このままでは雪がなくなる。渡部暁斗の気候変動への挑戦
パラサポWEB / 2023年12月4日 7時0分
SDGsと共によく聞かれるようになった言葉・気候変動。日本でも「観測史上初めて」と表現されるような大雨や気温の高さが常態化しつつある今、より身近な話題になっているように思われる。そんな中注目を集めているのが、気候変動に立ち向かうひとりのアスリートの行動だ。
冬季オリンピック5大会に出場し、ノルディックスキー複合で銀メダル2枚・銅メダル2枚を獲得した渡部暁斗選手は、シューズメーカーをエコパートナーと位置づけ、得た広告費を気候変動の要因の一つとされる二酸化炭素の排出を減らす活動に充てている。渡部選手の取組と、その背後にある想いに迫った。
「自分の壊したところぐらい、自分の手で守ろう」渡部選手が気候変動について意識したのは、渡部選手にとって競技だけでなくプライベートでも身近な存在である山の変化を感じたときだったという。
「趣味でバックカントリースキーをしにいく場所の一つに栂池高原があります。競技のシーズンが終わって3月、4月になると必ず何回か行くんですが、その山の中間地点にある1本の白樺の木を休憩地点としていました。そこで撮影した写真(下記参照)があるんですが、2017年の3月はスキーで上がっていって、そのまま白樺の枝に腰掛けられています。でも、今年の4月に行ったら手を伸ばしても同じ枝に届かないほど、雪が少なかった。もちろん、一つのシーズンで積雪量は上下動を繰り返しているので、この写真の前後でもっと積もっていた日はあったと思いますが、それにしてもこんな光景は初めてだったんです」(渡部暁斗選手、以下同)
栂池高原の積雪の様子。左が2017年3月末、右が2023年4月初め。明らかに雪の量が違うのが分かる
この2枚の写真の示す厳然たる事実に触れる以前から、渡部選手は気候の変化に関してモヤモヤとした気持ちを抱えていたのだという。国連が提供している二酸化炭素排出量を計測するプラットフォームで大まかに自分自身の排出量を計算したところ、なんと2022年には70トンという結果になったのだそう。世界平均が19トン、日本人の平均が38トン。それと比較すると、冬季スポーツの競技者なので、オフシーズンは雪のある地域に遠征するなど、二酸化炭素排出量の多い飛行機による移動距離が大きいことも要因としてはあるにせよ、この数値は渡部選手にとってショックだった。
「気候変動は、僕にとっては問題意識と言うより当事者意識でした。2017年と2023年の写真を比べるまでもなく、以前から雪が少なくなってきているのは肌感覚としてわかっていて、僕たちがアスリートとして活動する、スキーヤーとして遊ぶフィールドを自分たちの手で壊してしまっているという自覚はありました。ですから、地球のために何か良いことをしようと言うより、せめて自分が破壊してしまっているところぐらいは自分で守ろうという気持ちが強かったんです。とにかく躊躇している場合ではないと一歩踏み出すことにしました」
次の世代のために。キャップに“広告募集”と銘打って志を共にするスポンサーを募った自分のためだけではなく、何とか次世代のためにも雪を残さなければいけない。そのためにはどうしたらいいのだろうかと、渡部選手はマネージャーとともに考えた。そこでアイデアとして出てきたのが、エコパートナーという存在。ちょうどヘッドスポンサーの契約が切り替わる時期で、ヘルメットなどのヘッドギアに広告主の名前を入れることで得られる広告収入を二酸化炭素排出量の削減に当てることを条件に募集したところ、手を挙げたのが2016年に米国サンフランシスコで誕生したサステナブルを標榜するシューズメーカーAllbirdsだった。
環境問題は他人事ではない。当事者意識を持つことから渡部選手がエコパートナーを募集した目的は3つ。
- 1.カーボンニュートラルでの競技活動
- 2.カーボンニュートラルの認知向上
- 3.エコパートナーのサポートによる渡部選手のカーボンフットプリントの軽減
エコパートナー・Allbirdsと共に二酸化炭素排出量の削減に取り組むに当たって、渡部選手は“J-クレジット制度”というものを利用した。これは、省エネルギー機器の導入や森林経営などの取り組みによって、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出削減量や吸収量を“クレジット”として国が認証する制度だ。渡部選手が排出していると計算された70トンの二酸化炭素排出量に見合うJ-クレジットの購入費103万9500円をAllbirdsが広告料として協賛。渡部選手は長野県木曽町のJ-クレジットを購入し、得られたヒノキの苗木の植樹に参加した。このように広告主と協働して社会課題に取り組むのは、競技団体など組織としての事例は過去にもあったが、個人としては例がなかったという。
