瀬直樹氏との共同著書『インクルーシブ教育を通常学級で実践するってどういうこと?』、『エピソード語りで見えてくるインクルーシブ教育の視点』(すべて学事出版)ほか多数。

text by Jun Nakazawa

photo by Shutterstock

<前編はこちら↓> インクルーシブ教育とは?専門家が明かす、その特長や課題、実例を紹介

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