マツダスタジアムが成長しつづける理由
パラサポWEB / 2023年9月4日 7時30分
今やすっかり日本社会にも溶け込んだユニバーサルデザインという言葉。多様性というキーワードとともに、D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の実現が課題となって久しい現代において、商品開発や新しく建築物を設計する際に避けて通れない概念となってきている。そこで、ユニバーサルデザインの観点からも高く評価されている、プロ野球・広島東洋カープの本拠地球場である「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」の設計を担当した追手門大学社会学部スポーツ文化学専攻准教授上林功氏に、ユニバーサルデザインの現状、そこに秘められた可能性についてお話を伺った。
(目次) ユニバーサルデザインとは? 多様性の時代とともに変化する言葉の定義 現代のユニバーサルデザインに必要な3つのポイント
(2)企画の段階から多様なプレイヤーが参加できるプロセスデザイン
求められるのは、リーダーよりもファシリテーター身近なところでは100円ショップにある商品から、大規模なものではスポーツスタジアム、都市開発まで、生活の中のあらゆる場面で耳にするようになったユニバーサルデザインという言葉。その始まりはデンマークで始まった「ノーマライゼーション」、つまり「障がいのある人や高齢者が、一般の人たちと同じように暮らせるようにしよう」という考え方だと言われている。その後1980年代に、自身が車いすユーザーであったアメリカのロナルド・メイス氏が提唱したのが「ユニバーサルデザイン」。特別な改造や特殊な設計をせずに、全ての人が利用できるように配慮された製品や環境のデザインのことで、日本では1995年頃から注目を浴びるようになった。
多様性の時代とともに変化する言葉の定義「ユニバーサルデザイン」という言葉の定義は時代とともに微妙に変化してきている、と言うのは設計担当者として「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」などのスポーツ施設の設計を手掛けた追手門学院大学社会学部の上林功准教授だ。
上林氏は、近年聞かれる「インクルーシブデザイン」という言葉とも合わせて、「ユニバーサルデザイン」について下記のように語る。
「僕がユニバーサルデザインという言葉を初めて耳にしたのは1990年代です。当時バリアフリーという言葉はすでにあったのですが、『これからはバリアフリーではなくて、ユニバーサルデザインなんだよ』、といった文脈で聞いた覚えがあります。その当時のユニバーサルデザインはどちらかというと、どのようなものを作るかというプロダクトそのものに集中していたように感じます。例えばペンをユニバーサルデザインする場合、基本的にペンでものを描くという目的が前提にあって、ペンで描かなくてもいいという発想がない。目的そのものに対しては多様性を認めてないみたいなところがあった気がするんです。一方で僕は、ペンは必ずしも何かを描かなくてもいいんだよといった、ペンのあり方とか関わり方そのものを受け入れるのが、インクルーシブデザインという風に捉えていたんです。ところが最近では、そういう多様性みたいなものもユニバーサルデザインは全部含んでいますよ、と言う人もいて、概念そのものが変化してきているということはあると思います」
ユニバーサルデザインという言葉が生まれた当初は、主に作り手が消費者のユーザビリティ(使いやすさ、有用性)に配慮したプロダクトデザインを意味することが多かったが、今では多岐にわたる分野で、さまざまな捉えられ方をされている。上林氏は建築設計に携わる立場から以下のように話してくれた。
「例えばスタジアムやアリーナという多目的で非常に多世代の人たちが集まるような場所の設計でユニバーサルデザインを考えるとき、1つはアクセシビリティやバリアフリーという物理的なアプローチがあると思います。もう1つは、環境としてのスタジアムという一面。スポーツがあることによって地域やエリア全体の人たちの心が励まされるだとか、いろんな社会困難がある中で、その場所があるおかげでみんながワクワクさせてもらえるといった、心のレジリエンス(回復力)、心のアクセシビリティみたいなものを喚起させる、そんな環境としての一面です。それもまたユニバーサルデザインにつながっていく部分ではないでしょうか」
