災害時、約100人の野球部員が駆けつける⁈
パラサポWEB / 2023年11月27日 7時30分
今年、テレビドラマで話題になった地域の消防団。高齢化により、その人材の確保に頭を悩ませている自治体も多いという。そんな中、広島県広島市では「消防団サポーター制度」を導入。広島経済大学の硬式野球部の100人を超える部員が登録しているという。消防団サポーター制度とはどんなものなのか? なぜ野球部員が登録しているのだろうか?広島市消防局消防団室の若林拓也主任と、広島経済大学硬式野球部の堤裕次監督に話を伺った。
※写真は、今年、新たに消防団サポーターに登録した硬式野球部の新入生(写真提供:広島経済大学硬式野球部)
※インタビュー内容、肩書は2023年7月取材時のものです。
若い力を活かしたい、消防団をサポートする新制度オンライン取材を受けてくれた広島市消防局消防団室の若林拓也主任
消防団とは消防署に常勤する消防職員とは異なり、地域住民によって構成される組織。火災や大規模災害発生時には自宅や職場から現場へ駆けつけ、その地域住民ならではの知識や経験を活かした消火活動・救助活動を行う。その他、地域の方々に対する防火・防災指導や応急手当指導などを行っており、地域防災力の中核として、なくてはならない存在だ。しかし、近年では地方の過疎化や高齢化に伴い、新規の入団数は減り、団員の高齢化が全国的な課題となっている。そこで、広島県広島市では、2022年4月に消防団サポーター制度を導入した。
消防団サポーター制度とは、自然災害による行方不明者の救助現場といった最前線で活躍する消防団員を後方から支援する事前登録制のボランティアのこと。18才以上で、広島市内の大学、短期大学、専門学校等に通学しているか、広島市内に居住し、大学、短期大学、専門学校等(市外でも可)に通学していれば、誰でも応募できる。その意義について、広島市消防局消防団室の若林拓也主任はこう語る。
「広島市の消防団では、将来的に消防団の中心的な役割を担っていただける若い方の募集に力を入れています。その一環として、地域貢献に興味のある若い方々が消防団の活動に触れる機会を設け、消防団への入団に繋げる消防団サポーター制度を発足しました」(若林主任)
歯がゆい思い。きっかけは、広島を襲った自然災害広島経済大学硬式野球部監督の堤裕次監督
制度が導入された初年度、早速応募をしたのが地元広島経済大学の硬式野球部の部員。同部は全日本大学野球選手権大会に広島代表として16回も出場。最近では福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手を輩出している。同部の96人の部員全員が、サポーター制度に事前登録した。その理由を堤裕次監督が話してくれた。
「2018年の7月に、広島市は豪雨による大規模な土砂災害が起きました。その時に、部員たちはボランティアに向かったんですが、制度上の問題で登録に時間がかかり、実際に活動できるまで1週間近くかかりました。そういう経験から、事前登録をしてすぐに活動できる制度ができたと聞いて、ぜひ参加しようと学生たちが自主的に申し出てくれたんです」(堤監督)
広島では2014年8月にも豪雨による大規模な土砂崩れが発生。この時も多くの消防団が活躍した(写真提供:広島市消防局)2018年の災害で、広島市では死者23名、行方不明者2名、重傷者12名を出した。さらに住家の被害は全壊111棟、半壊358棟を含む、2471棟。ボランティアを希望した学生たちは、目の前で多くの人たちが困っている中、手をこまねいて見ているしかない、歯がゆい思いをしたのだ。しかし、そもそもなぜ、災害時に学生たちは率先してボランティア活動をしようと思い立ったのだろうか。
「うちのチームの理念として、いろんな人の支えで野球をさせてもらっているので、自分たちの自己満足だけでなく、地域の方々に喜んでもらえるような活動が何かできないかということがあります。ですから普段から地元の方々と一緒に地域の一斉清掃のボランティアをしたり、小中学生を対象にした野球教室を開催したりしています。先日は、6歳の子どもたち100人を呼んで一緒に遊ぶということもしました。そういったいろんな方々に喜んでいただける活動ができないか、ということを常に考えながら活動をしています」(堤監督)
自主的に考え、行動する。平和を願う広島市民ならではの姿勢野球部では決してチームとして消防団サポーターへの登録を義務化しているわけではないが、今年の新入部員も全員が登録し、現在は100名を超える部員が登録していることになる。
「すでに統率が取れてまとまって活動できる野球部の皆さんに登録いただけたことは、とてもありがたく、心強いです。皆さん、学業とスポーツの合間を縫って、訓練や地域のための活動に参加していただいていて、頭の下がる思いです」(若林主任)
