学年を越えて絆を深めた、全員参加型のパラスポーツ運動会
パラサポWEB / 2023年3月6日 7時0分
シリーズ「パラスポーツと教育」では、パラスポーツ・パラアスリートからの学びが子どもたちに何をもたらすのか、さまざまな風景から迫ります。
第3回は、東京都の小学校で行われたパラスポーツ運動会を取材。パラスポーツを夢中になって楽しむからこそ得られる学びはどんなものでしょうか。子どもたちの様子から、心に深く刻まれた「気づき」を見つめます。
卒業間近、5・6年生の交流行事として運動会を実施パラスポーツで行う「あすチャレ!運動会」(プログラム提供:日本財団パラスポーツサポートセンター)。今回は、東京都教育委員会が進める「子供を笑顔にするプロジェクト」の一環として実施されました
1月下旬のある日、杉並区立済美小学校にてパラスポーツを種目とした運動会「あすチャレ!運動会」が実施されました。
杉並区立済美小学校は、東京大会の開催までオリンピック・パラリンピック教育を積極的に取り入れ、子どもたちの学びに活かしてきた学校です。特にパラスポーツを取り入れた活動もたくさん実施し、過去にはパラアスリートによる特別授業や、今回の「あすチャレ!運動会」の系列プログラムである出前授業「あすチャレ!スクール」「あすチャレ!ジュニアアカデミー」も開催した経験があります。学校主体の取り組みとしてはパラリンピック特有の競技であるボッチャをメインにしており、体育館にはボッチャコートを設置。校内でトーナメント大会も開催されています。休み時間には1年生から6年生までで交じり合ってボッチャに取り組むなど、現在もパラスポーツが学校の教育活動に根付いています。
そんな済美小学校が今回「あすチャレ!運動会」を実施したのは、パラスポーツをみんなで体験することはもちろん、新型コロナウィルス感染拡大によって失ってしまった、学年間の交流を深める機会をつくる、という大切な目的があったからだそう。特に6年生の卒業を間近に控え、学校のリーダーシップを受け継ぐという意味でも高学年である5年生と6年生の絆を深めたかったと言います。
そうした先生方の願いのもと、通常学級と特別支援学級の5年生・6年生、合計約100名の児童が体育館に集まり、あすチャレ!運動会はスタートしました。
学年を越えて入り交じり、コミュニケーションをとる姿運動会の最初のメニューは、少し変わったアイスブレイク。ナビゲーターのブッキーさんが、「ラーメン、うどん、そば、スパゲッティ。声を出さずに自分の好きなものを伝え、同じものが好きな人同士でグループをつくろう!」と呼びかけます。
声を出さずに、自分の好きな食べ物を伝えています。どうやって伝えるかを子どもたちが自分で試行錯誤しながら工夫します5年生も6年生も入り交じりながら、どうやったら伝わるのか、相手の側に立って様々な方法を試します。身振り手振りを使ったり、相手の手のひらに文字を書いたりと、一生懸命。受け手側もしっかり相手の目を見て、自分に何を伝えようとしているのかを集中して感じ取ろうとする姿が見られます。お互いの工夫によって、子どもたちは声を出さなくてもしっかり伝え合うことができました。
ある方法が使えないならば、ほかにどんな方法があるかを考えて工夫すること。相手の立場を想像して考えること。それはパラスポーツの根底にある重要な考え方でもあり、共生社会の実現につながる大切なポイントでもあります。新しい気づきを得て、普通の運動会とはひと味違った心持ちで競技に臨みます。
パラスポーツ運動会に込められた3つのメッセージいよいよパラスポーツに挑戦。今回の運動会では、シッティングバレーボール、車いすポートボール、車いすリレーの3競技に挑戦。子どもたちが考えたというユニークなチーム名を掲げて、8つのチームに分かれて競います。競技に取り組む前に、ブッキーさんが「あすチャレ!運動会」を通して感じてほしいと子どもたちに伝えたのが、次の3つのメッセージです。
・パラスポーツの楽しさに気づくこと
・自分の可能性に気づくこと
・友達のいいところに気づくこと