現代においてユニバーサルデザインとは、形のあるものだけでなく、幸福感や豊かな暮らしを生み出す環境、といった目に見えないものも含まれるのだ。
現代のユニバーサルデザインに必要な3つのポイント上林氏は、現代においてユニバーサルデザインを考えるときに重要なこととして、以下の3つのポイントをあげる。
- (1)完成させない
- (2)企画の段階から多様なプレイヤーが参加できるプロセスデザイン
- (3)良質な失敗を重ねられる環境作り
この3つを、上林氏が自身の経験や実際の事例をあげて解説してくれた。
(1)完成させない何かを作ろうとするとき、多くの人は完成した姿や、完成の期日を決めてから動きはじめるだろう。しかし、それは決して世界共通の考え方ではないのだそうだ。
「2016年に、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞したアレハンドロ・アラヴェナ氏が『逐次的デザイン』という言葉を使いました。それは、たとえば住宅を設計する場合、あえて半分しか完成させず、未完成のままにするという考えです。残り半分は住んでいる人が時間をかけて手を加え、自分たちで完成させる。これまでにも住習慣としてヨーロッパには近い考え方があったのですが、そうすることで十人十色の住宅ができ上がりますよね。これは実はアクセシビリティしかり、先ほどのスポーツ施設がレジリエンスの場所になるという話しかりで、利用者の愛着という背景があると思うんです。建物をあえて未完成のままにして、最終的に使う人が作り上げていくというのは、環境や施設に愛着を持ってもらう上で、とても有効な手段だなと僕自身は思っています」
日本では、住宅は基本的に新築の時点が一番資産価値が高いとされる。しかしヨーロッパ、特にイギリスやフランスといった古い街並みを残す都市では、住んでいる人が使いやすいように改良を重ね、古くなった住宅の方が価値が上がるといったことがあるそうだ。
「日本は地震が多いため、事前の設計段階でいろんなことを想定して完璧なものを作り上げることが大前提になっているという背景があります。しかし、それはユニバーサルデザインにはあまり合わない考え方です。たとえば、建築設計者やクライアントの中には多様性についてすごく研究されている人もいますが、利用者みんなが多様性のプロフェッショナルではないですよね」
多様な社会では人の求めるもの、人が心地よいと思うものはそれぞれ違う。そんな中で、全ての人が完璧と思うものを作ることは不可能だと言っても過言ではないだろう。
「日本の建築業界には竣工式があって、一般的にその日が建物が完成した日となります。そのために建物には形として完成する瞬間があるんだと思いがちですが、実際には施設にとってはそこがスタートで、維持管理も含めて、ずっと何かしら手を入れ続けることがはじまります。つまり建物とは、そもそも完成するものじゃない。建物に人がどう関わっていくのか、関わり方そのものを考えるのが、建築環境におけるユニバーサルデザインなのではないでしょうか」
建築だけに留まらず、あえて完成の時点を定めず、暮らしながら、使いながら、人がそれぞれ使いやすいようにカスタマイズし育てていける。そんな考えが、多様性が求められる現代のユニバーサルデザインには必要なのだ。
日本では、まだまだこうした考え方を進めるのは難しい。しかしスタジアムなどの屋外のスポーツ施設の場合は、他の建設用途に比べ法的規制が緩いこともあり、自由度が高いと上林氏。実際、上林氏が設計に携わった「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」は開場から14年経った今でも毎年、何らかの手が加えられているという。
「『Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島』の収容人数は3万3000人ですが、固定観客席はあえて3万席しか作りませんでした。残りの3000席分は余剰範囲として設けていて、いろんな人のいろんな意見を試せる空間になっています。例えばファンやスタッフの提案で、広島カープのマスコットであるカープ坊やの遊具を置いてみたり、動物のオブジェのようなものを置いてスタジアム全体が動物園のようにしてみたり。後から自由に使える空間を設けて、それがファンやスタッフの“伸びしろ”ならぬ“関わりしろ”になっている、といった感じですね。もちろん取捨選択があって、これはちょっとダメだったねっと言って1年で撤去されたりすることもありますが、未完成であることが、実は多くの人が自分ごととしてそこに参加できるような仕組みとなっているんです」
