女性アスリートが知っておきたいスポーツ時の生理との向き合い方
パラサポWEB / 2023年4月7日 7時0分
1年間52週のうち、女性の生理期間は個人差があるものの約12週。この数字を掲げた、生理×スポーツの教育・情報発信活動「1252プロジェクト」が、元競泳日本代表の伊藤華英氏を中心として発足してから約2年が経過した。女子学生アスリートがもっと自分らしく競技と向き合える環境作りをサポートしたいと尽力してきた伊藤氏は、生理は女性だけの問題ではないと言う。その真意とは? そして私たちは、どのように生理と向き合えばいいのか、お話を伺った。
生理に関する知識不足が招いた、オリンピックでの悔しい思いオンラインで取材に対応してくれた、「1252プロジェクト」のリーダーで元競泳日本代表の伊藤華英氏
コロナ禍では多くのスポーツイベントや試合が中止や縮小を余儀なくされ、スポーツ推薦で進学を考えている高校生たちの評価の対象となるアピールの場が少なくなってしまった。そんな高校生アスリートたちをサポートするために2020年7月に設立されたのが「一般社団法人スポーツを止めるな」。さらにその翌年、今度は生理によってスポーツを思いっきり楽しめなくなったり、続けられなくなってりしてしまう女子学生アスリートのために同法人がはじめたのが「1252プロジェクト」だ。
プロジェクトのリーダーの伊藤華英氏自身も、競泳日本代表として参加した北京やロンドンのオリンピックをはじめとする重要な試合で生理に悩まされたという。
「私がオリンピックに出たのは、2008年と2012年。その頃はまだ、生理(月経)は女性はみんなあるものだから、自分で解決しなさいという空気があったので、私は誰にも相談できずにいました」(伊藤氏、以下同)
しかし、オリンピック出場が決まりベストなコンディションを目指すため、婦人科のドクターに診てもらい、そこで中容量ピルの服用を勧められた。
「当時の私はピルは生理期間をずらすものという程度の知識しかなかったので、ピルを飲むことに抵抗がありましたが、オリンピックの大一番だったので服用を決めました。結果として、私の場合はオリンピックの3ヶ月前から体重が4、5キロ増え、焦ったり緊張したりでコンディションをうまく整えられず、自分への嫌悪感のようなものを抱えたままオリンピックを迎えてしまったんです」
学生アスリートの生理に関する2つの問題伊藤氏は決してピルを否定しているのではない。生理による心身への影響は、軽い人もいれば、腹痛や頭痛などの痛みがでる人、メンタルに不調をきたす人、ピルが効果的な人とそうでない人など、人によって千差万別。その中で自分にはどういう解決策があるのか。たとえばピルを服用した場合にはどういう症状が出やすいのか。そういった知識の不足を反省したという。
「風邪やフィジカルのコンディションについてはコーチに相談できたんですが、生理期間中や生理前の症状に関して話せる人、相談できる人がいなかったというのが一番辛かったですね」
そうした経験から伊藤氏は、学生アスリートの生理の問題には2つのことが鍵になると考えるようになった。1つ目は単純に生理に関する悩みを誰に聞いたらいいか分からないということ。2つ目は周囲の理解が追いついていないということ。これは学生スポーツの指導者に男性が多い傾向があるためでもあるが、伊藤氏が言う「周囲」とは異性だけでなく同性も含んだ周囲の理解だ。