今回のパラスポーツ3競技をやってみるのは初めての児童がほとんどという中で、みんなで一生懸命プレーをし、友達の応援をすることでどんな変化が生まれていくのか、これから過ごす時間に期待が高まります。
風船を使ったシッティングバレーボール最初の競技はシッティングバレーボール。パラリンピックでも実施されている競技で、サーブ、ブロック、スパイクなどの際に床にお尻をつけたままプレーします。
この日は児童が取り組みやすいよう、風船を使ってのプレー座ったまま前後左右に移動する練習を全員で行ってから、試合スタート。初めはなかなか風船の飛んでくる位置まで移動することがままならなかった子どもたちも、徐々になめらかに動けるようになってきます。風船の軌道を読みながら、互いに声をかけ合い、時には寝転がるような姿勢で何とか手を伸ばすなど、だんだんとラリーが続くようになってきました。座ったままでの強いアタックも繰り出され、ドキドキの展開です。
友達のプレーに大盛り上がり。声援にも熱が入ります 初めて乗った競技用車いすで、車いすポートボール次の競技は車いすポートボール。車いすバスケットボールの競技用車いすを使用し、そのルールをベースにしつつ、初めての人でも取り組みやすいようにアレンジした競技です。普通のバスケットボールのゴールではなくコートの端に立つゴール役の仲間に向かってボールを投げ、キャッチできたら得点が入ります。
ほとんどの子どもにとって、競技用車いすに乗るのはこの日が初めて。試合に入る前に、競技用車いすをじっくり見て日常生活用の車いすとの違いを考えます。両方を見比べて、違うのはどんなところか、なぜそうなっているのか、考えを出し合います。
競技用ならではの工夫、ぶつかっても倒れにくいことや、介助者に押してもらうためのハンドルがないこと、小回りが利きやすくなっていることなどに気づくことができました。
使う人の立場に立って考えた意見が多数聞かれました今回の車いすポートボールは、コートの両端に設置されたゴール台に立つ味方のゴールマンに、ボールを渡すことで点が入るという競技です。パスやドリブルをしながらチームで協力してゴールへ向けボールを運びます。
この日は子どもたちが取り組みやすいよう、トラベリングのルールは無し。やり方を柔軟に工夫することも大事です初めは競技用車いすを漕ぐのに精一杯だった子どもたちも、少しずつ慣れて味方にパスを回したり、ボールを膝に乗せて敵をよけながらドリブルして進んだりと、工夫してゴールへと近づきます。アイコンタクトをしながらパスをつないだり、フェイントでロングシュートを放ったりする場面もありました。応援にも熱が入り、大きな歓声の中、試合終了の2秒前にもゴールが入るなど接戦が繰り広げられました。
味方のポジショニングも見ながら、ロングシュートを繰り出すシーンも! 全員参加の車いすリレー最後の競技は車いすリレー、全員参加の競技です。各チームの挨拶では「がんばります!」「勝ちます!」と、気合い十分。競技用車いすで体育館の端から端までまっすぐ進み、チームメイトに交代したらまた同様に反対の端まで進みます。
校長先生からもエールが送られ、車いすリレーは大盛況なかなか車いすが上手く動かなかったり、まっすぐ進まずに斜めに進んでしまったりすることも。そんなときは、コースの先で待っているチームメイトが声援を送ったり、車いすの動かし方をジェスチャーでアドバイスしたり。アイスブレイクゲームで行った、コミュニケーションの工夫がさっそく活かされていました。
車いすに乗りやすいよう、後ろを支えてサポート。動かすのに苦戦している子がいたときは、車いすを後ろから押して一緒にゴールをめざすシーンも見られました3つの競技を終えて、思い切り体を動かし、工夫し、目一杯応援した子どもたちは、夢中になって取り組めたことへの充実感と楽しさに満ちあふれていました。冒頭でブッキーさんと確認した、今回の運動会の3つのメッセージを改めて振り返ります。楽しく取り組めた、自分の可能性を広げるチャレンジができた、友達のいいところに気づけた、と、子どもたちは今日一日でひとまわり成長したようです。自分たちに大きな拍手を送り、運動会は幕を閉じました。