(2)企画の段階から多様なプレイヤーが参加できるプロセスデザインユニバーサルデザインが日本で本当の意味で浸透しはじめたのは2010年代に入って、メイカーズマインドと言われる「使い手が作り手になる」という考え方が注目され始めたことが背景にあるのではないかと上林氏は言う。
「そもそも作るということは変えることです。たとえば、お年寄りが家に手すりやスロープをつけるのは、家の使い方、使われ方を変えていくこと。逆にそういう使い手の介入がないということは、できたものに従うということなんですよ。ものづくりは、完成したものをそのまま使う『従う』という以前のスタンスから、自分で手を加えられる“関わりしろ”ができて『参加する』というスタンスになってきていて、それに伴いユニバーサルデザインも変化しているように思っています」
こうした変化にはSNSの普及が大きく影響しているのではないかと、上林氏は分析している。
「従来のコンテンツは、記事やリリースのようなものも含めて基本的に一方通行だったんですよね。ところがSNSの登場で、情報の双方向性が加わりました。シェアやいいねといった相互の共有を通じて、いろんな人が関わることを前提とした、共に作って共に楽しむ世界、そんな世界が広がったと考えています。アルビン・トフラーという社会学者は、一方的に単方向で発信される消費してばかりの消費社会に対し、お互いに作ってそれを共有し、お互いにそれを楽しむような生産と消費が一緒になった「生産消費」の未来社会のようななものを1980年代に予測していました。まさにそうした世界がもう到来しているんじゃないでしょうか」
このような多様なプレイヤーが関わることができる参加型のプロセスこそが、今後ユニバーサルデザインを進めていく上では不可欠になってくるだろうというのだ。その印象的な事例として上林氏が挙げてくれたのが、2028年に開催予定の国民スポーツ大会で使われる陸上競技場建設だ。開催地である長野県では、既存の松本平広域公園陸上競技場を、大会に向けて建て替えることを検討してきた。その検討のプロセスにおいて、県はタウンミーティングを数回にわたって開催。一般市民がリアルまたはオンラインで参加し、多くの人が意見を述べ、またその様子がYouTubeで一般に公開されたのだそうだ。
https://www.youtube.com/watch?v=Ot2vTBQvSQU「最初は、そんなのできるわけないじゃん、といった話も含めて、いろいろな意見がありました。でも、丁寧に対話を重ねていくうちに、最後にはみんなで一緒にいいもの作ろう!といったところに着地したんですね。僕はこのミーティングでファシリテーターをさせてもらったのですが、何が良かったかというと、県が用意してくれたすごく透明性の高いプラットフォーム、いわゆる議論の場と設計の進め方といった、設計の土台となる部分がすごくうまくできていたところです。プロジェクトの進め方の根本をこのように参加型に変えなければ、本当の意味でのユニバーサルデザインにならないことを実感しました」
市民の声、使う人の声をいちいち取り上げていたのでは、大きなプロジェクトは進まないといった反論もあるだろう。しかし、そう考えている時点で「プロジェクトの推進」が第一目標になってしまって、多様な人々にとってのユーザビリティなどといった本来の目的から脱線していると上林氏は指摘する。
「プロジェクトの推進が第一。確かにそれも正しいんですが、それで出来上がったものが本当にいいものになるのかを問うような時代になっているように思います」
(3)良質な失敗を重ねられる環境作り先に紹介した長野県の事例を見て、上林氏は現代のユニバーサルデザインを中心としたものづくりの姿勢が、イノベーションのきっかけになるのではないかと考えるようになったそうだ。
「大型のスポーツ施設を作る場合、一緒に街を作っていくとか、社会を作っていくための施設にしようといったことが、よく言われます。しかし実際には作った後にどうしていくのかを街の人に丸投げしてしまうというケースが多いように思います。でも長野県の事例のように、最初のプロセスから使う人たちや、そこに暮らす市民が関わっていって、あえて完成時期を明確にせず、みんなの”関わりしろ”を設けて、みんなで作り続けていくという風にすると、社会に新しい価値をもたらす『イノベーション』が起きるのではないかと思うんですよね」
