ラグビータウン熊谷市。仕掛け人が語る成功の裏話
パラサポWEB / 2024年4月11日 7時0分
日本の最高気温を記録し、日本一暑いまちとして知られる埼玉県熊谷市は、ラグビーで熱いまちとしても知られている。そのラグビーのまちに2021年9月、日本全国からラグビーファンがやってくる「さくらオーバルフォート」が誕生した。地元の人々からも愛されるこの施設は、実は日本初の「行政×スポーツ」を軸とした官民連携事業として全国の自治体から注目を集めている。その魅力と成功の秘訣を、同施設の誕生に関わったパナソニック株式会社 エレクトリックワークス社の小谷野勝衛氏に伺った。
ラグビータウン熊谷市を象徴する新施設の誕生ワイルドナイツの練習場を臨むホテル棟。宿泊客は客室から練習風景を見ることができる
「さくらオーバルフォート」があるのは、埼玉県営の熊谷スポーツ文化公園内。広大な敷地の中には、JAPAN RUGBY LEAGUE ONEに所属する埼玉パナソニックワイルドナイツ(以下ワイルドナイツ)のホームグラウンド「熊谷ラグビー場」もある。「さくらオーバルフォート」は、このラグビー場に隣接し、同チームのクラブハウスや屋内運動場を中心にした、多機能スポーツ施設だ。敷地内にはワイルドナイツの練習風景を見学できるホテルやカフェレストランなども完備。チームのファンはもちろん、ラグビー好きが全国から見学に訪れるほか、練習がない時には子ども向けのラグビー教室などのイベントなどが開催され、近隣の住民に身近な存在として愛されている。
こうした自治体が所有する土地の活用にはさまざまな制限があるため、民間の施設を建設して運営していくのは簡単な話ではないと思われてきた。しかし、様々な課題をクリアし、官民の壁を越えた連携事業のスキームを作り出したのが、パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社(以下、パナソニックエレクトリックワークス)の小谷野勝衛氏だった。
税金をかけて改修したラグビー場のその後2019年のラグビーワールドカップを機に改修された熊谷ラグビー場
1991年に建設された熊谷ラグビー場は、秩父宮や花園と並ぶラグビーの聖地として知られていた。さらに2019年のラグビーワールドカップの招致に成功し、熊谷市は名実ともにラグビータウンとして知られるようになった。
「当時埼玉県は熊谷ラグビー場を大規模改修し、2万4000人も収容できるようにしてワールドカップを誘致しました。大会は盛り上がったのですが、その後、埼玉県の県会議員や熊谷市の市議会議員、市民のオンブズマンなどから、県の税金を無駄遣いして、何をやっているんだという意見も多くいただいたそうなんです」(小谷野氏 以下同)
こうした話は熊谷市に限ったことではなく、一般的に自治体が大きな箱物を作った場合、建設費だけでなく、その後の維持費が負担となっているという話はよく聞く。
パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社スポーツビジネス推進部の小谷野勝衛氏「この素晴らしいラグビースタジアムをどう活用したらいいのかということを議論する際に、私が以前から知っていた現在の埼玉県サッカー協会の会長がトータルアドバイザーに就任され、民間の力を借りようということで、私を推薦いただきました」
そこで、小谷野氏は、スポーツチームを巻き込んだスキームを構築。それまで群馬県太田市に本拠地と練習場を構えていたワイルドナイツを熊谷市に誘致しようと動き出したのだ。
「ワイルドナイツを誘致する際には、さまざまなハードルがありました。たとえば民間企業が直接県の土地を使用することはできないため、埼玉県ラグビーフットボール協会に協力してもらい、総額約35億円の借金をして施設のオーナーになっていただきました。その上で、ワイルドナイツをはじめ、ホテルやレストランなど7つの会社が家賃を払って、借金を返していくという仕組みです」
日本全国から人を呼び寄せる持続可能なスキームとは?管理棟1階のカフェレストラン。ここからも練習風景を見ることができる
ワイルドナイツは、笑わない男の異名を持つ稲垣啓太選手やドレッドヘアがトレードマークの堀江翔太選手など、2023年のラグビーワールドカップフランス大会の日本代表選手を11人も輩出している強豪チーム。ファンは日本全国にいるため、チームを誘致すれば2万4000人も収容できるラグビー場をいっぱいにすることができるというわけだ。また誘致されるワイルドナイツも人気の高まりに伴い、より多くのファンを収容できるホームグラウンドや、よりよい練習場などの環境整備を検討していたため、移転することでこの課題を解決。さらに埼玉県ラグビーフットボール協会は、賃借料と相殺すればそれなりの利益が出る。こうして、関係各所すべてにメリットのある持続可能なスキームを考案し、埼玉県と熊谷市、パナソニック株式会社(ワイルドナイツ)は、2019年にラグビーを通じた地域振興等に関する「三者協定書」を締結するに至ったのだ。
地域を活性化させる新たなスキームパナソニックエレクトリックワークスが照明を手がけた北海道日本ハムファイターズの新球場「ES CON FIELD HOKKAIDO」
しかし、このように「官」が「民」の力を借りる場合、そのパートナーの選定や関係各所の要望の取りまとめなどはコンサルティング会社に委託するケースが少なくない。なぜ「さくらオーバルフォート」に関してはパナソニックエレクトリックワークスの小谷野氏が関わることになったのだろうか。
「コンサルティング会社の仕事は、案件をまとめることで成果報酬が発生します。しかし今回の案件で、弊社はコンサル料はもらっていません。あくまでもこれは私の仕事の営業の一環なんです」