パラスポーツを楽しむ経験からこそ学べることパラスポーツには、さまざまな障がいのある人が公平にプレーできるようさまざまな工夫が散りばめられています。だからこそ学校のように多年齢の子どもがいる中で、運動の得意不得意や学年、体力などの差を超えてみんなで楽しめる活動として取り入れやすいと言えるでしょう。
この日は特別支援学級の児童も参加していましたが、人が多いところが苦手なために、運動会に出られるか直前までわからなかった児童が、実際にやってみたら競技で活躍し、充実感を得ることができたという出来事もありました。5年生と6年生の交流も、競技に夢中になって取り組むうちにあっという間に心の垣根が取り払われ、フランクに打ち解けて楽しむ姿が多く見られ、普段から児童に接している先生も驚いていました。
また、運動会という形式で行うことでチームごとの一体感が高まり、競技にも夢中になって取り組めるというよさもありました。チームメイトに声援を送ることや、勝ったチームに拍手を送ることも自然と生まれます。一人ひとりが活躍し、力を尽くすなかで、それぞれが相手の立場を想像し、関係を築いていくことを自分ごととして経験することができます。自分の頭で考え、行動し、友達と一緒に楽しんだ経験は子どもたちの心に深く刻まれることでしょう。
中休みや昼休みの遊びとして、済美小学校が取り入れているボッチャにも、こうした良さがみられます。ボッチャは体格の差やスポーツ経験の有無によらずに取り組めるため、何年生でも一緒に参加できるのがいいところ。ルールも覚えやすく、高学年には審判ができる児童も数多くいて、わからない児童には上の学年の児童が教えるなどしてみんなが楽しめるように工夫しています。
いつでもできるように体育館のステージに出してあるボッチャコートボッチャに取り組むようになってから、子どもたちの間には変化が見られるようになったそう。勝敗だけを重視するのではなく、みんなで楽しめたか、協力できたか、といったプロセスを大切にするようになったこと。人によって得意不得意があることを受け入れ、苦手なことを決して無理強いはしないこと。もちろん一般的なスポーツや遊びでもこうした経験はできますが、互いを思いやり、一緒にできるようにするための工夫があるパラスポーツだからこそ、より顕著にその良さが子どもたちに伝わりやすいのかもしれません。これからもパラスポーツには重きを置いて、継続的に取り組んでいきたいと先生方は語ってくださいました。
日ごろから近隣の養護学校や高齢者施設とも交流しており、そうした経験からも協力し合う姿勢が自然と育まれているという杉並区立済美小学校の子どもたち。今回、学年の垣根を越えて、友達と一緒に楽しさと気づきを「体感」したパラスポーツ運動会の経験は、また一つ大きく成長する機会になると共に、楽しい思い出として子どもたちの中にいつまでも残り続けることでしょう。子どもたちが成長し社会の担い手となったときに、今回深く刻まれた学びが糧になり、大きく花開くのかもしれません。
あすチャレ!運動会についてはこちら
→https://www.parasapo.tokyo/asuchalle/undokai/
【シリーズ:パラスポーツと教育】記事はこちら↓
第1回 特別支援学校での車いすバスケットボール体験https://www.parasapo.tokyo/topics/103811
第2回 パラアスリートと出会った子どもたちの「卒業制作」https://www.parasapo.tokyo/topics/104598
第3回 学年を越えた絆を育むパラスポーツ運動会https://www.parasapo.tokyo/topics/105051
第4回 車いすユーザーと一緒に楽しめるおにごっこのルールは?https://www.parasapo.tokyo/topics/105334
第5回 夢へ向かう子どもたちの背中を押すパラアスリートのメッセージhttps://www.parasapo.tokyo/topics/105554
text by Ayako Takeuchi
photo by Haruo Wanibe
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