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車いすユーザーとおにごっこをするには?

パラサポWEB / 2023年3月20日 7時0分

シリーズ「パラスポーツと教育」では、パラスポーツ・パラアスリートからの学びが子どもたちに何をもたらすのか、さまざまな風景から迫ります。

第4回は、愛知県の小学校で行われたワークショップ型授業に潜入。「障がい」について学び、考え、やってみる。子どもたちの発想力を刺激する授業実践は、どんなものだったのでしょうか。

パラアスリートを熱烈に歓迎

2月中旬、パラ・パワーリフティング山本恵理選手が、愛知県の武豊町立富貴小学校を初めて訪問しました。

愛知県の知多半島に位置する武豊町立富貴小学校

山本選手が入っていった体育館では、4年生の児童たちが熱烈な拍手で歓迎します。

「こんにちは!久しぶり!覚えてる?」

山本選手の元気な挨拶が響きます。初めての訪問なのに再会を喜び合う様子。いったいなぜでしょうか。

山本選手のあだ名は「マック」。児童たちは「マックさん」と呼びかけながら言葉を交わします

実は、今回の対面でのワークショップの2週間ほど前に、山本選手と児童たちはオンラインで45分間の「事前授業」を行っていました。そこで児童は山本選手のお話を聞き、互いに質問し合うなどして交流をしていたのです。

実施されたのは、パラアスリートが行うワークショップ型授業「あすチャレ!ジュニアアカデミー」(主催:日本財団パラスポーツサポートセンター)。通常はオンラインか対面のどちらか1回の受講ですが、今回は両方を利用した2回構成の「特別版」。二段構えの授業構成にすることで、児童たちはより主体的に参加できたようです。

実際に、オンラインと対面でそれぞれどのような授業が行われたのでしょうか。

オンラインでの事前授業で、目的意識をもつ

まずオンラインでの事前授業では、今回のワークショップの目的をしっかりと理解すること、そして山本選手のことを知り、関係を築くことに重きが置かれました。

「『あすチャレ!』って、何の略だと思う?」

授業は、そんな問いかけから始まります。児童たちに「それぞれの自分のチャレンジ」を見つけてほしいという、ワークショップ全体を通してのメッセージをストレートに伝えます。

そして山本選手は、自身の子どものころのエピソードを語りかけます。水泳の授業でプールに入るのが怖かったけれど、溺れる覚悟で飛び込んでみたら、意外にも楽しかったこと。水泳を一生懸命練習していたが、けがをしてしまい、パラ・パワーリフティングに転向したこと。パラアスリートの言葉に、子どもたちも惹きこまれていきます。

途中のクイズに積極的に参加する児童たち。オンラインでも活き活きとした授業になりました

山本選手は、生まれつき体に障がいがありました。でも、できないことがあるならば、どうしたらできるようになるかを常に考えるようになったそう。パラ・パワーリフティングでも、重いものを持ち上げるにはどうすればいいか工夫することで向上してきたと言います。

「できるかできないかではなく、どうすればできるか」

これが、ワークショップでのメッセージの核となるもの。山本選手が語るこれまでの経験や思いを聞いて、「障がい」に対する児童の考え方も、自然と磨かれたようです。

山本選手への質問タイムで仲を深めた後は、次回の授業に向けて山本選手から児童にある問いかけが。

「マックと一緒におにごっこをします。どのようなルールで遊ぶと、全員が楽しくおにごっこができるかな。次に会うときに教えてね!」

刺激をたっぷり受けた児童たちは、新しい問いに次回への楽しみな気持ちを隠せません。

対面のワークショップで、主体的に考える

そして迎えた対面のワークショップ形式の授業。テーマはもちろん、「マックとみんなが一緒に楽しめるおにごっこのルールを考える」。全員が楽しめるルール作りです。児童たちはグループに分かれて話し合います。