このように若い学生たちが率先して地域のために活動する姿勢には広島県ならではの環境が影響している可能性があるかもしれないと堤監督は言う。
「広島では小さい時から平和教育が身近にあって、8月6日には平和記念式典を見たり、普段から平和記念公園に行ったりということが日常の中で行われているので、戦争がいい悪いという話以前に、日常を平和に保つという意識が強いのかもしれません。ボランティアに関しても学生たちは何の躊躇もなく参加していますし、何かいいことをしているというよりは、困っている人が目の前にいるのであればどうにかしたい、自分に何ができるかを自主的に考えているように感じます」(堤監督)
また広島で野球といえば広島東洋カープだが、実はカープは日本のプロ野球12球団のうち新聞社などの親会社をもたない唯一の球団で、「12球団唯一の市民球団」とも言われている。野球は、広島市民にとってとても身近な存在だ。
「野球部はいろいろ方々に応援や支援をいただいて活動が成り立っているという部分があります。ですから、そうやって支えてくれている方々への恩返しという意味も込めて、活動をしていますし、普段からいろいろな相談を受けます。たとえば、野球をやっている小中学生が厳しい指導でモチベーションが下がってしまっているので、大学生たちと一緒に野球をさせてもらって本当は野球は楽しい、スポーツは楽しいんだぞ、というのを教えてもらえないか、といった依頼を受けたこともあります」(堤監督)
広島経済大学の硬式野球部も、市民にとってカープのように身近で、頼れる強い味方といった存在になっているのかもしれない。
学生にとっても、得るものが大きい2023年 広島六大学野球春季リーグ戦において、4季ぶりの優勝を決めた硬式野球部(写真提供:広島経済大学硬式野球部)
災害時には広島経済大学の硬式野球部の100名以上が消防団サポーターとして駆けつけてくれるというのは、とても心強いが、実は学生にとっても得るものが大きいと堤監督は言う。
「消防団サポーターをはじめとするボランティア活動の全てが、実は野球に繋がっていると思うんです。柳田悠岐選手が広島に帰ってくると話をする機会があるんですが、彼を見ていても、プロの選手は細かいところへの気遣いであったり、相手ピッチャーの考えていること、相手チームがどう動くかなど、常に他者の視点に立って物事を考えていると思うんです。スポーツではそうした視点、想像力や発想力といったものが非常に重要な要素ですし、野球以外の、社会に出てからもそれは大切なことだと思います。
災害現場での活動はどれひとつ同じ状況はありません。そこで、被害に遭われた方々が何を求めているのか、どうしたら喜んでいただけるのかっていうことを、相手の立場に立って考えるという点で、勉強をさせていただいています。その上、少しでも地域の方々の安心・安全に役立てているとしたら、野球をするにも、大学生活を通して成長する上で得るものが大きいんじゃないでしょうか」(堤監督)
部員が相手の立場に立って考え、自主的に行動するために、堤監督が心がけていることがあるという。それは「最初から答えを言わない」ということだそうだ。
「僕が考えていることが本当の答えではないかもしれませんよね。おそらく自分が持っている答えは自分の過去の経験に基づくものでしかないと思っているので、それが今の彼らに当てはまるのか、その学生個人に当てはまるのか、チームに当てはまるのか、というのは常に考えています。本当の正解というのは本人が考えなければ見えてこないと思うので、基本的には答えを言わないようにということだけ、気をつけてやっています。あとは、最低限のチームのルールというのを決めておけば、学生たちは僕よりも凄いことを考えたりします。ですから、主体的にいろんなことを考えられるような状況を作ってあげたいなと思っています」(堤監督)
誰かに言われたからではなく、自分たちで考え、自分たちの地域を守る。そんな学生が100人以上もいて、災害時には駆けつけてくれるとは広島市民が羨ましい。若林主任によると、今後は災害時だけでなく、防災訓練や消防団のPR活動、防火思想の普及啓発活動といった地域貢献にも学生たちに協力してもらいたいという。近年、自然災害が多発しているが、広島市の例はいいモデルケースになりそうだ。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:広島市消防局/広島経済大学硬式野球部
photo by Shutterstock
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