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ダイバーシティ推進、企業で成功させる秘訣

パラサポWEB / 2023年10月16日 7時30分

現在、各企業で積極的にダイバーシティ(多様性)への取り組みが推進されている。しかし、実際に組織のパフォーマンスの向上に貢献するようなダイバーシティ戦略とはどのようなものなのだろうか? 多様性というと一般的には、ジェンダーや障がいの有無、国籍など、表面的なものにフォーカスしがちだが、ダイバーシティを本当の意味で活かすには、多様性についてより深い視点が必要だという。

そこで今回は、最新のダイバーシティ戦略として注目しておきたいダイバーシティの「種類」から取り組みへのステップ、実例などを、組織行動論、経営組織論を専門分野とする明治学院大学 経済学部の林祥平准教授に伺った。

ダイバーシティの取り組みは、本当に組織にとって有効なのか?
明治学院大学 経済学部の林祥平准教授

――現在の日本の企業におけるダイバーシティの推進は、どのような状況ですか?

林 祥平准教授(以下、林):これまでの歴史では、日本企業は日本人かつ男性中心に構成される傾向にありました。しかし、現在は女性もたくさん働いていますし、多様な社会があたりまえになりつつあるので、日本人にこだわる、男性にこだわる、と言うのは逆に非生産的です。多様な社会であれば、多様な人たちを受け入れて、それを戦力にしていく。そこで現在は、各企業で女性活躍の推進や外国人の採用など、積極的に力を入れ始めていますよね。

ただ、企業も社会の変化を受け入れていこうという流れになってはいるものの、欧米の企業と比べると、日本人にはまだ多様性に関する考え方に馴染みがないので、「異物」を取り入れるという発想の方も少なからずいらっしゃるようです。というのも、ダイバーシティの議論は、どうしてもマジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)という区分けになってしまいがちなのですが、マジョリティの人たちからすると、今まで居心地が良かった空間がそうではなくなると感じてしまう。今、企業のダイバーシティ推進において、こうした、頭では分かっているけれど心の片隅で残ってしまうモヤモヤのようなものを取り除いていくことも課題のひとつではないでしょうか。

――ダイバーシティを推進することで、企業にとって具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか? 実績や結果などは出ているのでしょうか?

林:ダイバーシティの取り組みは結果が出るのに5年以上かかると言われています。そもそもダイバーシティな職場を作るのは、1年ではできません。即効性があるわけではなく、じわじわと結果に繋がっていくもので、末長く企業が健全に機能していくために必要です。ただ、令和2年度まで経産省で選定していた「ダイバーシティ推進企業100選」に選ばれていた企業とそうでない企業を対象に調査したところ、「採用に対して満足しているか」「業績に対して満足しているか」といった調査では、選ばれていた企業の方が圧倒的に満足している傾向にありました。肌感覚として、現状に対してうまくやれているという実感はデータとして出ています。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/turutebiki.pdf

またメリットとして、採用市場において、ダイバーシティを推進している企業は優位だといえます。ダイバーシティに力を入れている企業は、「マイノリティ」とされる人にとってポジティブに見えますし、彼ら自身が自分のキャリアを考えた時に、こういった企業の方が望ましく見えるのは当然ですよね。優秀な人材が欲しい企業にとっては応募者が多いほど、選べる人材が増えるので、企業側が望む人材を採用できる確率は高まるでしょう。

ダイバーシティの種類とは。偏ると逆に業績に悪影響?

――ダイバーシティには表層と深層の2種類があると伺いました。どのような違いがあるのでしょうか?

林:まず、表層的ダイバーシティとは、いわゆるジェンダーや障がいの有無、国籍など表面的に分かる多様性です。単純に数えやすいので、ダイバーシティの取り組み度合いを数字として表しやすく、企業としてもアピールしやすい。しかし、単純に表層だけにフォーカスして採用すると、男性 対 女性、日本人 対 外国人 といった対立構造から溝が生まれやすくなり、協力関係が築きにくくなります。長い目で見ても、表層だけに注力するのは業績が下がると海外でも言われているのです。

ではどうしたらいいのか?そこで出てくるのが「深層的ダイバーシティにも力を入れましょう」という話です。深層的ダイバーシティとは、スキルや価値観、パーソナリティといった、外からは認識しづらい多様性です。スキルを分散させたり、様々な価値観を持った人を集めることで、様々なお客様に求められる製品、サービスが展開できるという考え方です。イノベーティブな企業やクリエイティブな企業は、色々な情報や価値観が一つに集約するときに生まれるとも言われています。これはまさに深層的ダイバーシティがうまくいった結果と言えるでしょう。

――では、表層ではなく深層的ダイバーシティに注力した方がいいのでしょうか?

