わが子がスター選手に?自治体が発掘・育成を支援
パラサポWEB / 2023年6月5日 7時0分
人が運動の基礎能力を身につけるのは、「ゴールデンエイジ」と呼ばれる6~12歳頃が最適だと言われる。この頃にさまざまな身体的な動きを経験し、実際にどれだけ体を動かすかどうかが、将来の運動センスや技術にまで影響すると考えられているのだ。こうした研究結果を踏まえ、自治体が身体能力の高い子どもを発掘して一流アスリートに育てていくという試みが日本全国で行われている。そんな取り組みのひとつが埼玉県が2011年から行っている「彩の国プラチナキッズ発掘・育成事業」。ご担当者に話を伺った。
毎年30人の選ばれたプラチナキッズがトップアスリートを目指す東京オリンピックボクシング代表の成松大介選手より指導を受けるプラチナキッズ
埼玉県は、地元から世界を目指せるトップアスリートを輩出するため2011年から「彩の国プラチナキッズ発掘・育成事業」に取り組んでいる。この事業では、毎年県内在住または在学の小学4年生を対象に公募を行い、体力テストなど2段階のテストを実施。その結果をもとに、毎年30人の児童「プラチナキッズ」を発掘する。選ばれた子どもたちは20を超えるさまざまなスポーツを体験後、自分にあった種目を選択し、5年生から小学校卒業までの間は、専門家による育成プログラムやスポーツ科学の活用したサポートを受けられるほか、各分野のトップアスリートやプロチームから直接指導をしてもらえる。
「事業開始当時、埼玉県では全国中学校体育大会やインターハイの入賞者数が年々下降していて、将来に向けての競技力向上が非常に大きな課題となっていました。ですから、体力や運動能力が優れた子どもたちを組織的に発掘・育成して、将来的に国体やオリンピックを始めとする国際大会で活躍し、県民に夢と希望を与えるアスリートを誕生させることを目的として本事業がスタートしました」
と、事業が始まった経緯を話してくれたのは、この事業のリーダーで埼玉県県民生活部スポーツ振興課主査の依田晋さん。
教育プログラムの中には専門家による座学もある「また、トップアスリートに至るまでには中学生段階も非常に大事だということで、現在ではプラチナキッズに加え、プラチナジュニアという小学6年生から中学2年生が挑戦できるプログラムもはじめました」(依田さん)
このように自治体が身体能力の高い子どもを発掘して一流アスリートに育てていくという試みは日本全国で行われているが、その方法はざまざま。埼玉県では、県のスポーツ振興課を中心に、多様な競技の競技力向上に関わるノウハウを有する埼玉県スポーツ協会に業務を委託して事業を行っている。
子どもたちの才能を最大限に活かすための、特別なサポート体制カヌーの指導を受けるプラチナキッズたち。学校の授業では習うことのないさまざまな競技を体験できる
埼玉県スポーツ協会には、各種目別競技を統括する47の競技団体、県内市町村を統括代表する63の体育協会・スポーツ協会、さらに県内の学校体育等を統括する6つのスポーツ団体が加盟している。
「埼玉県スポーツ協会では、中学生は中体連(中学校体育連盟)が、高校生は高体連(高校体育連盟)がそれぞれ育成と強化を担当してきました。その他、各種競技団体は高校生年代を少年という種別で呼んで強化をしてきたのですが、そもそも子どもたちがその競技を始めるきっかけというのが中学校や高校からでした。そこで、ゴールデンエイジと呼ばれるもっと早い小学生年代からスポーツに出会う機会を作っていけるようにしようということで、小学校の4年生、5年生、6年生の頃から競技団体と接点を持てるように県の事業を活用しました」
(右)スポーツデンティストから歯科検診を受けるプラチナキッズそう説明してくれたのは、埼玉県スポーツ協会競技スポーツ支援課長の本間孝太郎さん。本間さんたちは、プラチナキッズの発掘、その保護者を含む教育プログラムを企画、提供してアスリートとして育成するほか、子どもたちが興味を持ったスポーツに本格的に取り組めるよう、各競技団体との調整を行うなどさまざまなサポートをしている。
「子どもたちがアスリートとして育つためには保護者の理解も重要なので、保護者向けの研修も行っています。その他、費用面のサポートも重要です。例えば馬術をやりたいという子どもがいた場合、まずその支援を親ができるかという相談をします。次に馬術連盟さんも、できるだけ安価に始められるきっかけをプラチナキッズの事業を介して作ってくださったりしています。他にも、競技団体によってはその競技に関わる物品を貸与したりするといった工夫をしています」(本間さん)
このように多くの競技団体が加盟している協会だからこそ、スポーツとの出会いから、適切な指導、さらにはそれを継続していく環境づくりまでを一貫して行うことができるのだ。
プラチナキッズ修了生が日本代表として世界で活躍注目のプラチナキッズ修了生、女子スピードスケート・ショートトラックの金井莉佳さん
こうした事業は結果を出すのに長い時間がかかるため、担当者の熱意や地道な努力、地域の人々の理解や、子どもたちのやる気などが重要になってくる。「彩の国プラチナキッズ発掘・育成事業」も2011年に始まってから12年。長いように思えるが、当時小学4年生だった子どもたちはまだ23歳だ。
