農業しながらバスケ生活。実際どう?アスリートの本音に迫る
パラサポWEB / 2024年2月15日 7時30分
今や日本の地方市町村が、必ずと言っていいほど課題としているのが「過疎化」の解消。それをスポーツで解決しようとしたのが、移住した選手・スタッフからなる3人制バスケットボールチーム“三条ビーターズ”だ。彼らは地域の農業を手伝い、自分の得意な分野を活かしながら、バスケットボールに打ち込む。
アスリートとしての活動も、また“その後”の自分のキャリアを見据えたチャレンジも、同時に行う彼らメンバーの生き方はどちらも諦めることのない、新しい挑戦に見える。しかし、“移住”や経験のない“農業”は、本当のところ大変ではないだろうか? 選手・スタッフの本音に迫ってみた。
※本記事は、2023年10月取材時の情報を元に掲載しており、現在は所属していない選手・スタッフも含まれています。 毎日の農作業で身に付いてきた体力と「継続」のチカラ“3x3 JAPAN TOUR 2023 in YOKOHAMA”での菅原力斗氏
過疎化が進み、農業への獣害の被害も深刻化する中、このままでは獣しか棲まない場所になってしまうという危機感を募らせ、立ち上がったのが新潟県三条市のNPO“ソーシャルファームさんじょう”だ。東京2020大会の開催後、アスリートの中には選手として生きる夢を諦める人も少なからず現れるはずだと考えた代表の柴山昌彦氏は、地域の外から選手を集め、農業などに従事しながらバスケットボールチームとして活動してもらうことで、地域の活性化が図れると考えた。ただ、事はそう簡単に進まなかった。
「最初は女子ラグビーチームを作ろうと考え、大学や企業のチームの選手をスカウトしに行ったんですが、地方に移住したいと考える選手は皆無でした」(柴山氏)
ラグビーは諦め、ハンドボールなども考えたが、結果的にたどり着いたのが3人制バスケットボールだったのだそう。チーム結成を目指した18年当時、プロリーグへの参入は男子しかできなかったため、まず男子選手をスカウトしてチームを作った。選手に声をかけるにあたっては、まず移住、そして農業に従事することがハードルになると思われるが、2023年4月からメンバーに加わった菅原力斗氏は、秋田出身。実家は農家だったという。
「僕は3人制バスケットボールのプロ選手になりたいと思っていて、2022年末にあった三条ビーターズのトライアウトに応募して、チームに加わりました。実家は農業をしていましたが、人生で一度も手伝ったことはなかったんです。抵抗があったというか、良いイメージがなくて。でも、外での農作業で身体を動かすことは自分自身の成長にも繋がりますし、地域にも貢献できるので一石二鳥だと思うようになりました」(菅原氏)
実家ではまったく農業に携わらなかった菅原氏が、新潟への移住で農作業をしていることに、家族は驚いているそうだが、もちろん良いことばかりではないだろう。
実家は農家だったが手伝ったことはなく、新潟に来て初めて農作業をしたと語る菅原力斗氏「今僕は棚田で米を作っていて、その作業がお昼ぐらいまで。午後はチームの仕事や、それぞれの役目があるのでその仕事をします。そして夕方4~5時ぐらいから練習。それが普段の生活です。夏の暑い時期は気温が上がる前、早朝に起きて農作業をしなければならないので、強いて言えば早起きや暑さが辛いと言えるかもしれませんね。と言っても農業は一日で収穫が得られるわけではなく、毎日作業しないと作物は成長してくれません。毎日作業することで、継続する力が身につき、体力面でも自分のプラスになっていると感じます」(菅原氏)
さまざまな価値観との出会いが気づきを生む“3x3 EXE PREMIER Round.9”に出場した際の安恒俊氏
男子チームのバイスキャプテンを務めている安恒俊氏は、昨年沖縄で行われたトライアウトで合格しチームに入った。自然は大好きなので、三条市への移住自体には抵抗はなかったと語る。三条ビーターズ代表の柴山氏はチームを創設するに当たり、アスリートのセカンドキャリアの支援も目的の一つとしてあげている。それに関して安恒氏はどのように考えているのだろうか。