「私たちの行った実態調査では、学生たちが生理について相談する相手は、母親がダントツの1位で、次が友達。つまり、そこには専門家が存在していないわけです。母親が必ずしも生理について正しい知識を持っているとは限りません。また親子といっても個人差がありますから、痛みなどの度合いも違います。ある人から聞いた話ですが、その方は思春期に生理痛が酷かったので母親に相談したそうですが、あまりわかってもらえなかったと言っていました。母親はそれほど生理痛が酷くなかったので、娘さんの辛さを理解することができなかったようです」
もし身近にきちんと相談できる専門家がいたら、ネガティブな気持ちを持たずにすんだはずだ。1252プロジェクトは、こうした問題を解決し、生理に関する悩みを抱える女子学生アスリートや、彼等を支える指導者が生理に関する知識を深め、女性アスリートが輝けるようサポートするために活動を続けている。
生理に関する問題は女性だけでは解決できない?日本体育大学桜華高等学校にて行われた、1252プロジェクトの授業「1252Clubroom with 日本体育大学」
まず1252プロジェクトでは、高校生や大学生を対象にオンラインまたは対面のハイブリット形式で、生理に関する授業を行う。参加は女子学生だけに限らず、生理に関する正しい知識を得たい男子学生や男性の指導者にも門戸を開いている。
「生理は女性にしかありませんが、それにまつわる問題は女性だけでは解決できないと思っています。やはり男性の理解が必要ではないでしょうか。たとえば、生理痛は病気じゃないという誤った認識がまだまだありますが、ひどい場合はチョコレート嚢胞や子宮内膜症などの病気が隠れている可能性もあります。そうなると将来的に不妊のリスクにもなりますから、適切な対応が必要なんですね。特に学生アスリートの場合、指導者は男性が多いので、指導者側の男性にも正しい知識が必要だと思います」
特に高校スポーツの場合、選手がレギュラーの座を勝ち取ることができるチャンスはたった3年間。そのため、大事な試合と生理が重なることや、生理による体調不良を監督に相談して、レギュラーの座から外されたらどうしようと悩み、誰にも相談できないケースもあるという。その結果、無理を重ねて生理不順や無月経に繋がることも稀ではないそうだ。
3ヶ月以上の無月経が、骨粗鬆症につながるリスクに「初潮以降、妊娠以外で3ヶ月以上生理がない状態を無月経と言います。それが続くと骨粗鬆症という症状に繋がります。女性の場合、初潮を迎えてエストロゲンという女性ホルモンが増えるのに合わせ、骨密度が急速に増加していき、20歳頃にピークを迎えます。その後、20歳を過ぎると骨量は増えないため、10代で無月経を放っておくと、将来的に骨粗鬆症となってしまうんです。50代になっていくらカルシウムを摂取したり運動をしたりしても、それは現状維持であって、骨密度を増やすことはできません。また、無月経はメンタルや循環器系にも影響すると言われているので、そうした知識を10代のうちから得ておくことは、とても重要です」
かといって、10代から女性が責任をもって情報を探し、適切な対応をするというのは難しい。そこで大人のサポートが重要になってくる。日本では長らく生理は個人の問題で、誰かに相談したりするのは気が引ける、恥ずかしい、タブーといった風潮があった。そうした古い体質を改善して、社会全体が生理に対して正しい知識を共有し、適切な対応ができる環境を作っていくことは、スポーツ界だけでなく一般社会においても重要だと伊藤氏は考えている。
必要なのは特別扱いではなく、正しい知識YouTubeで誰もが見ることができる「Talk up 1252」では、多くのトップアスリートが自身の体験談を語っている
では、女性の生理に関して、周囲が理解を深めるとはどういうことだろうか?