どんなルールにしたらよいか、みんなで意見を出し合います ホワイトボードにアイデアをまとめていきます

途中で山本選手への質問タイムもはさみます。一緒に楽しむために、山本選手のことをもっと知りたい児童たち。「車いすで走るのはどのくらいの速さですか?」「ブレーキはかけられますか?」など、多くの質問が挙がります。答えをもとに、グループでさらに考えを深めます。

そして、いよいよおにごっこを実際にやってみることに。各グループが自分たちの考えたルールを発表して、おにごっこを実践します。ほかのグループの児童はその様子を見て、感想や、もっとよくするためにはどうしたらよいか、などを発表します。

ルールの工夫や理由なども発表します

一生懸命考えた児童たちからはたくさんのアイデアが。

「マックさんにサポートする人をつけてチームに分かれておにごっこをする」

「おにがボールを投げ、当たった人がおにになる『ボールおに』をする」

「おにになったらビブスを着るようにする。マックさんがおにになったらビブスを着ないで、代わりにビブスを地面に置いてあるコーンにかける」

急な方向転換がしにくかったり、車いすを押すときに手がふさがってしまうことを想像し、工夫したことが伝わってきます。

山本選手と一緒に駆け回る児童たち。自分たちで考えたルールでおにごっこを実践し、楽しみながら試行錯誤します

おにごっこはとても盛り上がり、みんな楽しかった様子。実際にやってみることで気づくことも多く、見ていたグループからもさまざまな意見が出ました。

「(マックさんは一人でも車いすをこいで動けていたので)マックさんのサポートはあまりやることがなかったように見えた」

「足が速い人と遅い人で差が出てしまったので、足が遅い人でも楽しめるようにしたらいいと思う」

「同じ人ばかりでボールを当て合っていたので、一度当てたら違う人に当てるルールにしてはどうか?」

自分たちの考えたおにごっこを試したい!積極的に手を挙げます

実践した案について意見を出し合い、あとから発表するグループがさらに工夫する様子も見られました。まさに、

「できるかできないかではなく、どうやったらできるか」

を考える場になっていたのです。

おにごっこという子どもたちにとって身近なものを題材に、主体的に考え、身体を動かし、友だちと対話しながら磨き上げていく。創造的な活動に取り組んだ児童たちの顔には、充実感がありました。

考えを伝え合うことの大切さを実感

授業の最後に山本選手は、子どものときの経験について話しました。休み時間に外で遊べず教室で過ごしていたけれど、ある日友だちに一緒におにごっこをやりたいと勇気を出して言ったこと。友達がおにごっこのルールを考えてくれたのが嬉しかったこと。そして、参加してみてもっと違うやり方なら、より楽しめるのではないかと思ったこと。