2023年4月、購入したJ-クレジットによる植樹作業に参加する渡部選手「アスリートは、自分も含めてですが、ハードなトレーニングをしたり競技に集中するなど、どうしても自分のことで精一杯になってしまいます。すると、自分を取り巻く環境の変化に対して、当事者意識がなくなってしまうのだと思います。地球がこの状態のまま続いていくのかどうか疑問に思っても、問題が大き過ぎて、自分一人の力ではどうにもならないとか、何から取り組んで良いかわからないなど、無力感を覚えて自分には関係ないと思ってしまう。環境の変化をなかなか自分事化しづらい。だからこそ、問題にどうアプローチしていくか、自分の気持ちをどう切り替えていくかが重要だと思いました。僕が個人として取り組めば話題にも繋がるし、インパクトはあるでしょう。それがみんなを動かすことに繋がると良いとも考えました」
コロナ禍で考えたスポーツ+αの必要性渡部選手が、このように自分の周囲の環境の変化に特に目を留めるようになったきっかけはコロナ禍だったという
「自粛期間が長引いて家にいるときに、スポーツとはいったいなんだろうということを考えさせられました。世の中、なければ社会が成り立たなくなる必要不可欠なものがある一方で、仮にスポーツがなくても、人間の生活は最低限成り立っていくと思います。だとしたら、スポーツの存在意義とは何か。これからのスポーツは結果を出すとか、競技を盛り上げるだけではなく、+α(プラスアルファ)で社会に還元できるものがなければいけないのではないかと思ったんです。スポーツ界全体として環境問題に取り組むことで、初めて存在意義が生まれる。スポーツ+αでできるものを持つことが、これからのアスリート像になってくるのではないかと僕は考えています」
渡部選手がこの取り組みを始めたとき、前出の国連のアプリで計測した二酸化炭素の排出量は70トン。それを今年は52トンにまで縮小することができたのだそう。
「このアプリは細かく入力できるものではないので、あくまでも概算になりますが、飛行機での移動が減ったのと、食べ物を買う場合は地産地消を意識する、ゴミの分別をしっかりしてリサイクルができるようにするなど、日々の意識を少し変えるだけでも二酸化炭素の排出量を抑えることはできます。一般の方は、僕ほど排出量は多くないはずなので、元々18トンぐらいかもしれないですが、それでも少し意識するだけで十分に効果は出ると思います」
先日、渡部選手とAllbirdsがエコパートナーとして2年目の契約を締結するに当たり、プレス発表会が行われた。そこで明らかにされたのは、2年目の今年は、渡部選手の現在の二酸化炭素排出量にあたる52トン分のAllbirdsの協賛金は北海道のJ-クレジットの購入に。そして、縮小することができた18トン分はこれを原資にして、今度は次世代を担う子どもたちの意識改革に取り組むということ。
「僕の住む長野県内のノルディックスキーをやっている小中学生に、同じく須坂市にある北信ファームという農園のリンゴを差し入れしたいと考えています。北信ファームはエコパートナーを募集したときに応募してくれた農園で、作物の善し悪しは気候変動と密接に関わり合っています。今は美味しく食べられる果物も、気温が高くなると長野で作れなくなってしまうという話をすれば、子どもたちの意識も高まるでしょう。二酸化炭素の排出量を抑える、地産地消を意識することによってこんなにいいことがあるという体験を、一人でも多くの子どもたちにしてもらいたいと考えています。
ちなみに、今回北海道のJ-クレジットを購入することにしたのは、妻の実家が北海道でメロン農園をやっているのですが、この夏の猛暑でハウス1棟分のメロンがダメになったことを聞いたからです。北海道でさえ、そんなことになっているということに大きなショックを受け、ますます気候変動の問題に、自分事として取り組まなければいけないという気持ちが強くなりました」
先日、国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長が、冬季オリンピックを開催できる国は2040年までに10カ国に減るだろうという予測を発表したことが話題になった。それに関しても渡部選手は、自分の携わるスキー競技自体の存続も含めて危機感をあらわにしていた。もはや、問題が大きすぎるとためらっている暇は私たちに残されていないのではないか。自分事としてできることから、どんなに小さなことからでもはじめてみる必要があるだろう。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
photo by Kazuhisa Yoshinaga, Shutterstock
写真提供:ファーストトラック株式会社
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