「チームに所属するに当たって不安だったのは、5人制のバスケットボールは経験がありましたが、3人制は未経験だったこと。そして、不器用なので農作業で道具を上手く使えるかどうかが心配でしたね。でも、いざ来てみれば、バスケットボールや農業以外にもいろいろなキャリアを持った地域おこし協力隊の方々が身近に居て、みなさんと話したりするだけでも勉強になって、いつの間にか不安もなくなっていました。さまざまな価値観を持った方々と触れ合うと、自分の思い込みや弱みに気づかされることもあります。ここでの経験は自分が今後キャリアを選択していく上での一助に絶対なるだろうという、漠然としたイメージで移住を決めましたが、この1年間でそれが正しかったと確信しました」(安垣氏)
安恒氏は、協力隊では教育班に所属し、地域の子どもたちと接する機会も多い。
安垣氏は、小学校でキャリア教育を担当している「一日のタイムスケジュールとしては、午前中は農作業、午後は教育班の仕事をします。三条ビーターズの活動拠点の下田地区には5つの小学校、1つの中学校があるんですが、僕が窓口になって、最近では夏休み期間中のイベントの企画・開催をしました」(安恒氏)
また、チームに所属する女子選手の竹内あかり氏は、こうした環境をどのように受け止めているのだろうか。
PREMIERチームとの練習試合「私は、2023年2月に広島から移住してきました。大学まで5人制のバスケットボールをやっていて、卒業して“もういいかな”と一旦区切りをつけたんです。普通に就職してバスケットボールとは関係のない仕事をしていたんですが、やっぱりもう一度バスケットボールに本気で挑戦したいと考えるようになりました」(竹内氏)
どうせ再びやるなら、新しいことに挑戦したい。そう考えた竹内氏は、それまで経験の無い3人制バスケットボールのチームに入ってみたい。そう考えて探していたところ、三条ビーターズに出会ったという。
農業は未経験だったが、南五百川棚田で初めての田植えに挑戦する竹内あかり氏「私も農業はまったくの未経験です。でも、そんな不安より新しいことができるワクワク感の方が強かったですね。気候などの環境も広島とは全然違いましたし、毎日が新しい出会い、新しく知ることばかりで、本当にここに来てよかったなと思います」(竹内氏)
農業で広がった、地域住民とのコミュニケーションの幅これまでの苦労が報われる瞬間。南五百川棚田での稲刈り
柴山氏は、三条ビーターズ創設のポイントのひとつとして“地域課題の解決”を挙げている。農作業の手伝いなどの物理的な地域へのサポートはもちろんだが、高齢化の進む場所に若い人たちが来てくれることによる精神的なサポートといった側面でも、三条ビーターズは大きな力になるのではないだろうか。
「農業をすることによって、それがチームの“共通スキル”になることはもちろんなのですが、地域の方々との共通の会話の話題ができてコミュニケーションの幅がすごく広がるというのは実感しています。先日稲刈りに行きましたが、とても感謝していただいて。“またお願いします”と言われると嬉しいですね」(竹内氏)
棚田顧問の農家さんと一服。応援の言葉が嬉しい地域にはバスケットボール、特に3人制バスケットボールについてよく知らない人も多いだろう。ましてや試合を見たことがある人はなおさらだ。
「遠征で東京などに出かけることが多いのですが、帰ってくると“試合はどうだった?”とか、“今度は頑張ってね”など声をかけられます。応援の気持ちを持ってくれるのはありがたいのですが、新潟近辺が試合会場になることがなくて、そういった地域の方々に(プレーを)見ていただける機会が少ないのを残念に思っていました。しかし、2023年10月にはチームのスポンサーを務めてくれている企業の主催で、3人制バスケットボールのイベント“アーネストカップ”を三条で開催することができました。3カテゴリー19チームが参加した賑やかなイベントになり、企画運営を担当した私としては達成感がありました。また、自分自身の課題として、今シーズンは1度も試合に出られなくて悔しい思いをしたので、応援してくださる地域の方のためにも、もっと頑張って活躍できるようになり、ファンを増やしていきたいです」(菅原氏)
地元のみなさんにプレイを見てもらう願いが実現した“アーネストカップ2023”教育に携わっている安恒氏は、また別の意味での地域に対する責任を感じていると語る。