このプロセスで重要になってくるのが良質な失敗を重ねられる環境だというわけだ。
「イノベーションの父と呼ばれているヨーゼフ・シュンペーターは、イノベーション創出のきっかけとして予期せぬこと、失敗によって得るものが必要と説いています。たとえば100万にひとつの素晴らしいアイデアは言い換えれば99万9999個のアイデアを土台にしている。とにかく数を重ね、数多くの失敗を重ねることが稀有なアイデアに繋がります。これら多くの失敗を重ねるうえで、同じ失敗をしては意味がありません。同じ失敗をしないためには事例を重ねる人が多様であった方が効率的であることがわかります。まさに近年企業が多様性を掲げるようになったのは、社会に求められているからというよりも、今後企業が生き残っていくためにイノベーションを起こすには、多様なプレイヤーを入れて多様な人たちに考えさせて、いろんな事例をとにかく数万でも数十万でも積み重ねていくことが必要だから。そうすれば、確率的にイノベーティブなものが生まれるはずだからです」
100のアイデアから1つのイノベーションを生み出せるとしたら、残りの99は失敗となるわけだが、多様な人材が多様なアイデアを出した場合、99の失敗は無駄ではなく、次の100に繋がる良質な失敗となる。この良質な失敗を重ねることを許容できる環境こそが、時代にあったユニバーサルデザインを生みだし、それがイノベーションを起こすのだろう。
求められるのは、リーダーよりもファシリテーターここまで紹介してきた3つのポイントを包括したプラットフォームを作ること、すなわち、みんなで楽しむ社会においてもたらされるデザインが、ユニバーサルデザインであり、今後ますます、そうした考えが重要になってくるだろう。その一方で、上林氏は独創性が生み出す素晴らしさが失われてしまうことを危惧している。
「ユニバーサルデザインはみんなで作り上げていくという考え方も重要ですが、独創性の素晴らしさも当然あると思います。昔は独創的なチームを作ろうと思ったら、リーダーシップがある独創的な人が必要だと言われていました。強力なリーダーシップで他のメンバーを引っ張っていくといった構図です。でも、最近の共創的な仕組みにはファシリテーターが必要だと言われています。ファシリテーターの役割はリーダーシップを発揮するのではなく、独創的な人たちの集まりがうまく回るように環境を整えることです」
ユニバーサルデザインを進める上で必要なのは、強烈なリーダーシップではなく、むしろ多様な人材の個性を見て、環境や仕組みを整えることができる人材だと上林氏は考えている。そして、建築家も社会のリーダーシップを取るような「アーティスト」として君臨するのではなく、地域社会や社会そのものをうまく回して、個性のある人たちをうまく回すような「ファシリテーター」の役割へと変化していくのではないかと予想している。そして、もし独創的な人が集まって、共創的な仕組みの中でものを作ることができたら、すごいものが生まれるのではないかと、ユニバーサルデザインの未来に期待を寄せている。
言葉というのは、時代とともに変化していくものだ。ユニバーサルデザインという言葉も誕生して40年ほどだが、すでにその概念、また実際にデザインする上でのプロセスは大きな変化を遂げてきた。恐らくこれからも、その捉え方は変わっていくのだろう。「こうあるべき」「こうでなければならない」といった固定概念にとらわれず、時代のニーズに合わせて柔軟に変化していくこと。それこそがユニバーサルデザインの本質なのではないだろうか。
PROFILE 上林功(うえばやし・いさお)
1978年11月生まれ。追手門学院大社会学部准教授、株式会社スポーツファシリティ研究所代表。設計事務所所属時にMazda Zoom-Zoom スタジアム広島、兵庫県立尼崎スポーツの森水泳場などの設計を担当。現在は行政自治体のスポーツ振興政策のほか複数の地域プロクラブチームのアドバイザーを務める。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
photo by Shutterstock
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