たとえば労働基準法の第68条には「使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならない」という、生理休暇に関する条文がある。しかし、こうした休暇の扱いについても伊藤氏は疑問を投げかける。
「そもそも生理休暇って、女性だけ特別扱いしているように思われる仕組みではないかと思うんですね。それに、なぜ上司に自分の生理日を知られなければいけないんだと思う人もいるでしょうし、生理痛が酷くない人は生理休暇を使わないけれど、毎月使う人もいる。あるいは、男性だって体調不良になることはあるのに、自分だけ生理痛で生理休暇を取るのは気を遣って言えない人だっているかもしれない。いくら制度があっても、社会の気持ちがポジティブでないと生理休暇を使えない場合もある。ですから、性別や不調の原因に関係なく、具合が悪いならば誰でも仕事を休んだり、ちょっと手伝ってと言える世の中にならなければいけないと思うんです」
まずは男女を問わず誰でも生理に関する正しい情報にアクセスできるよう1252プロジェクトでは、トップアスリートたちが生理にまつわる体験を語る「Talk up 1252」という動画をYouTubeで配信。伊藤氏を皮切りに、元バレーボール女子日本代表・大山加奈氏、元バドミントン日本代表・潮田玲子氏、元バスケットボール日本代表の中川聴乃氏といった有名アスリートたちが貴重な体験談を語っている。
また、公式Instagramでは、女子学生アスリートが知っておくべき「生理の知識」を、スポーツ・医療・教育の各専門的知見から発信。いつでも誰でも無料でアクセスできるようになっている。
男性の理解を深めるために大切なこと桐蔭横浜大学スポーツ健康政策学部スポーツ健康政策学科において、スポーツ指導者を志す男子学生も対象にした授業
1252プロジェクトの活動を通し、生理について「なんとなくわかっていたけど、そういうことだったのか」「知っているようで知らなかった」という声を聞くという。また男性の生理に関する理解も、すこしずつではあるが深まっていると感じることがあるそうだ。
「大学生向けの授業をした時などは、男子学生から『彼女が生理のときは、どんなことをしてあげたらいいですか?』といった質問が出る場合もあります。若い方の場合は、そういうポジティブな反応が自然に出てくるので、嬉しいですね」
生理の悩みは個体差があるので、「こうしたらいい」という正解はない。だからこそ、このように若いうちから男女を問わず生理の問題を身近なことと考え知識を深めていくことは、アスリートの世界だけでなく、一般社会においても重要なのではないだろうか。一方で、男性指導者の場合は年齢的にそういう教育を受けてこなかった背景もあるのか、「男性指導者だけを集めたレクチャーをして欲しい」といった要望が出たことがあるのだとか。
「女性を排除したいという意味ではなく、女性が1人でもいると『こんなことも知らないの?』と思われてしまうんじゃないかとか、そういった不安もあると思います。知らないことは決して悪いことではないですし、男性限定でもそうした話を聞いてみたいという意見が出てくるのはいいことだと思うので、今後は男性向けのセッションも考えたいと思っています」
すべての女性アスリートが輝く時代を目指して伊藤氏は、生理に関する悩みが解決したからといって、アスリートたちのパフォーマンスが必ずしもアップするとは限らないと考えているそうだ。その上で、なぜアスリートの生理に関する問題に取り組むのかといえば、「女性アスリートが自分らしくもっともっと競技を楽しめたり、競技力向上に邁進したりするのを可能にするため」だと言う。
「試合で絶対に良いタイムを出す、絶対に優勝しなきゃいけない。そういう考えも大事ですが、特に学生アスリートには、それだけにはとらわれて欲しくないですね。勝つために頑張るのはいいのですが、勝つことが全てにおいて正しいとは限らないですよね。正しい知識があれば、健康を犠牲にすることなく、自分の体を大事にしながら自分の競技力を上げられると思います」
伊藤氏はスポーツの魅力は、勝つために一生懸命に努力をすること、その過程で悔しい思いをしたり、仲間との絆を深めたり、喜怒哀楽のさまざまな感情を体験するところにあると話す。そして、すべての女性アスリートがその魅力を味わい、輝いて活躍できる時代になるために、今後も1252プロジェクトを広めていきたいと今後の抱負を語ってくれた。
多様化が進む現代の日本社会では、男女の区別なく働いたり、スポーツに取り組んだりすることが可能になってきている。しかしだからといって、男女の体の差異がなくなったわけではない。生理があることを始め、男女の体には違いがある。そして同じ女性同士でもそれぞれに違いがある。性別が違うから分からなくて当たり前、自分は生理痛は酷くないから分からないではなく、違いを認め、違いを理解することが多様な社会を実現するのではないかと伊藤氏は言っていた。そんな社会が実現し、女性アスリートが活き活きと輝いてスポーツに取り組むことができれば、もっともっとスポーツは楽しくなるのではないだろうか。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
資料提供:一般社団法人スポーツを止めるな
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