山本選手の言葉に、真剣に聞き入ります

「『こう思う』とか『こうしたい』って、もっと言っていいんだ」とそのとき思ったのだそうです。

今まさにおにごっこに取り組んだ子どもたちに、山本選手の言葉はより強く響いたようです。

自分に引き付けて、目標を考えます

児童一人ひとりがチャレンジしたいことを発表する「あすチャレ!宣言」では、ある児童が

「遊ぶときはどうやったらみんなが楽しくできるか考えたい」

という目標を語りました。また、授業後に感想を寄せてくれた児童は、

「みんなの意見を聞きながら、考えを創り上げていくのが楽しかった」

「工夫してルールを作ることができてよかった」

「ふだんは話し合いのときに自分から意見を言うことはあまりなかったけれど、これからはたくさん自分の考えを出したいと思う」

「障がいのある人と一緒に遊んだことがなかったので最初は緊張したけれど、やってみたらこんなふうに一緒に遊べるんだとわかってよかった」

と言葉を残してくれました。

パラアスリートと交流し、課題としっかり向き合って考えた経験は、子どもたちの中に確かな変化を生み、成長の機会となったことが伺えます。

終了後、児童に囲まれる山本選手 子どもたちが主人公になる。「座学+体験」だからこその、学びの深まり

当日、授業の様子を見ていた杉江桂校長は、児童たちの様子について、授業の冒頭から山本選手とすでに打ち解けた空気感ができていた、と振り返ってくれました。

「体育館に入ったときに、すぐに柔らかい雰囲気が感じられましたし、どのグループも前向きに、しっかり考えて取り組む様子が見られました。子どもたちが主体的になっていましたよね。『教えられている』というのではなく、子どもたちに考えさせたい、という意図があったので、今回のような体験型の授業はとてもよかったです」

パラアスリートの訪問という貴重な機会を最大限活かすためにも、物理的負担の少ないオンラインで座学の時間を持ったうえで、対面して実践・体験をする「二段構え」のやり方は効果が高いと言えます。座学と体験、それぞれのよさがあり、相乗効果を生むからです。

また、富貴小学校では日ごろから児童が主体で考えることを大切にしているそう。授業はもちろんのこと、クラブ活動や自主的な募金などのボランティアまで、さまざまな場面で児童が主役となって考えて動きます。大人が枠を決めずに任せて見守れば、児童は想像以上の力を発揮してくれる。そうした土壌も、今回のワークショップの積極的な姿勢につながっているようです。

児童一人ひとりが主役になった授業でした 活かし方次第で広がる、パラスポーツを通じた学び

富貴小学校では、毎年4年生の総合的な学習の時間において、「福祉」を学ぶ教材のひとつとしてパラスポーツを扱い、国際パラリンピック委員会公認教材『I'mPOSSIBLE』日本版を活用したり、パラアスリートを招いたりと活動を続けてきました。東京2020大会は閉幕しましたが、パラスポーツの迫力を目の当たりにした児童が大勢いるからこそ、今後も継続的にパラスポーツを題材として取り上げていくことが大事、と杉江校長は語ります。

「富貴小学校の教育目標は、『自立』と『共生』。つまり、

・子どもたちが自ら考え、判断し、決定する

・いろんな考え方、生き方があることを認め合い、支え合う

ということです。パラスポーツは、その二つを実現できるすばらしい教材。活かし方次第で、SDGsの学びにも、主体的に取り組む子どもたちの姿勢を育む機会にもなります。これからの社会を生きる子どもたちのために、ぜひ取り組みを続けていくべきだと思いますね」

「熱意のあるところに、事は起こる」と、杉江校長

少しでもきっかけになればと、地域のほかの学校にも周知している杉江校長。ほかの人のことを考えて動いていくことで、活動がつながり、広がっていくことでしょう。そうした熱意と行動は、まさに共生社会を体現する要素と言えるのかもしれません。

子どもたちが主役になって、パラアスリートと一緒に学ぶ。座学と体験、二段構えの授業実践からは、子どもたちの主体性を引き出す高い教育効果が感じられました。「障がいに対する見方・考え方を養う」という目的に留まらず、より広い視野においても、パラスポーツは大きなポテンシャルを秘めているのです。

あすチャレ!ジュニアアカデミーについてはこちら

https://www.parasapo.tokyo/asuchalle/jracademy/

【シリーズ:パラスポーツと教育】記事はこちら↓

第1回 特別支援学校での車いすバスケットボール体験https://www.parasapo.tokyo/topics/103811

第2回 パラアスリートと出会った子どもたちの「卒業制作」https://www.parasapo.tokyo/topics/104598

第3回 学年を越えた絆を育むパラスポーツ運動会https://www.parasapo.tokyo/topics/105051

第4回 車いすユーザーと一緒に楽しめるおにごっこのルールは?https://www.parasapo.tokyo/topics/105334

第5回 夢へ向かう子どもたちの背中を押すパラアスリートのメッセージhttps://www.parasapo.tokyo/topics/105554

text by Ayako Takeuchi

photo by Haruo Wanibe

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