林:それが一概にそうとも限らないんです。表層的ダイバーシティは短絡的に見ると、悪く見えてしまうかもしれませんが、例えば女性には女性ならではの価値観があり、男性には男性ならではの価値観がある。あるいはインド人ならではの価値観、日本人ならではの価値観もある。もちろん画一的な見方は禁物ですが、表層的な多様性に深層的な多様性がくっついてくるケースはあるわけです。なので、表層的ダイバーシティを推進することで、価値観も自然と分散される、広がっていく、知らないうちに深層的ダイバーシティにも力を入れていることにもなります。ただ、先ほども言いましたが、表層的なダイバーシティの推進は、一歩間違えると対立構造が生まれてしまい、深層的ダイバーシティの良さをかき消してしまうことがあります。結局、コミュニケーションを上手く取り合うことで、お互いの良さが分かった時に協力関係が築ける、お互いの良さを活かせるわけですから、「表層」「深層」のどちらも意識し、バランスを取ることが必要ですね。

深層的ダイバーシティはどう取り入れ、活かしていくのか?

――目に見えない深層的ダイバーシティは、採用段階では見極めるのが難しそうですが、どう取り入れていくのでしょうか?

林:採用段階では難しいかもしれませんが、いずれにせよ人はみなそれぞれ個性を持っていますから、程度の違いこそあれ、ある意味で企業の中には深層的ダイバーシティが必ず存在している、とも言えます。なので、それをどう拾って活かしていくことができるか?ということを考えるのが重要です。

深層的ダイバーシティへの取り組み

〜サントリーホールディングス株式会社の事例〜

林:サントリーさんは、女性管理職や外国人採用の比率など、数値目標もしっかり持っており、行動指針としてダイバーシティやインクルージョンを我が社ではこんな風に考えていますよ、というものをトップがきちんと意思表明しています。その上で、深層的ダイバーシティへの取り組みとも言える職場作りの努力もされています。

例えば「育成計画」。キャリアはそもそも十人十色ですよね。会社の中で出世したい人もいれば、出世には興味ない人もいて色々なパターンがあります。そういった個々のキャリアビジョンに合わせて育成を考えていくことをしているのです。そのためには、人事主導だと個々の考え方が見えない、ということで、職場の上司と人事がきちんと議論をして部下の育成計画をカスタマイズしていく、ということをされています。

また、分かりやすいダイバーシティとして子育て中の人というのもいますよね。女性だけでなく、子育て中の男性も、すでに子育てを終えた世代の上司から「もっと仕事を優先しろ」といった価値観を押し付けられてしまうこともあります。そこで「子育てコミュニティ」(SUN-co-NEsT)を作り、子育てしていく上での苦労を共有できる仕組みを作ったそうです。また、自分たちが働きやすい職場を自分たちで作っていけるような機会も設けています。子育て中の社員だけでなく、出産を控えた社員もコミュニティに参加し、”先輩”が”後輩”の不安を拭う手助けもしているようです。

こんな風に一人ひとりの声を拾っていき、考え方を汲み取っていくような施策、プロジェクトは、まさに深層的ダイバーシティへの取り組みと言えます。ダイバーシティ推進がただのお飾りではなく、きちんとボトムアップでまわっていることが伝わりますよね。人間は打算的に生きていますから、やはりいくら企業が成長するから、社会が求めているからダイバーシティが必要、と言われても、頭では理解しつつも自分たちが損することならやはりノーなんです。ですから、サントリーさんのように一人ひとりに目を向けた施策を打つことによって、自分たちが得をするなら、ダイバーシティ推進ってやはり応援しなくてはいけないよね、という気持ちを作れる。これはすごく大事な一手だと思います。

ダイバーシティに取り組む際のステップとポイント

――実際、組織のパフォーマンスを向上させるためには、どのようなステップでダイバーシティに取り組むと効果的でしょうか?

林:取り組むステップとしては、まずは表層的ダイバーシティを広げることが大前提となります。そこから、深層的ダイバーシティへ取り組んでいく。ただ、ダイバーシティはあくまでも組織内を多様化させる、要は土壌を耕した状態だけの話なので、成果に結びつけるという点で重要なのは、その後のインクルージョンというステップです。D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)というように、ダイバーシティとセットでよく議論されますが、ビジネスにおけるインクルージョンとは、一人ひとりが認められて、活躍できる、能力を発揮できる状態を言います。企業人でなくとも、誰もが一人の個人として尊重されたい、みんなの中に溶け込みたいと思うのは、人間みんなが持っている自然な発想ですが、組織のパフォーマンスを上げるためには、ダイバーシティへの取り組みで終わらせず、その後のインクルージョンの推進にもしっかり取り組んでいくことが重要となります。

ダイバーシティの成果を上げる、インクルージョンへの取り組みとは

――インクルージョンの推進は具体的にどんなことに取り組めば良いのでしょうか?