そんな中、注目なのがプラチナキッズ修了生の金井莉佳さん。2022年に女子スピードスケート・ショートトラックの日本代表として17歳でワールドカップに初出場。現在は2026年の冬季五輪出場を目指す。その他にも、国民体育大会を含むさまざまな競技の全国大会で優勝したり、国際大会で入賞したりする選手も出始めている。また2022年には修了生の相澤白虎さんが読売ジャイアンツに育成選手としてドラフト指名された。
このように今後の活躍が期待される選手が育ちつつあるが、この事業は、プラチナキッズ以外の子どもたちにも影響を及ぼしているという。
憧れのプラチナキッズ。子どもたちが努力するきっかけにおそろいのユニフォームを着たプラチナキッズたち。県内の子どもたちの憧れにもなっている
「プラチナキッズは毎年応募数が1000人を超える事業となり、県民の注目も集めています。プラチナキッズは専用のユニフォームがあるのですが、そのユニフォームを着ていると『プラチナキッズだ、すげえ』と子どもたちが言ったりして、憧れに近い存在になっているようです」(依田さん)
さらにプラチナキッズは単なる憧れの存在というだけでなく、自分もプラチナキッズになりたいと、子どもたちが努力するきっかけにもなっているのだとか。
「例えばすごく足が速い子でも反復横跳びができない子がいたりするんです。私たちがプラチナキッズを選ぶ際には、そうした反復横跳びや立ち幅跳びといったわかりやすい運動能力の指標を設けています。それがあることによって、教育現場の先生たちや、地域の運動クラブの指導者なども、どうすればプラチナキッズに選ばれるかを指導しやすいですし、子どもたちもプラチナキッズになるには、どんな運動を頑張ればいいとか、目標を立てやすい。そういう意味でもできるだけ単純な測定で意欲と能力のある子どもを発掘できるように工夫をしています」(本間さん)
こうした誰もがチャレンジしやすい選考の指標を打ち出すことによって、多くの子どもたちが目標をもって運動に取り組むことは、結果として埼玉県の小学生の運動能力の底上げにも繋がっているのだろう。また、プラチナキッズの大きな特徴として、再チャレンジが可能ということがある。小学校年代の子どもたちの成長は目覚ましいものがあり、数ヶ月で身体能力が大きく伸びるケースもある。そこで、一度選考に落ちても、その年度のエントリー期間内であれば何度でもチャレンジできるというルールを設けた。これによって、悔しさをバネに再挑戦して見事合格する子どももいるそうだ。
今年度からはパラアスリートの発掘・育成も強化埼玉パラドリームアスリートの認定書を受け取る中野洸介選手(陸上競技・長距離)
埼玉県は今年度(令和5年度)から、これまで福祉部に所属していたパラスポーツ担当の部署を、県民生活部のスポーツ振興課の所轄とし、オリパラ一体のスポーツ振興を目指すことを決めた。
「これまで、障がいのある方には、パラリンピックを目指すようなトップアスリートに対して遠征費の助成をする支援メニューぐらいしかない状態でした。そもそも障がいのある方がスポーツをする機会や経験できる場がかなり少ないという課題もありましたので、今後は予算を確保し発掘と育成を進めていきたいと思っています」
と意欲を見せるのはスポーツ振興課でパラスポーツを担当する渡辺由起子主幹。その手始めとして4月16日に今年度の「彩の国プラチナ事業」の認定証交付式が、パラアスリートを対象とした「埼玉パラドリームアスリート事業」と合同で行われた。今後はパラリンピアンとして世界を目指すアスリートの発掘育成も期待される。
少子化などの影響で人口が減る日本では、競技人口が減り、地域によってはそのスポーツによるコミュニティを維持することが困難になっているケースがある。たとえば、団体競技では部員の数が足りずに廃部になる部活動やチームを組めない競技もあるという。
「コミュニティは文化なんですよね。ですから各スポーツのコミュニティを守るのは文化を守ることとほぼ同じであり、スポーツの価値そのものを守ることと私は理解しています。多感で才能豊かな子どもたちにさまざまなスポーツごとに異なる文化に触れてもらうのが、各競技のスポーツ体験会です。そのような体験会一つを開催するにも、スポーツを通じた人と人との繋がりやステークホルダーとの前向きな話し合いが必要です。こういった一見地味だが大切なことを丁寧に取り組むことは大変ですが、各スポーツの文化を尊重し、維持し、より強くすることにきっと繋がると信じています」(本間さん)
地元からオリンピアンやパラリンピアンを輩出することが最終目的ではない。応援されるアスリート、応援するファン、支える人々、スポーツを通して全ての人が繋がりコミュニティという文化が醸成する。この取材を通して、そんなスポーツの新しい可能性を見た気がした。
text by Kaori Hamanaka (Parasapo Lab)
写真提供:(公財)埼玉県スポーツ協会
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