というのも、パナソニックエレクトリックワークスは、主にライティング照明器具を扱っている会社で、甲子園球場やエスコンフィールドHOKKAIDO、東京ドームといった多くのスポーツ施設の照明設備などを手がけているからだ。
「さくらオーバルフォートに関して言えば、我々の最終目的は練習所の照明や電光掲示板、あるいは空調などを納品させてもらうこと。そのためにいろいろな人脈や情報を使って、最適な組み合わせやスキームを提案させていただきました」
こうして小谷野氏が作り出したスキームは見事に成功し、三者に利益をもたらしただけでなく、地域活性化にも発展した。
進化し続けるラグビータウンで観光客増加、人口も回復傾向に「さくらオーバルフォート」で行われたイベントにやってきた方々
熊谷市は2018年の夏に最高気温41.1度と、国内の観測史上最も高い気温を記録。以前、熊谷市は20万都市だったが、この記録の発表後、人口は20万人を割った。
「暑いというネガティブなイメージのせいで人口が流出したのではないかと、当時の市長はがっかりされていました。それが、ワイルドナイツが協定を結んで以降、徐々に人口が回復傾向にあります。もちろん、理由はそれだけではないでしょうが、熊谷市はもちろん、商工会議所のメンバーなども協力してワイルドナイツを応援して、市全体がラグビーで盛り上がりました。おかげさまでワイルドナイツも誘致した初年度に日本一になり、その後2連覇しています」
その他にも、現在の市長が「ラグビータウン熊谷」をマニフェストに掲げ、JR熊谷駅の前にはラグビーのゴールポストが立ち、訪れる観光客の気分を盛り上げている。
「2022年3月には選手も一般の方も利用できる整形外科、ワイルドナイツクリニックができましたが、都市公園法という法律によると、さくらオーバルフォートがある公園内には医療施設を作ることができませんでした。そこで、商工会議所の会頭が公園に隣接する土地を持っている方を紹介してくださり開院にいたったんです」
現在、電動アシスト自転車が借りられるワイルドナイツサイクルステーションが2拠点、サイクルポートが熊谷市内に23箇所設置されているまた、JR熊谷駅から熊谷スポーツ文化公園までは徒歩で50分かかるため、熊谷ラグビー場で大きな試合がある場合、増便したバスやタクシーを利用して来場してもらっていた。そこでもっと気軽に訪れてもらうため、商工会議所が電動アシスト自転車を120台購入し、ワイルドナイツサイクルステーションを設置。これによって、15分で駅と行き来できるようになるなど、さくらオーバルフォートができて以降も、まちは発展し続けている。
「おかげさまで、平日でも1日100~200人、土日になると600~800人ぐらいの観光客が訪れるようになり、町おこし、地域活性化に繋がっています」
行政×スポーツの成功の秘訣は、地元との連携さくらオーバルフォートの練習場。4基のナイター用LED投光器が設置されていて、夜でも練習が可能
さくらオーバルフォートは「行政×スポーツ」による地域活性化の成功例と言えるだろう。なぜこんなに成功することができたのだろうか。
「昔はスポーツで地域活性化というと、民間企業が土地を買ってホテルやスタジアムを作って、民設民営で行ってきました。でも、今は民間企業もそんなことが簡単にできる時代ではありません。一方で自治体は国体を誘致したといっては、補助金などを活用して箱物を作りますが、その後有効活用できず維持費の捻出に困っている。そういったお互いの課題や資源をうまく組み合わせれば、スポーツで地域活性化することは、まだまだ可能だと思っています。それには熊谷市もそうでしたが、商工会議所と連携をすること。県民のため市民のために役立つことをして、地元の力を借りる。そうやって一緒に盛り上げていくことが大切です」
熊谷市では商工会議所がワイルドナイツの後援会を立ち上げ、前売りチケットの販売にも一役買っているという。
世界で活躍する人材の育成で地域活性化をphoto by Shutterstock
「少子高齢化が進む日本では子どもが少なくなっていますが、私は子どもたちにもっとスポーツの選択肢を与えてあげたいなと思っています。最近では野球やサッカーやバスケットボールなど海外で活躍する選手が増える一方で、水泳の授業を廃止する自治体が増えています。教師の負担軽減など理由はさまざまですが、先生が泳げない、水泳が得意じゃないというケースもあるそうです。そんな時代ですから、これからは行政だけじゃなく、公民連携で民間も入れて子どもたちを育成する時代になっていくと思います。スポーツを教える場合もただ競技の練習をするだけでなく、将来、海外で活躍できるように、英語やフランス語を取り入れる。そうした海外に向けたプロスポーツと教育を連携するような施設を作るとしたら土地のある地方は最適で、スポーツを活用した町おこしの可能性はまだまだあるのではないでしょうか」
今回、小谷野氏のお話を伺って、スポーツでまちおこし、まちづくりをして成功するには、地域の人々がみんなで盛り上がれる空気を醸成することが大切なのではないかと感じた。建物を作って終わり、あるいは熱心な一部のスポーツファンのためではない。そこに暮らす誰もがスポーツを身近に感じることができるようになれば、自然とまちは元気になっていくのかもしれない。
text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)
写真提供:パナソニック株式会社 エレクトリックワークス社
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