「チームとしては競技で良い成績を残すことがもちろん一番大事なんですが、小中学校で指導する立場としては地域の子どもたちから憧れられるような存在でいるということも重要だと思っています。バスケットボール以外の部分で培われた人としての力みたいなものは、競技にも影響してくると思うんですね。そういった意味でも、バスケットボールと農業や地域での仕事の両立は大事です。これからの地域を作っていく子どもたちとのコミュニケーションも僕たちの重要な仕事の一つで、8月に盆踊りの催しがあり手伝いに行ったんですが、子どもたちと一緒に踊ったりして楽しかったですね。また来てねと言われて嬉しかったです」(安恒氏)
小学生対象のクリニック。これからの地域を作っていく子どもたちの指導には自ずと力が入る スタッフも移住して選手をサポート三条ビーターズでは選手だけではなく、彼らを支えるスタッフも移住者だ。チームの活動のための資金を調達する営業担当の齋藤柊斗氏は、新潟の出身だが新潟市内から三条市へ移住してきた。
水を張った田んぼの土を砕いてならす代掻き作業は、田植え前の大事な仕事だ(北五百川棚田)「同じ新潟県内とはいえ、雰囲気はだいぶ違います。こちらは横の繋がりが密で、道で会ったら必ず挨拶するし、困ったことがあればアドバイスをもらえる。田舎ならではの良さがありますね。僕の使命は、選手が何かしたいと考えたときに資金面が理由でできないということがないようにすること。チームを経済的に支えて、それがこの地域の活性化に繋がるよう頑張っていきたいです」(齋藤氏)
選手の身体面をケアするトレーナーの坪田麻理氏は、神奈川県からの移住者。未体験だった農作業は毎日刺激的だと語る。
選手の体のケアをする坪田麻理氏「思い切って神奈川を飛び出してきたんですが、とにかくここで採れるお米が美味しくて、それだけでも人生得したなと思うぐらいです(笑)。月1回地域の方を対象に体操教室を開催して下田弁を教わったり、冬には雪かきも初めて体験しました。都会暮らしに比べたら不便で、何をするにも自分で動かないと始まりません。だからたくましくなったと思います」(坪田氏)
バスケットボール選手の経験がありコーチングも学んだ笈入正和氏は、これから3人制バスケットボールが注目を集めるようになるだろうと考えて参加を決めた。
休耕田をドッグランにし、その整備を行う笈入氏は愛犬家。犬が飼えるならと移住を決めた「私はここに来てから、女子チームの立ち上げを担当しました。全国の選手を調べて、誰がどのチームに所属しているか、フリーの選手はいるのかなどを確認しつつ、トライアウトを実施して、チームに勧誘を進めていきます。3人制のバスケットボールチームであること、そして移住してもらうことを伝えるんですが、移住がネックになることはどうしてもありますね。そのハードルをどうやって下げていくか。そして、契約期限の3年間をプレーに集中してもらうと同時に、その後もこの三条市に残るための場所を作ることも、今後の私の課題だと思っています」(笈入氏)
高校生を対象にした3x3クリニック選手はもちろんのことスタッフもこうしたい、こうなりたいという意志と、相応の覚悟を持ってこの地にやってきたことがわかる言葉だった。代表の柴山氏は、新しい人たちが地域にやってくれば、必ずしも理解してくれる人ばかりではなく、それなりの軋轢はあると語る。自分が出て行くのは、問題が生じたときばかりだと笑うが、たとえ何かピンチに遭遇したとしても、このような環境だからこそメンバーはピンチをチャンスに変えるチャレンジができるのだと言う。ここでの体験こそ、移住して半農半バスケをしなければ得られない貴重なもので、さらなる成長を促す原動力となるのだろう。
知的障がいのある人たちに、様々なスポーツトレーニングや競技会出場の機会を提供する“スペシャルオリンピックス日本・新潟”でメンバーは特別講師を務めた半農半バスケ。取り組みの対象をひとつに絞らず両方“いいとこ取り”をする。一昔前なら、中途半端とかどっちつかずになると歓迎されなかった生き方だが、“こうあるべき”を手放すと人は自由に、より多くのものを得られるのかもしれないと思わされる取材だった。バスケットボールだけではなく、他にも取り組むことがあることによって、固まったヒエラルキーに囚われることなく、新たな才能が発揮できることもあると柴山氏は語っている。三条ビーターズが、そして彼らの活動の拠点である三条市がこれからどう変わっていくのか、行方を見守りたい。
text by Reiko Sadaie(Parasapo Lab)
写真提供:三条ビーターズ
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