林:まずは、「居心地がよくて活躍できる職場づくり」から始めてはいかがでしょうか。居心地がよくて活躍できるというのは、まさにインクルージョンの状態なのですが、実現するためには、全社レベルと上司レベルの2つのレベルで考えていきます。

上司レベルでは3つの行動が重要で、一つは好奇心を持って部下に接すること。ただ管理して評価して結果だけを部下に求めるのではなく、部下がどんなことに興味を持っているのか、どんな新しい気づきがあったかを聞いてまわる。そして聞いて終わりではなく、そのアイデアを部下自身で活かしてもらい、チャンスを与える。うまくいったら、最後の決定権、権限を部下に与え、責任を持ってプロジェクトを閉じてもらう。これによって部下が感じるのは、自分の考え、責任で仕事をやらせてもらえている、受け入れてもらっている、ということです。こういった環境がまさに、居心地が良く活躍できる職場といえるでしょう。

またこのような職場を社内のどこでも見られるようにするにはどうすればいいか? という時に、全社レベルでの取り組みが必要になってきます。例えば、プロジェクトを回すときに、トップダウンではなくちゃんとボトムアップで回せるように、部下を巻き込んでいく、ということを会社全体で取り組んでいく。男性だけでなく、女性も外国人の方もプロジェクトに参画してもらい、情報のアクセス権に差別がないようにしておくのも重要です。また、上司と部下との間に溝があったりするとせっかくのお膳立ても意味がなくなってしまうので、上司と部下ができるだけ接触できるような距離感の近い職場づくりも大切ですね。

それから評価に対する、公正さというのも忘れてはいけません。「プロセス(手続き)」と「結果」の公正さ、とよく言われるのですが、例えば、どういう評価軸で今回のボーナスが算出されたのか(プロセス)が分からないと、「もしかしたらもっともらえたんじゃないか?」としっくりこない。一方、ちゃんと算出方法や評価を見える化し、公正さを確保すると「もっとボーナスをもらえると思っていたけどもらえなかった」という場合も腹落ちするわけです。

最後に必要なのは、スティグマを排除する、ということです。ここでいうスティグマの排除とは、属性に紐づいた特徴で判断しない、ということ。あなただからこの専門性を持っている、というようにその人ならではの内面の強みや特徴なら良いのですが、日本人だから、男性だから、女性だから、といった属性による特徴にフォーカスしてしまうことがよくあります。例えば「障がいのある方たちに活躍してほしいから、こんな仕事を用意しています」「あなたはシルバー人材だから活躍しているんです」といったことは、一見良さそうに見えますが、本人からするとカテゴリーを押し付けられているようで納得がいかず、その扱いに対して反感を持ちやすくなります。そうではなく、50年のキャリアがあってその経験ゆえにこの活躍があるんだという見方ならば、本人も自分だから活躍できていると納得できるわけです。こういったスティグマの排除を意識していくことも、居心地がよく活躍できる職場づくりの大切なポイントになってくるのではないでしょうか。


最後に、多様性がある社会でありながら、いまだに差別問題が根強く残っているアメリカではどのようにダイバーシティの議論を乗り越えようとしているのか? と林氏に伺ったところ、「小学校から『ダイバーシティが当たり前』という感覚を身につけるプログラムがある」とのこと。そのプログラムでは「自分たちにはダイバーシティが必要。使うことで得をする」という理解を持たせる内容になっているそうだ。日本にはそういったプログラムはまだないが、だから仕方がない、で済ませてはいけない。「ダイバーシティへの取り組みは1回限りではなく、繰り返すこと」が、とても重要なポイントだとも語っていた。

企業のダイバーシティへの取り組みは、まだ始まったばかりだ。5年後、10年後、日本の企業はどのような変化を遂げているだろうか。誰もが自分らしく活躍できる職場が当たり前のように存在し、多様性に溢れた活気ある企業の姿を期待したい。

PROFILE 林祥平

明治学院大学 経済学部 経営学科 准教授。神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。博士(経営学)。2015年4月より現職。経営学の中でも組織行動論、人的資源管理論の領域を専門とし、著書には『一体感のマネジメント―人事異動のダイナミズム』(白桃書房)、『労働・職場調査ガイドブック―多様な手法で探索する働く人たちの世界』(共著、中央経済社)などがある。2015年に日本労務学会賞、2020年に日本経営学会論文賞、など受賞。

text & interview by Mariko Amano, Jun Nakazawa(Parasapo Lab)

photo by Shutterstock

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