東京パラ金メダリストが語る最高の義足とトレーニング論
パラサポWEB / 2023年2月27日 7時0分
力強い走りでぐんぐん加速し、ライバルたちを置き去りにする――東京2020パラリンピックの陸上競技400m(T62)で金メダルに輝いたヨハネス・フロアス(ドイツ)。片下腿義足の選手と同じレースを走るT64クラスの100mでも銅メダルを獲得した。世界パラ陸上競技選手権、パリ2024パラリンピックの注目選手であり、現在は大学で義足についての研究も積む“世界最速ランナー”に、これまでの歩みや競技についての思いを聞いた。
100m、200m、400m(T62)の3種目で世界記録を保持する、両足義足の世界最速スプリンター
大学でバイオメカニクスについて学ぶフロアスは、2023年冬に学士を習得した
生まれつき両足に障がいがあり、16歳のときに両足を切断。義足を使うようになって自身の生活は劇的に変化した。
ヨハネス・フロアス(以下、フロアス) 両足を切断するまで、長さは短くて常に痛みがありました。義足を使うようになって平均的な体格になり、痛みもまったくなくなったんです。義足によって皆と同じ目線を持つことができ、普通の生活を送れるようになりました。義足は自分の体の一部なんです。
初めて競技用の義足を着け、陸上競技に取り組むようになったのは2013年のこと。18歳だったフロアスの人生は、そこから大きく動き出す。
フロアス 競技用の義足で走るというのは、まったく新しい体験でした。日常生活用の義足とは全然違って、すごく大きなエネルギーが返ってくる。感覚としては空を飛んでいるようでした。やっとスポーツができるようになった。競走できるようになった。学校のクラスメイトと一緒に走れる。自分がビリじゃなくてすむんだっていう感覚。すごく感動しました。だから、今も走るのが好きなんです。
日常生活用と競技用の義足は、そもそもの作りが違います。生活用は物理的に足を再現していて、踵があって、つま先があって、靴が履ける。一方で競技用は走るために作られたもので、地面からの反発を得られるように設計されているので、ランナーはエネルギーを失わずに走れるのです。
自身の足にフィットする義足を追求競技用の義足と出会い、陸上競技を始めたフロアスだが、トレーニングは楽なものではなかった。競技用義足は足を入れるソケットの部分が生活用に比べるとタイトにできている。ときには血を流しながらトレーニングに取り組んだこともあった。
フロアス トレーニングを始めた頃は、当然ですが痛みもありました。ソケットがきつくて、2~3時間しか練習ができなかった。練習後にソケットをつける断端部から血が出ていたこともありました。その傷を回復させなければならないので、トレーニングの間を開けなければならないことも。その頃は、私も義肢装具士もタイトに太腿にフィットしている必要があると思っていたんです。
10年前、初めて義足で走ったあの日から、走るのが好きになったただ、その後は義肢装具士とともにソケットの改良を重ね、自分の足にフィットするものを作り上げた。現在は、1日に2回の練習をすることも可能になり、週に9~10回のトレーニングに取り組んでいる。
フロアス いろいろ経験も積んで学ぶことでソケットは全く違うものになりました。今のソケットはピッタリと自分の足にフィットしていて非常に履きやすい。義足による痛みで練習を休むこともありません。義足が練習の制約になることはあってはいけないと思っています。2019年からこのソケットを使っていて、世界選手権でも優勝できましたし、パラリンピックでも良い成績を残せました。4年くらい使っていますが、これは自分に合っている、正しいソケットが見つかったと感じています。以前に使っていたものほどタイトではなく、筋肉が動くようになっていますが、その加減はとても繊細でキツくはないけど緩くもない絶妙な感じです。ただ、そこまでには数年の時間がかかりました。様々なものを試してみて、知識やデータを集めて、ようやく自分の足のように感じられる義足を作ることができました。
東京パラリンピックは自身のハイライトのひとつ。「スタートラインに立ったとき、そしてレース後の喜びはすごく印象に残っています」 両足義足スプリンターのトレーニングは!?両足に義足を使用して競技に取り組むフロアスだが、速く走るために重視していることは何か。さらに、どんなトレーニングに取り組んでいるのだろうか。
フロアス 義足について理解し、自分が使っている義足に慣れることが大切ですが、それ以上に重要だと考えているのは体幹です。私自身は、どんな義足を使っているかに関わらず、9割は体幹だと考えています。体幹の安定性がないと、エネルギーが無駄になってしまいますから。今は週に2回はジムでのトレーニングをしていて、負荷をかけた体幹トレーニングに多くの時間を使っています。
あとは、前に進むためのエネルギーを生み出すハムストリングス(太ももの後ろ)ですね。とくに短距離ではハムストリングスが重要です。オリンピックのスプリンターを見ても同じ体の使い方をしていると思います。もちろん、切断している部分から下の足はありませんが、その上の筋肉の使い方は同じですね。私のコーチはオリンピック選手も指導していたので、コーチが作ってくれるプログラムに基づいてトレーニングをしています。
両足が義足であっても、オリンピック選手と体の使い方は変わらないと聞くと意外な気もするが、近年の陸上競技では足は地面からの反発を受け取るために使い、体幹を使って足を振るという走り方が一般的。そう考えると、義足で反発をもらい、体幹を使うという走り方は健常の選手と変わらないというのも納得できる。
フロアス その上で、義足を自分の足のように感じられるかが大切だと思います。義足をどう使ったら、どういう反応が返ってくるのかを理解する。レースでミスなく完璧に走ることは不可能ですから、ミスをした際に次に何が起こるか、そのために体をどう動かして修正するのかをわかるようになる必要があります。そのためには義足を着けて走って、調整する。結局、やらなければならないことはオリンピックの短距離選手と同じで、足を切断した選手でも、何か特別なトレーニングをしなければいけないわけじゃないと僕は思います。
競技に勉強に多忙な日々。ボルダリングやハイキングで気分転換を図ることもあるという 同じスピードで走る人なら誰とでもレースをオリンピック選手と同様のトレーニングに取り組むだけでなく、実際に健常者と一緒に走ることもあるという。
フロアス ドイツでは健常者と同じ競技会に参加して走ることもあります。大きな大会ではありませんが、同じくらいのタイムで走る人たちとのレースです。べつにオリンピックに出たいというわけではありませんが、走る速度が同じくらい、あるいは少し速い人たちと走るのは競技力の向上に効果的ですよね。スケジュールが合い、大会側が認めてくれれば出場するようにしています。この前も屋内の大会があって、200mで優勝することができました。自己ベストにかなり近いタイムで、世界選手権に向けて弾みになったと思います。
オットーボック社主催のランニングクリニックで講師を務めるなど競技用義足を広める活動も行っている両足義足のT62クラスだけでなく、片下腿義足の選手と一緒に走るT64クラスでも戦うが、同じスピードで走る選手とレースをするのはフロアスにとっては自然なことなのかもしれない。最後に、2024年に神戸で開催される世界選手権への思いを聞いてみた。
フロアス 東京パラリンピックでは、競技場と選手村以外の場所には行けませんでした。でも、バスでの移動の際には多くの人が手を振ってくれたり、プラカードを掲げてくれたりしてとても心が温まる経験をしました。温かく迎え入れてくれて、日本の人はスポーツが好きなんだなと。だから神戸での世界選手権も楽しみにしています。パリパラリンピックに向けて重要な大会でもありますので!
「神戸の世界選手権も楽しみ」と話したパラ陸上の注目選手、ヨハネス・フロアスtext by TEAM A
photo by Haruo Wanibe
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